実践うちなあぐち教本

定価1900円

南謡出版発行
B5判 全544頁
吉屋松金(比嘉清)著

沖縄語の本格的書きことばを提唱した本格的文法書

第79講 形容詞U
第78講
 形容詞T

第77講 スン・チ動詞とスン・シ動詞の区別
第76講 「歩っちいんならん」
第75講 受動可能文
第74講 受動文「〜さりいん」
第73講 使役文U
第72講 使役文T
第71講「〜することができる」、「〜できる」(可能文)

第70講回想文「〜てえん(〜だったんだ)」
第69講 継続関連のその他の構文
第68講 継続文「〜しておく」
第67講 進行文と完了保存文の否定文「〜してない」

第66講 保存過去「〜してある」とその過去
第65講 進行形の丁寧および対目上語文

第64講 進行形とその過去文

第63講 否定文の過去表現
第62講 対目上語の直接過去と間接過去
第61講 存在動詞の過去表現
第60講 丁寧文の直接過去と間接過去
第59講 直接過去と間接過去の疑問文
第58講 直接過去と間接過去(概略)

第57講 命令形U「命令文+接続文」
第56講 命令形T
第55講 禁止形U 「〜しないで
第54講 禁止形T「〜するな」
第53講 対目上語Y「さい、たい」
第52講 対目上語X「もうゆん」
第51講 対目上語W「たぼうり」
第50講 対目上語V「うたびみせん」
第49講 対目上語U「みせえびいん

第48講 対目上語T「みせえん」
第47講 「やん(である)」と「あらん(でない、違う)」

第46講 「ある」と「ない」
第45講 〜より(よりも、よりは)、〜。

第44講 〜だのに、(〜なのに、〜ものを)、〜。
第43講 〜しないと、〜V。

第42講 〜しないと、〜U。
第41講 〜しないと、〜。
第40講 あれもしよう、これもしよう。

第39講〜しながら、〜するU。
第38講〜しながら、〜する。
第37講あの子は勉強もしないで、遊んでばかりいるよ。

第36講草も取らず、その畑は荒れています。
第35講「もう直ぐ帰る」と言って、出て行きました。(ユン動詞)

第34講沖縄は台風が多くて大変です(マンドオン動詞)。

第33講可愛がっていた犬は死んでもういません(ヌン動詞)。
第32講ここに来てみてください(チュウン動詞)。

第31講君がよくても僕は良くないよ(シムン動詞)。
第30講薬を飲んでから水は飲もう(ムン動詞)。
第29講帽子を被って外出しました(ダ行ジュン・ディ動詞)
第28講二人は生涯の愛の契りを結びました(ブン・ディ動詞
第27講サバニを漕いきました(ガ行ジュン・ジ動詞)。
第26講今年の冬は温かく、雨も多いです。(ラ行ユン・ティ動詞)

第25講米を持っきてください。(タ行チュン・チ動詞)
第24講大事なものは隠しておきました。(スン・チ動詞)

第23講
私は沖縄で仕事をして暮らしています(スン・シ動詞

第22講今から歩いて、行きます(チュン・チ(ジ)動詞)。
第21講沖縄語を読んだ書いたできる。
第20講叔母は踊りを教えよう、頑張っています。

第19講もうすぐ冬になる,、父は言った。
第18講高いものなら買えません
第17項楽器なら三味線が好きです
第16講やれできる
第15講〜だが、〜だけど〜、だが、〜、〜しかし
第14講痩せているけど、いつも元気です
第13講良い天気だから、海へ行きます
第12講今来るから、待っていて
第11講学校へ勉強しに行く
第10講〜したい
第9講どちらへお出かけ
第8講あの畑は、君のものなの
第7講あれは、何だろうか
第6講もう秋になったのでしょうか
第5講テレビは安くなかったです
第4講明日は盆入りじゃないですか
第3講そうなんです
第2講雨が降っています
第1講これはです
比嘉清の文で覚えるうちなあぐち     
このページのブログ版(沖縄語講座 文で覚えるうちなあぐち)
 
 うちなあぐちは文で覚えてこそ、会話力も文章力も身につきます。
 話しことば(会話)中心の継承は、世代を重ねるにつれて先細りしていくであろう話者の数に比例して語彙や言い回しが単調化してくのは避けられません。できるだけ多くの散文を残すことによって、そうした不具合を回避または最小限に止めることができるでしょう。書きことば化はどうしても必要であり、しかも外国人でも学べる完成されたものでなければならないと思います。

                                                          開始日:2009年8月14日
                                                          解説者 比嘉 清
比嘉清のプロフィール:沖縄県出身。うちなあぐち散文活動家。沖縄語は独立言語だと主張。沖縄語を名実共に独立言語であるためには、書き言葉の確立は不可欠であるという信念と書きことばを持たない言語は淘汰されやすいという懸念から完成度の高い書き言葉の確立を目指し散文活動を実践している。うちなあぐち散文会主宰。著書に『うちなあぐち賛歌』、『実践うちなあぐち教本』、『遥かなるパイパティローマ』、『うちなあぐちしさびら物語小』、『ぱあぱあぬ授業参観』、『タルガニとマナビダル』、『御願不足』、他。うちなあぐちサイト「うちなあぐち世」の管理人。
注1:この講座は随時(非定期)に実施します。
注2:各項目において、予告なしに、追記や訂正されている場合があります。このページをコピーされている方は注意が必要です。
次の日本語文はうちなあぐちでは? うちなあぐちでは
第79講 形容詞U 連用形と否定文とク活用 2012/5/16
@心安らかでない話は、子供たちにはするな。

A勇気あるものは、涙もろくなく。
B今頃は、寒くも、暑くもない。
C板を薄く切るのは、容易いことではない。

D煙は煙いが、霧は煙くない。
E今は、腹はひもじくない。
Fあなたは、何も悪くありませんよ。
@灘安(なだやし)く無(ね)えらん話や、童(わらび)ん達(ちゃあ)んかいや語(かた)らんけえ。
A意地(いじ)ゃあや、涙弱(なだよう)くねえやびらん
B今頃(なまぐる)お、寒(ふぃい)くん、暑(あち)くんねえん。
C板、薄(ふぃし)く、切(ち)ゆしえ、どぅう易(やし)くねえらん
D煙(きぶし)え、煙(きぶ)さしが、霧(ちり)え、煙(きぶ)くねえらん
E今(なま)あ、やあさ  ねえらん
Fうんじゅお、何(ぬう)ん、悪(わ)っさ  ねえやびらんさ。
【解説】
 形容詞の活用形
 形容詞の連用形は、語幹の立てかたにもよりますが、活用部分がによって、「〜く」と「〜しく」に分かれます。私の場合は、活用部分を語尾部分の「さん、しゃん」)、語幹をその活用部分以外とみなしていますので、前者をシ活用と後者をシク活用(次講)と扱っています。但し、この取り扱いには異説があります。

 ク活用
 
ク活用の語幹と活用部分 「ちゅらさん」の語幹「ちゅら」、活用部分「さん」→連用形「く」。
 註:「安(易)っさん」の場合は、連用形は「やしく」となり、あたかも「シク活用」であるかのように見えますが、語幹を「やし」とするため、ク活用になります。以前の私の文章で、「どぅうやっさん」をシク活用扱いしたことがありますが、ここで訂正をいたします。同様に見かけと間違いやすい形容詞に、「薄(ふぃ)っさん」などがあります。
 ク活用の例:ちゅらさん、やあさん、やっさん、きぶさん、あちさん、まあさん等、状況が概ね、心理的(主観的)に判断される以外の自然的あるいは客観的にそのような状態にあるものを表わす形容詞が該当しますが、全部がそうなるとは限りません。
 
 シク活用(例文は次講)
 
シク活用の語幹と活用部分 「あんまさん」の語幹「あんま」、活用部分「さん」→連用形「しく」。
  シク活用の例:ふぃるまさん、みじらさん、あんまさん、んぞうさん、ゆたさん、かしまさん、うすまさん等、状態について、概ね心理的(主観的)な判断が加わる形容詞が該当しますが、すべてがそうなるとは限りません。例えば、「悪っさん」は主観的要素が強いと思われる形容詞ですが、ク活用です。
 (拙書『実践うちなあぐち教本』にも同様なことを記述しています。)

 慣用的な特徴とその発音
 形容詞連用形を使う否定文の場合は、連用形語尾「く」と否定を表わす「ね(無)えらん」または「ね(無)えん」の間にヤ系係助詞を挿入する場合が多くみられます。ヤ系係助詞は、前語の語尾音によって、使用する助詞が決まりますが、形容詞連用形の語尾「く」はウ段音ですので、係助詞は「お」になります。通常の名詞に付く場合の係助詞はすべて係助詞「や」に置き換えることができますが、形容詞連用形に付くヤ系係助詞「お」は原則として、「や」にとってかわることはありません。
 例:「ちゅらさん」→「ちゅらく  ねえらん」、「まあさん」→「まあく  ねえん」等。
 連用形語尾に付く係助詞は音韻的に連続してしまい、「くお」は「コー」となります。だからといって、「コー」をそのまま「こー」と表記すると、「ー」が実はヤ系係助詞であると説明するより、元の語形を残したまま説明する方が合理的であるなどの理由()もあって、私の場合は、例文のような表記法をとっています。

 名詞を用いる否定文
 また、特に形容詞否定形は、連用形を用いず、形容からの派生名詞にやはり、ヤ系係助詞を挿入して、「無えらん」または「無えん」を付けるという表現法もあります。形容詞からの派生名詞の語尾「さ」は、ア段音ですので、これに付くヤ系係助詞は「あ」になります。前項と同じく、この場合の係助詞「あ」は原則として、「や」にとってかわることはありません。
例:「ちゅらさん」→「ちゅらさ  無えらん」、「まあさん」→「まあさ  無えん」等。 

例文@ 「なだやっさん」は地方では「心安っさん」ともいいます。
例文A 「涙弱くおねえやびらん」、「涙弱さあねやびえらん」でもよいです。丁寧文の例となっています。
例文B 連用形に並列を表わす助詞「ん」(日本語の「も」に対応)が付き、さらに否定を表わす「無(ね)らん」または「無えん」が付ける例です。否定文の範疇として紹介しています。
例文C 「薄く」は形容詞連用形ですが、用言に接続する例(次講)です。
例文D 形容名詞にヤ系係助詞「あ」を伴って、否定文を作る場合の例です。「煙くおねえらん」を日本語文では「煙くはない」としていますが、実際には、意訳を「煙くない」としても大差があるわけではありません。
例文E 例文D同様、形容名詞にヤ系係助詞「あ」を伴って、否定文を作る場合の例で、かつ丁寧文の例です。
例文F ヤ系係助詞を使う否定文の丁寧文の例です。

【註】私の表記法は、「おもろさうし」や「組踊脚本」にみられる琉球語文の伝統表記を踏まえることを基本にしています(琉球語文は「正規」の日本語表記と同じく、長音には母音を用います)。この表記法の基本と本講で説明する連用形語尾とヤ系係助詞等が連続して、長音になる場合でも、基本表記との整合性を持たせる意味で、例文のような表記法にしています。ですから、長音記号「ー」の使用を許す表記法においては、この講は参考にならないと思われます。
 
 以上のようなヤ系係助詞表記については、比嘉独特のものと思われていますが、最近、私が拙書『実践うちなあぐち教本』を世に出すはるか以前に民謡歌手嘉手苅林昌さんが作詞した有名な民謡「時代の流れ」にも、私と同様な係助詞表記であることに気付きました。「昔(んかし) 銭(じん)ぬ計算(さんみん)や(略)」(『正調民謡工工四第四巻』1978年発行)などの部分などです。半世紀ほども前に、このような合理的なヤ系係助詞表記の表記法があったとは、ただただ、そのセンスに感心し驚くばかりです。
【応用問題】
 次の文中の形容否定を形容名詞を用いた表現にかえなさい。
@今日(ちゅう)や、飯(むぬ)んまあさぬ、あんましくねえらん。
A空気(くうち)ぬ乾らきさる日(ふぃい)や、しぷたら暑くおねえん。
Bくぬ緒(をぅう)や、緩(ゆく)くお、ねえらに。
C汝がしこうてえるコーヒーや、濃(かた)くねえらんくとぅ、まあくおねえらん。
Dくぬ花あ、あんすかあ、香(かば)ばくお、ねえらん。


答え:
@今日や、飯んまあさぬ、あんまさあ無えらん。

A空気ぬ乾らきさる日や、しぴたら暑さあ無えん。

Bくぬ緒や緩さあ無えらに。
C汝が、しこうてえるコーヒーや、濃さあ無えらんくとぅ、まあさあ無えらん。

Dくぬ花あ、あんすかあ、香ばさあ無えらん。

【日本語】
@今日は、飯も美味しく、身体の具合も悪くない。
A空気が乾燥している日は、蒸し暑くない。
Bこの緒は、緩くないか。
C君が作ったコーヒーは、濃ゆくないので、美味しくない。
Dこの花は、それほど、香ばしくない。

第78講 形容詞T 2012/4/11
@雨降り後の泥道は、滑りやすい。
A今日は一日中、気分がすぐれません。
Bお爺さんの三味線は、大変、立派だった。
C孫が訪ねてくれば、嬉しいね。
D裏座の敷物はカビが生えて、汚くて。
E彼は、あまりにも、悲しかったので、泣いていました。
@雨降(あみふ)い後(あとぅ)ぬ泥道(どぅるみち)え、なんどぅるさん
A今日(ちゅう)や、ふぃっちい、あんまさいびいん。(丁寧)
B御主前三味線(さんしん)や、でえじな、そうらさたん。(過去形)
C孫(んまが)ぬ巡(みぐ)てぃ、来(ち)いねえ、いそうさんやあ。(感嘆詞)
Dくちゃぬ敷(し)ちなあ、麹(こうじ)ふち、はごうさぬ。(余韻用法)
E彼(あり)え、どぅく、なちかさくとぅ、涙落(なだう)とぅちょおいびいたん。(接続)
【解説】
 形容詞は終止形語尾部分が「さん、しゃん」となるのが特徴です。「〜さぬ」という、あたかも、「言い切り」のような形があります(註1)が、決して終止形ではなく、「ぬ」は接続を表わすための助詞であると考えられます(註2)。”慣用的”に後続文をカットして用いられていることから、終止形にはない、余韻が残る用法になっています。そうした接続文のない接続用法を、終止形と区別する必要から、私は勝手に余韻用法と呼んでいます。
 形容詞の活用は、動詞ほど複雑ではなく、否定形(次講)に係助詞を使用したり、一部の形容詞の連体形については、変則的な部分があったり、連体形では一部が日本語的(与論語的)になったりする(例:あんましい事、またしい者、うふやしい子)などの他は、概ね日本語の形容詞の活用に近いです。
 丁寧文は「〜さ いびいん」、過去文は「〜さ たん」、接続は「〜さ くとぅ」、「〜さ ぬ、」の形となります。

註1:「うかあさぬ、行ちいんならん(危なくて、行けない)」、「暑さぬ ふしがらん(暑くてどうしようもない)」、「にいさぬ ならん(まずくて、嫌だ)」など。
註2:いつぞやの(多分、2〜3年前)テレビ番組を見ての話です。ある外国人が那覇市公設市場で、売り場の女性に、「『おいしい』は沖縄語で何と言いますか」と尋ねました。女性は咄嗟の事だったのでしょうか、「まあさぬ」と答えました。後々、その外国人は混乱しないかと心配しましたが、同時に、話者ならではの答えだとも思いました。二次話者なら、”素直”に「まあさん」と答えていたかもしれません。

例文@ 「なんどぅるさん」から派生した語に、「なんどぅるう(すべすべしたもの)」、「なんどぅってんそおん(すべすべしている)」などがあります。
例文A 「あんまさん」は身体的にも精神的にも使います。「気絶する、卒倒する」などの意味もあるといわれていますが、この意味の場合は、むしろ、「ぶちくんすん、ぶちくんなとおん」を用います。私は「不気根」を当てることがあります。
例文B 「御主前三味線」は「おじいさんの三味線」ですが、沖縄語では所有を表わす助詞には「ぬ」や「が」がありますが、用いるとくどい表現になったりしますので、省略されることが多いです。例:「我物(わあむん)」(私のもの)、「あんまあ衣(ちん)」(母の着物)、「兄考(やっちいかんげ)え」(兄の考え)など。
例文C 形容詞終止形に感嘆詞が付く場合の形には、例文の「やあ」(ね)の他に、「〜さんどお」(だよ)、「〜さっさあ」(だな)、「〜さ さ」(だよ)となります。
例文D 余韻用法例です。「くちゃ」は「裏座」。首里城正殿にも「みこちゃ(御くちゃ)」があります。「こうじ(黴)」は「ふちゅん」と言い、「生(み)いゆん」とは言いません。
例文E 接続の例です。「どぅく」は「とても」、「あまりにも」の意味です。「なちかさん」は「悲しい」。

形容詞の一部を分類別に紹介します。分類はあくまで、筆者の主観によるものです。
サイズなどを表わす:まぎさん(大きい)、ぐなさん(小さい)、いきらさん(少ない)、多(うふ)さん、長さん、いんちゃさん(短い)、広(ふぃる)さん、狭(い)ばさん、高さん、低(ふぃく)さん、遠(とぅう)さん、近さん、細(ふす)さん、浅さん、深さん、くうさん(ちいさい)、厚(あち)さん、薄(ふぃ)っさん、うろおさん(目、粒などが細かい)、等。
感覚を表わす:苦(く)ちゃさん、あんまさん(辛い)、痒(こう)さん、かばさん(香ばしい)、まあさん(おいしい)、甘さん、辛さん、苦(んじゃ)じゃさん、酸(し)いさん、にいさん(食べ物などがまずい、おいしくない)、かじゃさん(臭い)等。
状態を表わす:丸さん、固(くふぁ)さん、白(しる)さん、黒(くる)さん、青(おう)さん、赤さん、暑(熱、あち)さん、やふぁらさん(柔らかい)、温(ぬる)さん、寒(ふぃい)さん、冷(ふぃず)らさん、暗さん、涼(しだ)さん、風(か)ぞうさん(風がびゅうびゅう吹いているさま)、煙(きぶ)さん、温(ぬる)さん、ちゅらさん(きれい、美しい)、えんださん(おとなしい)、悪っさん、、古さん、新(みい)さん、良(ゆ)たさん、目光(みいふぃちゃ)らさん、安っさん、太(ぶとぅ)さん、悪(や)なさん、にいさん(のろい、遅い)、どぅんなさん(愚鈍、のろい)、早(ふぇえ)さん、ぐるさん(足などが速い)、若さん、うかあさん(危ない)、強(ちゅう)さん、弱(よう)さん、乾(かあ)らきさん(乾いている状態である)等。
心理を表わす:かなさん(愛しい)、恥じかさん、難(むちか)さん、なちかさん(悲しい)、姦(かしま)さん、うすまさん(ものすごい)、はごうさん(汚い)、みっくぁさん(憎い)、にいたさん(憎い)、やあさん(ひもじい)、しゅうらさん(かわいい)、そおらあさん(しっかりしている、賢い)、ふぃるまさん(珍しい)、珍(みじ)さん、可笑(うか)さん、面白(うむ)さん、苦(くちゃ)さん、あたらさん(大切、大事である)、どぅうやっさん(容易い)、寂っさん、しからあさん(精神的な寂しい)、うふやっさん(およなしい)、またさん(完全なる状態)、〜欲(ふ)さん、あんまさん(つらい)、うとぅるさん(恐い)、あながちさん(懐かしい)、くまさん(つつましい)、いちゃさん(惜しい、痛々しい))、んぞうさん(愛しい、但し首里語では使われない)、腸苦さん(腸が煮えくり返るような感じ)等。
【応用問題】
次の文を形容詞を使う沖縄語文になおしなさい。
@夜明けごろは、眩しい。
A私の従姉は、自分は霊感があるといってます。
Bそれぐらいなら、やりやすいよ。
Cメリケン粉は、とても、細かいよ。
D石油不足だから、値段が高騰している。

答え:
@夜明きぬうるみえ、目光(みいふぃちゃ)らさん。
A我従姉(いちく)お、自(どぅう)や、聖高(しいだか)さんでぃ、言(い)ちょおいびいん。、
Bうぬあたいやれえ、どぅうやっささ。
Cミリキン粉(ぐう)や、でえじな、うろうさんどお。
D石油(しちたんゆう)ぬうるさくとぅ、値(でえ)ぬ上がとおん。

第77講 スン・チ動詞とスン・シ動詞の区別 2012/3/20
@その子は、やりたい放題して、良い子じゃない。

A姪子は、喜んで、芝居を見に行った。

B僕は、立ちっぱなしで、こむらがえりしている。

C嫁は、男の子を産んで、ほっとしている。
D芋は、蒸してこそ、食べるのである。
@うぬ童(わらび)え、しい欲しゃふんでえし、そうんいらん。(スン・シ動詞)
A姪子(みいっくぁ)あ、いそうさし、芝居(しばい)見(ん)じいが、行ちゅたん。(スン・シ動詞)
B我(わん)ねえ、ちゃあ、立っちいし、くんだああがやあそおん。、(スン・シ動詞)
C嫁(ゆみ)え、男子(ゐきがんぐぁ)産(な)ち、うみなあくなとおん。
D芋(んむ)お、蒸(ん)ぶちどぅ、食(か)むる。
【解説】
 この講は、スン動詞関係の第23講と第24講に2012/3/18に追記した内容を独立させ、さらに例文を追加したものです。

 スン・シ動詞と次講のスン・ティ動詞の区別は解説にあるように、接続形(接続態、補助連用形)の形で区別しますが、『沖縄語辞典』(国立国語研究所)にはスン・シ動詞については、「不規則」表示になっており、スン・チ動詞は「接尾、=san,=ci」(表示の意味は表示順に、接尾語、否定形は「さん」、接続態は「ち」)と実践的とは言いがたい既述になっており、非話者には、その区別が難しいと思われます。

 両者の区別法は次の通りです。

スン・シ動詞について:
 終止形語尾が「すん」、語幹が単独で名詞になりえるもの。たとえば、「やなあびいすん」、「やあさすん」、「断髪すん」等。邪道ですが、虎の巻的には、日本語動詞の語尾部分が概ね「〜する」になる動詞に対応する沖縄語動詞です
例:「運転する(→うんてぃんすん)」、「掃除する(→そうじすん)」、「得する(→とぅくすん)」
スン・チ動詞について:
 上以外のスン動詞で、日本語動詞の語尾部分が概ね「〜す」になる動詞及び使役を表わし、語尾部分が「せる」になる動詞に対応する沖縄語動詞がそれに該当します。
例:「照らす(→てぃらすん)」、「壊す(→くうすん)」、「倒す(→とおすん)」、「歩かせる(→歩っかすん)」、「持たせる(→持ったすん)」等。

註:スン・シ動詞が『沖縄語辞典』で接尾語(辞)扱いされているのは、前述のように語幹が名詞(動名詞含む)と組み合わさって用いられるからですが、厳密にいえば、「すん」は単独でも用いられるとの解釈もできます。例:「あんせえ、すみ(それでは、やるか」、「なあ、さんどお(もう、しないよ)」等。

例文@ 「しい欲さふんでえ」の「ふんでえ」は「我儘。駄々をこねる」の意味。「取(とぅ)い欲さふんでえ」は「取りたい放題」になります。「〜欲さふんでえ」は「〜し放題」の意味なります。慣用句として覚えてしまいましょう。。「そうんいらん」の「そう、首里語(しょう」は、「人の性、知恵、賢さ」など指して言いますが、「そう ん いらん」はここでは「良い子はない」と訳しましたが、実は日本語訳は難しいです。「頭の悪い子」、「性格の悪い子」では強烈過ぎます。「おりこうさんじゃない」ぐらいでもよいかも知れません。なお、直訳は「性 も 入らん(入ってない)」です。

例文A 「いそうさん」は「嬉しい」、「喜ばしい」などの意味。
例文B 「くんだああがやあ」の「くんだ」は「こむら、ふくらはぎ」。「あがやあ」は、「筋肉が攣り上がっている状態」の意味だと思われますので、「上がやあ」の漢字を当てたいところです。
例文C 「産すん」は、少し前まで、日本語でも「子を為す」という使い方がありました。(司馬遼太郎の歴史小説など)
例文D 「蒸ぶち、食むん」でもよいですが、「蒸す」を強調するために、「どぅ」を加え、後続する用言を連体形で結んでいます。
【応用問題】
次の動詞の補助連用形(接続態)の形を示し、その動詞の種類を答えなさい。
例:問題:隠(くぁっくぁ)すん。答え:隠ち。スン・チ動詞。
@乾(かあ)らかすん。(乾かす)
Aちゃあ、待っちいすん。(持ち続ける)
Bわじらすん。(怒らす)
Cふぃんちすん。(不機嫌になる)
Dやなしいすん。(ダメなやり方をする)



答え:
@乾らか。スン・チ動詞
Aちゃあ、待っちい。スン・シ動詞
Bわじら。スン・チ動詞
Cふぃんち。スン・シ動詞
Dやなしい。スン・シ動詞
第76講 「歩っちいんならん」 2012/3/18
@その道は、泥だらけで、歩くこともできない
A私の歯は、入れ歯なので、固いものは食べれることもできません
Bペンキは、長らく使わないと、固くなってしまって、塗ることもできないよ。
Cその赤ん坊は、あまりにも泣き過ぎるので賺すこともできないよ。
D氷は、冷えて、掴むこともできなかった
@うぬ道(みち)え、泥(どぅる)ぶったあなてぃ、歩(あ)っちいんならん
A我歯(わあはあ)や、抜(ぬ)じ挿(さ)しやくとぅ、固物(くふぁむぬ)お、食(か)みいんないびらん。(丁寧文)
Bペンキえ、長(なげ)えさ使(ちか)らんでえ、けえ固(かた)まてぃ、塗(ぬ)いんならんどお
Cうぬ赤(あか)ん子(ぐぁあ)あ、どぅく、泣ち強(じゅう)さぬ、賺(しか)しいんならんさ。
D氷(こおり)え、ふぃずりてぃ、掴(か)ちみいんならんたん。(過去文)
【解説】
 可能文に関連する講として、この講を追加しました。
 「なゆん」(日本語の「なる」および「できる」に対応)はラ行ユン・ティ動詞の一つであり、使用頻度の高い語で、過去の例文でも断片的に使いましたが、こと、その動名詞にその否定形が付く文は独立して説明したほうがよいかもしれません。この講については、あるいは、慣用句として覚えてしまったほうがよいかもしれません。
 「ならん」は例えば、「やあさそおてえ、戦あ、ならん」(腹が減っては戦はできない)のように、名詞+係助詞について、「〜はできない」という意味を表わしますが、動名詞+並列を表わす助詞「ん」+「ならん」についても、「〜することもできない」の意味になります。

例文@「泥ぶったあ」は「泥だらけ」。
例文A「抜じ挿し」は「抜いたり填めたりできるもの」の意味でここでは「入れ歯」。『沖縄語辞典』には載っていませんので、地方によって、異なる可能性があります。
例文B「ペンキえ」は、他では「ペンケえ」あるいは「ペンケー」との表記もありえますが、私は名詞語形保存を優先した表記をすべく、例文のような表記にしてあります。「けえ」は、「〜してしまう」の意味の副詞で、動詞などの前にきます。例文@の「道え」も同様な考えに則っています。「みちぇえ」、「みちえー」等。
例文C「赤ん子」は「坊主小(ぼうじゃあぐぁあ)」ともいいます。
例文D「氷え」の表記については、例文Bの説明を参考にしてください。他例:「こおれえ」、長音を棒引きでよしとする表記法では「氷ー」など。

【参考】
 「成ゆん(ないん)」の慣用的使用例
 「なんくるないさ(どうにかなるさ)」、「なとおんどお(できているよ、よくできているよ)」、「ちゃあんならん(どうにもできない)」、「何(ぬう)なとおが(どうなっているんだ)」、「汝(いゃあ)があ、ならん(君にはできない)」、「彼(あり)がんないみ(彼にできるものか)」、「何んならん(役に立たない、何もできない)」、「ないれえ、なれえ(できれば)」、「ないぬ事やれえ(できることなら)」等。
 
 なお、「なゆん」には上の他に「実る」、「鳴る」がありますが、「なゆん」が「ゆ」にアクセントが付くのに対し、「鳴ゆん」は「鳴」にアクセントが付きます。「成ゆん」と「実ゆん」の音声上の区別はありませんので、「実ゆん」は「成ゆん」の一種だと考えられているのかも知れません。

スン・シ動詞(第23講)およびスン・チ動詞(第24講)については、説明した通りです。
【応用問題】
次の文を「〜ならん」を用いた文になおしなさい。
@うに荷(にい)や、重(んぶ)さぬ、かみゆる事(くとぅ)んないびらん。
Aうぬ添具(しいぐ)お、鈍(なま)りてぃ、切(ち)ゆしんならん。
B太陽(でぃだ)あ、目光(みいふぃちゃ)らあさぬ、見じゅる事んならん。
C天(てぃん)ぬ諸星(むりぶし)え、数(ゆ)むる事んならん。
Dしらあ後(くさ)あ、諸敵(むるてぃち)なてぃ、逃(ふぃん)ぎゆる事んならん。

答え:
@うぬ荷や、重さぬ、かみゆいんないびらん。

Aうぬ添具お、鈍りてぃ、切いんならん。

B太陽あ、目光らあさぬ、見じいんならん。

C天ぬ諸星え、数みいんならん。

Dしらあ後あ、諸敵なてぃ、逃ぎいんならん。

語句:添具=ナイフ、小刀。しらあくさあ=前後左右。

第75講 受動的可能文「行かりいん」「食まりいん」等 2012/3/3
@この抜け道からも行けるよ。
A腐れ芋でも、食べられるかい。
B癌は、今は治せる病気である。
C昔物は売れるが、現代物は売れない
D兄弟喧嘩すると、親父に、叱られます
@くぬくんちり道からん、行(い)かりいんどお。
Aしい芋(んむ)やてぃん、食(か)まりいんなあ。
Bかくお、今(なま)あ、治(のお)さりいる病(やんめえ)なとおん。
C昔物(んかしむ)のお、売(う)らりいしが、今前(いまめえ)ぬ物お、売ららん
D兄弟(ちょうでえ)おおええしいねえ、父(すう)なかい、しちきらりやびいん
【解説】
 文法的には受動態であるとも言えますが、意味的には可能文の一種です。第71講の可能文は、働きかける主体(能動主体)の能力を指すのに対し、受動的可能文における能力は、どちらかといえば、受ける側の能力を指します。例文Aを例にとると、食べる人の能力より、食べられる芋の可能性について言及するものです。
 受動を表わす動詞がすべてラ行ユン・ティ動詞(終止形がユンまたはイン、未然形がラ行、接続態=補助連用形がティとなる動詞)であることは前74講で紹介した通りですが、終止形については「ユン」使いより「イン」使いが優勢と看做して、例文はすべて、「イン」使いになっています。
 なお、スン・シ動詞の受動的文の殆どは可能文とはなりえず、代わりに「スン・チ動詞基本形+なゆん(ないん)」の形となります・例:「ほうちかちすん(掃除する)」→「ほうちかちなゆん(掃除できる)」、「運転すん(運転する)」→「運転なゆん(運転できる)」。それぞれについて、「掃除さりいん」、「運転さりいん」は単に受動文であって、受動的可能文とはなりえないのです。

例文@ 「くんちり道」は「ちゃんとした道」ではなく、「通れる所」に過ぎません。「どお」は「よ」などにたいおうする感嘆詞。
例文A 「しいむん」の「しい」は「腐った」という意味です。「やてぃん」は「でも」。「なあ」は柔らかかつ軽い疑問表わす語です。
例文B 「かく」は「癌」。「治さりいる」は「治さりいん」の連体形。「なとおん」は「やん」に置き換えても同じ意味です。沖縄語は慣用的に「である」を「やん」に替えて「なとおん」を使うことが多いです。例「我ねえ、うぬ子ぬ親やいびいん」を「我ねえ、うぬ子ぬ親なとおいびいん」等。
例文C 「昔物のお」は「昔物や」でも良いですが、「のお」の方がより口語的かと思われます。「のお」は私はヤ系係助詞として扱っていますが、「のお」における「の」の正体は、前語「んかしむん」の語尾の「ん(n)」と係助詞「お(o)」結合したもので、前語の語尾と係助詞の「一人二役」を演じています。「の」を送り仮名部分にしたのは、そうした変音に注意を喚起したいとも思いからで、読者は読者なりの考えと信念で扱ってください。

 ちなみに沖縄語表記については、私的ルール極力廃し、伝統的なものを優先するというのがモットーですが、文語におけるヤ系係助詞は殆ど「や」になっているため、口語的表記については参考になりえず、やむえず私的にならざる得ない部分があります。

例文D 「父」は士族語では「たありい」です。「しちきゆん(しつける)」は首里語と言われていますが、地方でも使われています。「ぬらゆん」が単に「叱る」の意味であるのに対し、「躾ける」の意味合いが濃くなります。
 
【応用問題】
  次の文を受動的可能または「なゆん(ないん)」を使う沖縄語に直しなさい。
@この字は、小さくて、読めない。
A歌なら、遠くからでも聞こえます。
B状態の悪い道では、かけっこできません。
Cこの荷物はどこまで運べるか。
Dこの着物は、狭くて、もう着けられません。


答え:
@くぬ字(じい)や、ぐなさぬ読(ゆ)まらん。
A歌やれえ、遠(とぅう)さからやてぃん、聞(ち)かりやびいん。
B悪道(やなみち)んじえ、走(は)あええないびらん。
Cくぬ荷(にい)や、まあまでぃ、かやあさりいが。
Dくぬ着物(ちん)や、いばさぬ、なあ、着(ち)らりやびらん。

第74講 「〜さりいん」受動文 2012/2/14
@ダメなやり方をすると、人に笑われるよ。
A今日は、もう、父に、小言を言われる事になるよ。
B近頃は、昔、原っぱだったところにも家が建てられている。
C君のお菓子は、全部、子供たちが、持ち去っていった。
D悪い事をして、母に怒られています
@悪(や)なしい、しいねえ、人(ちゅ)なかい、笑(わら)ありいんどお。
A今日(ちゅう)や、なあ、父(すう)なかい、叫(あ)びらったるうちやさ。
B近頃(ちかぐる)お、昔原(んかしはる)やたる所(とぅくる)んかいん、家(やあ)ぬ建てぃらっとおん。(「建てぃらりいん」の進行形)
C汝菓子(いゃあくぁあし)え、諸(むる)、童(わら)ん達(ちゃあ)なかい、持(む)っちはらっとおん。(「持ちはゆん」の進行形)
D悪(や)な事(くとぅ)さあに、母(あんまあ)なかい、ぬらっとおいびいん。(「ぬらありゆん」の進行形)
【解説】
 動詞の受動態を使う文を受動文といいます。
 受動態といっても、派生元の動詞の活用形の一種ではなく、受動を表わす独立した動詞であり、活用分類は、すべて、ラ行ユン・ティ動詞(終止形がユンまたはイン、否定形(未然形+ン)がラ行、補助連用形(接続態))がティとなる動詞)に属します。
 ユン動詞は首里や那覇の一部及び屋取部落(士族が落ち又は作った集落)では、終止形等が「ユン(yun)」ですが、こと受動文の場合は、それらの地域においても「イン(yin→in)」で発音されることが多いことから、例文はすべて「イン」になっています。勿論、「ユン」でも構いません。例「笑ありいん」→「笑ありゆん」。

例文@「悪なしい、しいねえ」は、本来は「悪なしいしいねえ」と表記されることが望ましいです。私の場合は、特に目的助詞「ゆ」が省略される口語においては、目的語と述語を明確にするために(勝手ながら過渡期のつもりで)「、」で切り離しています。但し、論文調でかつ長文の場合で、どうしても目的助詞「ゆ」を用いないと、スムーズな文解釈できないと思われる場合は、「ゆ」を用います。
例文A「父(すう)」は庶民語。士族は「たありい」。「叫びらったる」は「叫びゆん」の受動態「叫びらりいん」の連体形で名詞「うち」にかかる。「や」は存在動詞「やん」の「ん」が略された終止形。感嘆助詞「さ」が付く場合には略されます。「〜うちやさ」は、例えば、「褒みらったるうちさや」とは、冗談で使う場合は別として、「ぐらったるうちやさ(なぐられるよ)」、「ぬらったるうちやさ」などと、批判がましく、相手にとって悪いことに使う場合が多いようです。「〜うちやさ」は慣用句として覚えてしまいましょう
例文B「ちかぐるお」は「ちかぐろー」と表記されることもあります。「お」はヤ形係助詞の一つです。
例文C「汝」は他では「やあ」と表記されることが多いです。「諸」は地域によっては、「むうる」「ぶる」「ぶうる」と発音されます。「〜はらっとおん」は「はゆん(去る)」には私は殆ど「去らっとおん」と当てること多いですが、「走(は)ゆん」と関係ある語かもしれません。
例文D「汝」は「やあ」との表記もあります。「童ん達」は「わらびんちゃあ」でもよいです。古風な言い方では「わらびぬちゃあ」。「持っちはらっとおん」は地域によっては、「持ちはらっとおん」とも言います。「ぬらっとおいびいん」は進行形の丁寧文の形です。

【一言】
 日本語もそうですが、沖縄語も、使役と受動からなる複合動詞もあります。たとえば、「笑わされる」は「笑う」から派生した受動態「笑ありいん」、さらにそれから派生した使役態「笑あさりいん」になります。こうした感覚を身に着けるには、個々の動詞について別個に勉強するより、散文を多く読まれることをおすすめいたします。パージのタイトルは「文で覚えるうちなあぐち」となっていますが、断片的でありことは否めず、補助的に活用されるべきでしょう。メインの勉強は、やはりというか当然に、散文に親しむことです。
【応用問題】
次の日本語文の太字の部分を受動文にして、うちなあぐちに直しなさい。
@雨漏りがしたこの屋根も、もう、修理されている
A沖縄語は、一つの言語だと考えられます
B女の子は赤い靴を履かされ、うれしがっていた。
C酔っ払いは、みんなに、嫌がられるよ。
Dこんなにも、君は爪を伸ばして、もう今日は、爪を切られることになるよ。
答え:

@雨漏(あまむ)いすたるくぬ屋根(やに)ん、なあ、くうさっとおん
Aうちなあぐちえ、一(てぃい)ちぬ言語やんでぃち、考(かんげ)えらりやびいん。
B女(ゐなぐ)ん子(ぐぁあ)あ、赤靴(あかふや)、くまさってぃ、いそうさそおたん。
C酔(ゐ)いっちゃあや、諸(むる)なかい)、はごうささりいんどお。
Dあんすかなあ、汝(いゃあ)や、爪伸(ちみぬ)ばち、なあ今日(ちゅう)や、爪切(ちみち)みらったるうちやさ。

註:「考えらりやびいん」は「考えらりいん」の丁寧文です。

第73講 「〜させる」(スン・チ使役文U) 2012/1/27
@母は、子供たちに本を読んで聞かそうと、頑張っています。
A父は、釘で穴をあける。
B今年は、君に褒美をあげるよ。
C早く、コーヒーを飲ましてくれ。
Dどうか、雨を降らしてください。
@母(あんまあ)や、童(わら)ん達(ちゃあ)んかい、書物読(しみちゆ)でぃ、聞(ち)かすんち、はまとおいびいん。
A父(たありい)や、釘(くじ)なかい、穴(みい)ふがすん
B今度(くんど)お、汝(いゃあ)んかい、褒美(ふうび)取(とぅ)らすさ。
C早(ふぇえ)く、コーヒ飲まち、取らせえ。
Dどうでぃん、雨降(あみふ)らち、たぼうり。
【解説】
 前回と同じ使役文でも、今回は、主に通常の動詞の未然形に「すん(*スン・チ動詞)」(首里語では主には「しゅん」)をつけて、作る使役文の例です。否定形は「〜さん」、過去形は「〜ちゃん」、丁寧文は「〜さびいん」です。勿論、使役動詞とはいえ、活用形の一種ではありませんので、独立した動詞であり、活用の種類はスン・チ動詞となります。
 
 ただし、「見じゅん(見うん)」などは、「見だすん」ではなく、必ず「見しゆん」になりますので、覚えてしまいましょう。「んだすん」は「出させる」という意味の「出(ん)じゃすん」(一部の地方では「んだすん」)と間違いやすいからでしょうか。同様に、「しいぶしゃん(したい)」という語句との混同を避けるため、「知りたい」は「知いぶしゃん」ではなく、「分かいぶしゃん」となる例があります。これも覚えてしまいましょう。

註:スン・チ動詞とは、終止形が「すん(しゅん)、否定形が「さん」、補助連用形(接続態)が「ち」と活用する動詞をいいます。

例文@「あんまあ」は庶民語。士族は「あやあ」その敬語「あやあめえ」です。「書物」は「本(ふん)」でもよいです。「聞かすんち」は「聞かすんでぃち」、「聞かすんでぃちゃあに」、「聞かすんでぃちゃあま」などのバリエーションがあります。
例文A「たありい」は士族語。庶民語は「すう」です。「みい」は本来「小さな穴」の意味で、「欠損・欠点」にも言います。貫通した穴や、比較的大きめの穴は「あな」です。『沖縄語辞典』には大きさのことは記されていませんが、ここでの説明はあくまで、私自身の経験を元にしています。(異なる経験を持つ方は、自分の経験を優先的に信じましょう)。「釘なかい」は「釘し」でもよいです。
例文B「今度」は「今年」の意味ですが、最近は日本語の影響で「今度、今回」の意味にも「逆転じ」して使用されるようになっています。文末につく感嘆詞「さ」は「〜だよ」の「よ」の意味です。「ちゅらさっさあ」における「っさあ」は、「よ」の意味ではなく、「だな」などと、独り感動、一人合点する場合の感嘆詞ですので、区別しましょう。
例文Cこの文では、使役動詞が「飲まち」、「取らす」の二つが使われています。前者は補助連用形(接続態)、後者は感嘆詞「さ」が付いたものです。
例文D「降らち」も接続態の例です。
【応用問題】
次の使役文を日本語に訳しなさい。また、使用されている使役動詞の元となる動詞終止形を示しなさい。
@彼(あ)ったあ、わじらさんしえ、ましどお。
A我ったあや、なちかさぬ、涙落(なだう)とぅちゃん
B暗さくとぅ、明かがらせえ
C喉(ぬうでぃい)んかい、魚(いゆ)ぬ棘(んじ)、けえかからち、ちいちいかあそおん。
D映画見(み)しいが、そうてぃ、行(い)ちゃびたん。

答え:

@彼らを怒らせない方がよいよ。(わじゆん)
A私たちは、悲しくて、涙をながした。(落てぃゆん)
B暗いので、明るくして。(明かがゆん)
C喉に魚の骨をかからせてしまい、つまらせている。(かかゆん)

D映画を見せに、連れて行きました。(見じゅん、見うん)

註:問題@の「わじらんしえ」は動詞「わじゆん」の使役形「わじらすん」の否定形(及びそれの終止形)に名詞化する助詞「し」が付き、さらにヤ形係助詞「え」が付いたものです。
問題Aの「涙落とずん」は「涙を流す」の慣用的言い回しとして覚えましょう。

第72講 「〜させる」(ラ行ユン・ティ使役文T) 2012/1/16
@大晦日には、子供に、拭き掃除をさせる。
Aお年寄りは、ゆっくり、歩かせよ。
B運転免許取ってから、運転はさせる。
C一日中、私に難儀させないでくれ。
Dお金を握らせてから、仕事はさせなさいよ。
@年(とぅし)ぬ夜(ゆるう)や、童(わらび)んかい、拭(す)すいかちしみゆん。
A御年寄(うとぅすい)や、ようんなあ、歩っかしみりわ。(歩っかしみれえ)
B運転免許お、取(とぅ)てぃからどぅ、運転しみゆる
Cふぃっちい、我(わん)にんかい、難儀(なんじ)、しみらんけえ
D銭(じん)のお、かみちらちからどぅ、仕事(しくち)え、しみゆんどお。
【解説】
 動詞などの使役態を使う文を使役文といいます。
 使役態といっても、用言の活用形の一種ではなく、使役を意味する独立した動詞であり、「」〜しみゆん」の形をとる使役動詞は、すべて、「ラ行ユン(イン)・ティ活用」です。(終止形が「〜ユン(〜イン)」、否定形がラ行、接続態を表わす補助連用形が「〜ティ」の形をとる動詞のことをいいます)
 使役文には二つの形があります。一つは、本講で紹介する「〜しみゆん」(又は「〜しみいん」)の形で、「〜」は、主には、「運転」、「難儀」、「仕事」等の動詞化できる名詞及び動詞「成ゆん」の語幹、形容詞基本形(例:「ちゅらさん」だと「ちゅらさ」の部分)です。その二つは、動詞未然形に「すん」が付く形ですが、この説明は次講に回します。但し、通常の動詞の場合でも、動詞未然形に、前述の「しみゆん」が付く形をとることがありますが、後者使用が主となっています。
 「しみゆん(しみいん)」の形を取る使役動詞はの活用は、すべて「ユン・ティ動詞」に分類されます。

例文@ 「年ぬ夜」で「大晦日」。特に「夜」という意味ではありません。
例文A 「歩っかしみりわ」は「歩かしみゆん」の命令形で、澄まし言葉は「歩っかしみり」。多くは「歩っかしみれえ」。なお、歩っかしみゆん」は次講で説明する使役文U「歩っかすん」とも言います。
例文B 「運転免許」の読みか方は、日本語式に読む場合は多い(ラジオ沖縄の「方言ニュース」など)ですが、私は「うんてぃんみんちょ」などと、、伝統的読み方(琉球漢音)を推奨しています。「取てぃからどぅ」の「どぅ」は前語を強調する助詞で、次にくる用言は通常は連体形で結びますので、ここでは「運転しみゆん」が「運転しみゆる」という連体形になります。。
例文C 「ふぃっちい(ひっちい)」は「終日」の意味ですが、「しょっちゅう」という意味にも転用されています。「しみらんけえ」は禁止形の一形です。「しみるな」、「しみんな」、「しみな(古形)」などの形もあります。
例文D 「銭のお」は「銭や」でも勿論可です。「かちみらちからどぅ」の「どぅ」も強調助詞ですが、次にくる用言には感嘆詞が付いているので、連体形で結ぶ法則は適応されません。感嘆詞優先の法則とでもいいましょうか。
【応用問題】
次の文又は名詞、形容詞、動詞を使役動詞になおしなさい。
@いそうさん。(嬉しい)
Aあふぁあ成ゆん。(ずっこける)
Bきっちゃき。(躓き)
Cふぃいさん。(寒い)
D手(てぃい)よう足(ふぃさ)よう。(手振り足振り)


答え:

@いそうさしみゆん。(嬉しがらせる)
Aあふぁあ成しみゆん。(ずっこけさせる)
Bきっちゃきしみゆん。(躓かせる)
Cふぃいさしみゆん。(寒がらせる)
D手よう足ようしみゆん。(手振り足振りさせる)

第71講 「〜することができる」、「〜できる」(サ行ユン・ティ可能文) 2011/12/16
@その赤ん坊は、もう、立つことができる。(立てる)
A僕でさえ、ペンキを塗ることができるよ。(塗れる)
B今は、芭蕉衣を織ることのできる人は少ない。(織れる)
C彼でも、車の運転ができるものか。
Dあの医者こそが手術できるのであって、誰もできない。
@うぬ赤子(あかんぐぁ)あ、なあ、立ちゆすん。(立っちいすん
A我(わあ)がんちょおん、ペンキ塗(ぬ)いゆすんどお。(塗いすん
B今(なま)あ、芭蕉衣(ばさあじん)織(う)いゆする人(ちゅ)お、いきらさん。(織いする人)
C彼がん、車ぬ運転しいゆすてぃから。
Dあぬ医者ぬる割いゆする、誰がんしゆさん
【解説】
 可能文といっても、可能を表わす動詞のことで、派生元の動詞とは独立動詞になり、この場合は、その活用の形態からサ行ユン・ティ動詞に分類されます。
 「〜することができる」、「〜できる」は沖縄語では、日本語の直訳調」(例:「する事ぬ成ゆん」等)を含め、複数の言い回しがありますが、この講で紹介する言い回しは、日本語にはない独特のものです。もっとも、前述の日本語直訳調といえども、現在はすっかり沖縄語の言い回しとして馴染んでしまっています。
 可能文で使われる「ゆすん、いすん」は、スン・ティ動詞と同様の活用をすることから、元々、「ゆ(又は「い」)とスン・ティ動詞の「すん」から成ると考えられます。「ゆすん(又は「いすん」)」は「ゆうすん」と、伸ばすことが多いです。私もうっかり「しいゆうすん」などと書くことがありますが、間違っているわけではないので、そのままにしておくことが多いです。
例文@ 「赤子」は「坊主小(ぼうじゃあぐぁあ)」とも言います。
例文A 「ゆすん」に感嘆詞が付く場合の例です。「塗いゆすさ」で「塗れるさ」、「塗いゆすっさあ」で「塗れるなあ」、「塗いゆすんてえ」で「塗れるんじゃない」のニュアンス。「塗いゆすんよお」で「塗れるよ」。「我がん」の「がん」は「でも」の意味です。「ちょおん」は「でさえ」。文には「でんし」という語も使われるが、口語では使用されません。
例文B 「芭蕉衣」は嘗ては百姓など庶民の衣服でしたが、今では織る人も少なく、超高価な織物になっています。ちなみに、士族(ゆかっちゅう)や王族などは上布(宮古上布や八重山上布)で作られた着物を着けていたそうです。いずれも今は超高価なものです。
例文C 「しいゆすてぃから(できるものか)」は慣用句として覚えてしまいましょう。「から」は本来、「〜(どこ)から」を表わす助詞なのですが、例文のような尻切れの言い方で、疑問の一種のような意味合いになります。
例文D 「医者ぬる」は「医者がる」でもよいですが、前者の方が本来の沖縄語的です。「割ゆん」は文脈から「手術する」の意味になります。本来の「割る」という意味から、転じて使われています。 
【応用問題】
 次の文を可能文に直しなさい。
@我(わん)ねえ、自(どぅう)し、断髪(だんぱち)すぬ事(くとぅ)ぬ成いびいん。
A汝(いゃあ)や、芝居(しばい)ん成(な)ゆんなあ。
B若さいねえ、ハブ掴(か)みゆる事ぬなゆたしが、今(なま)あ、恐(うとぅ)るさぬならん。
C如何な何やらわん、あが遠迄(とぅうまで)え、泳(ゐい)じゅる事おならん。
Dくぬ靴(ふや)あ、いいばさぬ、くむる事(くと)お、ならんさあ。

答え:
@我ねえ、自し、断髪しゆさびいん。

A汝や、芝居ん、しゆすんなあ。
B若さいねえ、ハブ掴ちみすたしが、今あ、恐るさぬならん。

C如何な何やらわん、あが遠迄え、泳じゆうさん。

Dくぬ靴あ、いいばさぬ、くみゆさんさあ。

【日本語訳】
@私は自分で散発できます。
A君は芝居もできるか。
B若い頃は、ハブを掴まえることもできたが、今は恐くてできない。
Cいくらなんでも、あんな遠いところまでは、泳げない。
Dこの靴は、狭くて、履けないさ。
第70講 回想文「〜てえん(〜だったんだ)」 2011/11/26
@彼らは、大抵、野原で遊んでいたのだった。
Aおやおや、クーラーも、かけていたんだね。
Bあのバッターも良く、打っていたんだなあ。
C彼の歌をずっと、聞いていたわけなんだ。
D君もハワイに行っていたんだって。
Eこの着物は、お母さんのものだったんだ。
@あっ達(たあ)や、いいくる、原(もう)んじ遊(あし)どおてえん
Aあいなあ、クーラーん、かきてえてえさやあ。
Bあぬバッターん、良(ゆ)う、打っちょおてえっさあ。
C彼(あり)が歌、ちゃあ、聞(ち)ちいそおてえるばあやさ。
D汝(いゃあ)ん、ハワイんかい、行(ん)じょおてえてぃから。
Eくぬ衣(ちん)のお、あんまあむんどぅ、やてえさ。
【解説】
 過去の出来事を思い出して発する文で、動詞、存在動詞及び助動詞の基本形(終止形の語尾「ん」を省いた形)に「てえん」が付いたものです。会話体では、殆ど、「さ」、「っさあ」、「どお」、「やあ」などの感嘆助詞や、その連体形「てえる」に「ばあなあ(訳か)」、「ばあてえ(訳さ)」、「ばあやさ(訳なんだ)」、「てぃ から」などを付けて、表現されます。
 活用形は、終止形「てえん」連体形「てえる」補助連用形(接続態)「てえてぃ)」以外は殆ど用いられませんので、例文を慣用的に覚えてしまいましょう。例文Dのように、補助連用形(接続態)を用いる場合、本来は助詞である「から」を添えると、確認疑問文(〜だって?)のような表現になります。
 例文@のように終止形(言い切り形)で用いることは少ないですので、ネイティブ話者には、なんとなく、パンツをはき忘れたような心もとない感じのする表現です。しかし、終止形表現(例文@)も、決して、ゼロではありません。
 
 拙書『実践うちなあぐち教本』では、「書きことばを目指す」という態度が強く出すぎて(反省)、終止形中心に説明しているために、比較的多くの質問が寄せられましたが、感嘆詞などを付けて説明すると、掌をかえすように納得していただけました。

例文@ 「いいくる」は「頻度が多い」事を表わす副詞で、「大概(てえげえ)」などと同じ意味です。「原(もう)」は、多くは「毛」という当て字が当てられています。例:「万座毛」。しかし、意味は「原」です。
例文A 完了保存文に「てえん」が付いたものです。完了保存「かきてえん」+回想「てえん」。
例文B 進行文に「てえん」が付いたものです。
例文C 「ちゃあ」は「ずっと、〜し続ける」を表わす副詞で動詞の前に付きます。「ちゃあ聞ちい」で「聞き続け」といういみになります。「そおん」は「すん(する)」の進行形(文)です。「ちゃあ聞ちいそおん」、「ちゃあ叫びいそおん」、「ちゃあ歩っちいそおん」、「ちゃあ持っちいそおん」、「ちゃあ掴(か)ちいみいそおん」、「ちゃあ憩(ゆく)いそおん」、「ちゃあ見(ん)じいそおん」などは、慣用的に覚えてしまいましょう。
例文D 「汝」は多くは「やあ」と表記されます。「てぃ から」の「てぃ」は接続態(補助連用形)の「語尾」であり、「から」は助詞ですが、この二つで、確認疑問文を形作ります。確認疑問文は、ちゃんとした疑問文の形をとっているわけではなく、慣用的に疑問文であるかのように振舞う文です。「取てぃい(取ったかい)」や「おおてぃい(喧嘩したかい)」などにおける「い」も本来は、強調疑問詞(文中に強調を表わす助詞「どぅ」や「る」がある場合の疑問詞)ですが、接続態の語尾「てぃ」と結びついて、あたかも疑問文を作るのに似ています。
例文E 「衣のお」は「着物」と当てる場合もあります。発音は「ちのお」です。「やてえん」は存在動詞「やん」を回想文にしたものです。
【応用問題】
 次の文を回想文を用いた表現に直しなさい。
@あぬ人(ちゅ)お、うぬ病んかい、ちゃあ罹かいそおん。
Aくぬ前(めえ)や、足(ふぃさ)どぅ痛(や)まちぇえたんなあ。
Bあぬ二才(にいせえ)ん、我(わん)とぅ、同(い)ぬちるみいどぅやっさあ。
C昔(んかし)え、沖縄(うちなあ)んかいん、田(たあ)ぬまんどおたん。
D昔ぬ景色(ちいち)え、なあふぃん、美(ちゅ)らさたん。

答え:
@あぬ人お、うぬ病んかい、ちゃあ罹かいそおてえん。
Aくぬ前や、足どぅ痛まちぇえてえてぃから。
Bあぬ二才ん、我とぅ同ぬちみるいどぅやてえさ。

C昔え、沖縄んかいん田ぬまんどおてえん。

D昔ぬ景色え、なあふぃん、美らさてえん。

日本語訳
@あの人は、ずっと、その病気に罹っていたのだ。
Aこの前は、足を痛めていたんだって。
Bあの青年も、僕と同い年だったのだ。
C昔は、沖縄にも田んぼが多かった。
D昔の景色は、もっと、美しかったんだ。
第69講 継続文関連のその他の構文 2011/11/10
@私は、居間で、休んでおきます
A無駄なものは、覚えておかない
 無駄なものは、覚えておきません
B落とさないように、ずっと、掴まえておけ

Cお婆さん、裏座で、お休みになさっておいてください

 
Dそれは、もう、知らん振りしおいた方がよいではないか。
@我(わん)ねえ、なかめえんじ、ゆくとうちゃびいん(丁寧)
Aゆうちらん無(ね)えらんむぬお、覚(うび)いとおかん。(否定)。
 ゆうちらん無えらんむぬお。覚いとおちゃびらん。(丁寧否定)
B落(う)とぅさんねえし、ちゃあ、かちみいそうけえ。(命令、くだけた言い方)
 落とぅさんねえ、ちゃあ、かちみいそうき。(命令、澄ました言い方)
C婆前(はあめえ)、くちゃんじ、ゆくとおかれえ(命令、対目上)
 婆前、くちゃんじ、ゆくとうかり。(上同)
 婆前、くちゃんじ、ゆくとおちみそおり(命令、対目上)
 婆前、なかめえんじ、ゆくとおちみそうれえ(上同)
Dうりえ、なあ、知らん振うなあそうちゅしえ、ましえあらに。(動名詞)
【解説】
 継続文に関連する構文です。否定、丁寧、対目上、命令等については、過去に幾度か説明していますので、参考にしてくだい。
 継続文を構成する補助動詞「〜うちゅん(〜おく)」の活用は、動詞「置ちゅん(置く)」と同じです。したがって、否定や命令なども同じ形になります。丁寧文は、「うちゅん(置く)」の丁寧文と同じで、「〜うちゃびいん」となります。否定文は、「うちゅん」の否定文と同じ形で、「〜うかん」、さらにその丁寧文は「〜うちゃびらん」となります。命令文は、「うちゅん」の命令文と同じ形で、「〜うき」(例文D)、「〜うけえ」などとなります。

例文@ 「なかめえ」は主には「居間」です。「なかめえんじ」の「んじ」は「於(をぅ)とおてぃ」または「於てぃ」とも言います。
例文A 「ゆうちらん無えらん」の「ゆうちら」は単独で用いられる事はなく、例文のように慣用句として使います。「ゆうちらあ無えん」とも言います。「ゆうちら」は憶測するに、元々は「益」という意味だったのでしょうか。「ゆうちらん無えん」憶測はしない方が良いかも…。
例文B 「ちゃあ」は「ずっと〜する」の意味の副詞で、「ちゃあ頑丈やみせえみ(ずっとお元気でいらっしゃいますか)」などの使いからで、お馴染みです。
例文C 「くちゃんじ」の「くちゃ」は「裏座」ですが、事実上の「寝室」に相当します。首里城正殿に「みこちゃ」という部屋は、「御くちゃ」の事で、「控えの間」のことでしょうか。
例文D 「知らん振うなあそ うちゅし」の「し」は動詞や助動詞を名詞化する助詞で、ここでは「知らん振りしおくこと」、「知らん振りしおくの」という意味です。続く「え」はヤ系係助詞(日本語の「〜は」に対応)です。
【応用問題】
 次の文を、日本語に訳しなさい。
@薬(jくすい)や、飲どおかんてぃん、済(し)むさ。
A車あ、くまんかい、停(とぅ)みとおけえ。
B今日(ちゅう)や、ふぃいさぬ、家籠(やあぐ)まいそうちゃびいん。
Cちゅら花(ばな)やれえ、咲かちょうけえ。
Dなかみぬ吸(し)い物(むん)や、何時(いち)やてぃん、食(か)まりいんねえし、たじらちょうちゅさ。

答え:
@薬は、飲んでおかなくても、よいさ。
A車は、そこに停めておけ。
B今日は、寒くて、家に閉じ籠もります。

C美しい花なら、咲かしておいて。
Dなかみの吸い物は、何時でも、食べられるように、煮ておくよ。

第68講 継続文「〜しておく」 2011/11/7
@紛失しないように、使っている間は、見える所に置いておく。


Aこれは、重いから、私が、頭に乗せておく
Bどうして?、欲しいものは、貰っておいて。
Cお客さんが来るまでは、掃き掃除をしておくよ。
Dお金は、貯めておくように、考えておいてよ。
@無(ね)えんなさんねえし、使(ちか)とおる間(ゑえだ)あ、見(み)いゆる所(とぅくる)んかい、置(う)ちょうちゅん
 無えんなさんねえし、使とおる間あ、見いゆる所んかい、置ちょうちゃびいん(丁寧)
Aくりえ、重(んぶ)さくとぅ、我(わあ)が、かみとおちゅん
B何(ぬ)が?、欲(ふ)しゃるむぬお、得(い)いとおけえ。
C御客(うちゃく)ぬ来(ち)ゅうる迄(まで)え、掃ちかちそうちゅさ。
D銭(じ)のお、貯(た)みとうちゅるぐとぅ、考(かんげ)えとうきよおやあ。
【解説】
 進行文(第64講)は動作が現に行なわれている事を表わすに対し、継続文は、現に動作が行なわれているかどうかに関係なく、動作の継続する意思を表わすものです。日本語の「〜しておく」に殆ど対応する文であり、文の構成も、元々は動詞の接続態(補助連用形)と、補助動詞「うちゅん(置ちゅん)」を組み合わたものが、音韻変化したものです。例:「〜そうちゅん「(「〜しておく」)の元形は「〜し、うちゅん」。

例文@ 「無えんなさんねえ(し)は、「無くなさないように」という意味です。慣用句として覚えてしまいましょう。「無えらんなさんねえ(し)」とも言います。丁寧文の形は前述のように「〜うちゃびいん」しかありませんので、覚えてしまいましょう。勿論、文末に「どお」、「さ」、「っさあ」、「てえ」、「やあ」などの感嘆詞が付くと、それぞれ、「〜うちゃびいさ」、「〜うちゃびいんどお」、「からうちゃびいっさあ」、「〜うちゃびいんてえ」、「〜うちゃびいんやあ」などとなります。特に、「さ」や「っさあ」が付く場合は、語尾の「ん」が略されます。
例文A 
「かみゆん」は、布着れや縄などで作った「がんしな」という丸いクッションを乗せた頭に乗せ、その上にさらに、荷を乗せることを言います。東南アジア一帯に見られますね。但し、本島北部には「かみゆる」習慣はないそうです。「くりえ」は「くれえ」と表記する場合が多いです。「くり(これ)」に係助詞「え」が付いたものです。
例文B 「得いゆん」は「貰う」の意味です。例文は命令文となっていますが、言いきり形は「得いとうちゅん」となります。
例文C 「掃ちかち」は「掃き掃除」の意味です。「かち」は次の語句内容で使われます。「すすいかち(拭き掃除)」、「用事かち(用事)」。
例文D ここでは、継続文の例が「貯みとうちゅん」と「考えとうちゅん」の二つあります。「貯みとうちゅる ぐとぅ」の「ぐとぅ」は日本語訳は「ように」ですが、沖縄語では実は名詞です(日本語も「よう」も「様」であり、考えようによっては名詞?です)。ですから、「貯みとうちゅん」は連体形「貯みとうちゅる」となるのです。「考えとうき」は命令文です。「よお+やあ」は二重感嘆詞(感嘆詞が二つ付いたもの)です。良く使われる感嘆詞です。「貯みとおちゅるぐとぅ」は「貯みとおちゅんねえ(貯めておくよう)」または「貯みとおちゅんねえし(貯めておくように)」とも言います。両者はとくにどちらが優勢ということもなく、使われています。

【一言】
 例えば、「ゆくとうちゅん(休んでおく)」は「ゆくと」と「うちゅん」と語句を分けることができ、語の構成も比較的容易に説明できますが、これを「ゆくとーちゅん」と表記すると、「ゆくと」と「ーちゅん」と分けることになり、後者が補助動詞の「うちゅん」であることの説明が、「ー」の正体jから説明しなければならず、少し厄介?になります。
【応用問題】
次の文を丁寧文に直し、さらに日本語に訳しなさい。
@煙草(たばく)お、止(や)みとうちゅしえ、ましえあらに。
Aあんまさくとぅ、寝んとうちゅん。


B畑(はる)んじ、鎌(いらな)持(む)っち、立っちょうきよお。



Cなあ、汝(いゃあ)や、何時迄(いちまでぃ)ん、わじとおけえ。

Dあんやれえ、家(やあ)んかい入(い)っち、待(ま)っちょおちゅさ。


答え:
@煙草お、止めみとおちゅしえ、ましえあいびらに。
煙草は、止めておいたほうが、よくはないか。
A身体の調子が悪いので、寝ておく。
あんまさくとぅ、寝んとうちゃびいん。
 (「あんまさん」は「気分が悪い」でもよい)
B畑で、鎌を持って、立っておいてよ。
畑んじ、鎌持っち、立ちょうちみそおれり。(対目上)(立っちょうちみそおれえ)
 畑んじ、鎌持って、立っちょおちゃびれえ(対目下丁寧)(わじとうちゃびり)
Cもう、きみは、何時までも、怒っておけ。(怒っていたらいいよ)。
なあ、汝や、何時迄ん、わじとおちみそおれり。(わじとうちみそおれえ)
なあ、汝や、何時迄ん、わじとおちゃびり。(わじとうちゃびれえ)
Dだったら、家に入って、待っておくさ。
あんやれえ、家んかい入っち、待っちょおちゃびいさ

第67講 進行および完了保存の否文「〜していない」 2011/10/12
@父は、今は、もう、働いてない。(〜ないです)
 父は、今は、もう、働いていない。(〜いません)
Aお祝い用の御馳走は、まだ、作ってない。
 お祝い用の御馳走は、まだ、作っていない
B祖父は、もう、農業は、してない。
 祖父は、もう、農業は、していない。
Cあの子は、どこも、怪我してないよ。
 あの子は、どこも怪我していないよ。(いないなあ)
D何も決めてないわけよ。
 何も決めていないけど。 (いないけどねえ)
@父(すう)や、今あ、なあ、働ちぇえ無(ね)えらん。(丁寧=無えやびらん
 父や、今あ、なあ、働ちぇえ居(をぅ)らん。(丁寧=居いびらん
A祝儀(すうじ)ぐぁっちいや、なあだ、すがてえ無えらん
 祝儀ぐぁっちいや、なあだ、すがてえ居らん
B)御主前(うすめえ)や、なあ、畑(はる)お、しえ、無えらん
 御主前や、なあ、畑お、しえ、居らん
Cあぬ童(わらび)え、まあん、痛(や)まちぇえ無えらんどお。
 あぬ童え、まあん、痛まちぇえ居らんさ。(居らんさあ)
Dなあだ、何(ぬう)ん、決(ち)わみてえ無えらんばあてえ。
 なあだ、何ん、決わみてえ居らんしが。(居らんしがやあ)
【解説】
 言い切り形が「〜おん」で表わされる進行形は、「動詞説接形(補助連用形)」+居(をぅ)ん」から発達してきたのもので、同じく、良い切り形が、「〜えん」ので表わされる完了保存は、「動詞接続形(補助連用形)+在(あ)ん」の形から発達してきたものと思われますが、その否定文は、いずれも、「動詞接続形(補助連用形)+ヤ系係助詞の『え』+無(ね)えらん(又は『無えん』)」または、「動詞接続形(補助連用形)+ヤ系係助詞『え』+居(をぅらん)」で表わします。
 
 進行形は「〜居ん」の否定であるから、「〜居らん」を用いて、完了保存は「〜在ん」の否定であるから、「〜無えらん(無えん)」なのではない考えられがちですが、実際には、両者は表記上な差異ほどの、意味的差異は殆どなく、何れを用いてもかまいません。理屈よりも実際です。 

 この文の丁寧文は、例文@のカッコ内の通りです。

文例@「父(すう)」は平民の祖父の意味であり、士族(ゆかっちゅう)のそれは「たありい」です。士族階級は現在は存在しませんが、士族を祖先とする家系の場合は、後者を使うようです。
文例A「祝儀」が沖縄語では「お祝い」の意味になります。「くぁっちい」は、前に「祝儀」、「まあさ(美味しい)」などの修飾する語が付くと、「ぐぁっちい」と濁ります。「なあだ」は地方によっては「まあだ」、「なあま」などとなります。
文例B「御主前」は文字からすると、いかにも士族語のようですが、実は平民の祖父です。士族のそれは単に「たんめえ」と言います。首里近辺の平民の祖父は「ぷうぷう」と称していたようです。「畑(はる)」は「はたき」とも言います。「はる」は「原」とも関係ある語だと考えられます。「墓」の意味でも使われます。
文例C「まあん」の「まあ」は「どこ」の意味で、「ん」は助詞「も」の意味です。「やますん」は「痛める」、「やむん(動詞)」は「痛い(形容詞)」の意味です。「どお」、「さ」、「さあ」等の感嘆詞も実会話では頻繁に使われますので慣れましょう。
文例D「決わみゆん」は「決める」の意味です。「ばあてえ」の「ばあ」はここでは「わけ」の意味です。「行かんばあ?」は「行かないわけ?」の意味のなります。「てえ」は感嘆詞で、日本語の「よ」や「さ」などに対応します。
例:よく、沖縄人の口癖ともなっている?「であるわけさ」の沖縄語は「やるばあてえ」です。理屈抜きに覚えましょう。
 
【ちょっと一言】
 私の表記法が、「伸ばし音は日本語や組踊り脚本同様に母音を当てるという」表記法になっているのは、単に組踊の脚本こそ沖縄語の伝統表記だからという理由だけではありません。文法(語の組み合わせや成り立ちなど)を合理的に説明できるということも理由の一つです。
 進行文を「〜そおん」を「〜そーん」、完了保存文の「〜せえん」を「〜せーん」と表記するよりも、「居ん」や「あん」との関係を説明し易いからです。
 別の例にすれば、ヤ系助詞の一部(礼:「明日あ」の「あ」)を「あちゃー」などと、長音表記「ー」にしてしまうと、「ー」の語説明がしづらくなります。尤も、文法説明なんか要らないという考えに立つなら別ですが…。
【応用問題】
次の文を否定文にかつ丁寧文にしなさい。必要な場合は適当な語を挿入しなさい。
@今日(ちゅう)や、十五夜(じゅうぐや)ぬ月(ちち)ぬぬしかとおん。(進行文)
A我(わん)ねえ、妻(とぅじ)とぅめえてえん。(完了保存文)
Bあぬ人(ちゅ)お、年取(とぅし)てぃ、うてぃ返(けえ)とおん。(進行文)
C赤ん子(ぐぁ)寝(に)んしてえんどお。(完了保存文)
Dあぬ二才(にいせえ)や女(ゐなぐ)んかい、手(てぃい)ぬしきとおん。

答え:
@十五夜ぬ月え、なあだ、ぬしかてえ無えやびらん。
 十五夜ぬ月ぬぬしかてえ居いびらん。
A我ねえ、妻え、とぅめえてえ無えやびらん。
 我ねえ、妻え、とぅめえてえ居いびらん。
Bあぬ人お、年取てぃん、うてぃ返えてえ無えやびらん。
 あぬ人い、年取てぃん、うてぃ返てえ居いびらん。
C赤ん子、なあだ、寝んして無えやびらんどお。
 赤ん子、寝んしてえ居いびらんどお。
Dあぬ二才や、女んかい、手ぬしきてえ無えやびらん。
 あぬ二才や、女んかい、手ぬしきてえ居いびらん。

【日本語訳】
@十五夜の月は、まだ、出ていません。
A私は、結婚していません。
Bあの人は、年とっても、子供返りをしていません。
C赤子をまだ、寝かしてないです。
Dあの青年は、女に、ちょっかいを出していません。

第66講 完了保存文「〜してある」とその過去 2011/9/17
@父さん、豆腐チャンプルーを炒めてあるよ。
 父さん、豆腐チャンプルーを炒めてあったよ。
A大事なものは、箪笥に隠してある
 大事なものは、箪笥にかしてあった
B庭の掃き掃除はしてある
 庭の掃き掃除はしてあった。、

C子供たちのオモチャは、机の上に置いてある
 子供たちのオモチャは、机の上に置いてあった

D美味しいものは、とっくに、食べてしまっているさ。
 美味しいものは、とっくに、食べてしまっていたさ。

@父(すう)、豆腐チャンプルー、炒りちぇえんどお。(完了保存)
 父、豆腐チャンプルー、炒りちぇえたんどお。(完了保存過去)
Aあたらさるむぬお、箪笥んかい隠(くぁっくぁ)ちぇえん。(完了保存)
 あたらさるむぬお、箪笥んかい隠ちぇえたん。(完了保存過去)
B庭(なあ)ぬほうちかちせえん。(完了保存)
 庭ぬほうちかちえ、せえたん。(完了保存過去)

C童(わらび)ん達(ちゃあ)ぬ得(い)いりむぬお、机(しく)ぬ上(ゐい)んかい置(う)ちぇえん
 童ん達ぬ得いりむぬお、机ぬ上んかい置ちぇえんたん。(完了保存過去)
Dまあさむぬお、きっさ、うちゅ食(くぁ)てえさ。(完了保存)
 まあさむぬお、きっさ、うちゅ食てえたさ。(完了保存過去)

【解説】
 完了した動作の結果が持続している様子を表現する「〜せえん(〜せえいびいん)」は、日本語の「〜している(〜しています)」にほぼ対応します。この文の形は、主には、意味的に成立する他動詞に使われますが、話者の感覚により、意味的に成立する場合は、自動詞にも使われる場合もあります。(例:下の註)
 進行形が動作の進行中(持続)を表わすのに対し、完了保存は、動作は終了しているが、その結果や影響が続いていることを表わします。進行形「〜そおん」は「〜し、居ん」の形から発達してきたものですが、完了保存も、「〜し、あん」の形から、発達してきた考えれますが、進行形が、発達以前の形も健在であるのに比べ、完了保存は、古い言い方は、口語では見受けられません。
 なお、完了保存の過去文には、進行形同様、直接過去と間接過去の別はありません。

例文@ 「父(すう)」は庶民語で士族は「たありい」と言います。
   炒りちゅん(終止形)→炒りちょおん(進行形)→炒りちぇえん(完了保存)
例文A 「あたらさるむぬお」は「あたらさるむのお」と発音します。発音通り表記しても、もちろん構いませんが、ここでは、名詞の語形を保存を優先する表記をしています。例えば、以下のような不具合があるからです。
 「テレビは見ない」を発音通り、うちなあぐちで表記すると、「レテベえ見(ん)だん」または「テレべー、見だん」となりますが、「テレビ」が「テレベ」となってしまうからです。
   隠すん→隠ちょおん→隠ちぇえん
例文B 「ほうちかち(掃き掃除)」の「かち」は労働を意味する接尾語です。「すすいかち」は「雑巾がけ」、「用事かち」は「用事をすること」を意味します。
   ほうちかちすん→ほうちかちせえん→ほうちかちせえん
例文C 「得いりむん」は「貰い物」という意味もありますが、多くは「おもちゃ」の意味です。
   置ちゅん→置ちょおん→置ちぇえん
例文D 「まあさむぬお」については発音通り「まあさむのお」でも良いです。「うちゅ食てえん」の「うちゅ」は、「〜してしまう」を表わす接頭語で、他に、この「食(くぁ)ゆん」の他に、「食(か)むん」、「飲(ぬ)むん」などと、飲食を表わす動詞に使います。なお、首里語では「食ぬん」、「飲ぬん」と言います。
 うちゅ食ゆん→うちゅ食とおん→うちゅ食てえん

註:小那覇舞天の漫談「十二支由来記」に、動物を大切にしていた王様の台詞に、「猫小(まやあぐぁあ)ん、来(ち)ちぇえさやあ」)というのがあります。
【応用問題】
 次の文を過去文になおしなさい。
@仕事(しくち)え、けえ、とぅずみてえんどお。
A夏(なち)え、暑(あち)さくとぅ、家(やあ)ぬ戸(はしる)お、諸(むる)、わい開きてえん
Bなちょおら、煎(し)じてえくとぅ、飲みよお。
C運転免許やれえ、取てえしが。
D熱(にち)え、冷まちぇえさ。

答え:
@仕事(しくち)え、けえ、とぅずみてえたんどお。
A夏(なち)え、暑さくとぅ、家ぬ戸お、わい開きてえたん
Bなっちょら、煎じてえたくとぅ、飲みよお。
C運転免許やれえ、取てえたしが。
D熱え、冷ちぇえたさ。

【日本語訳】
@仕事は、終わらせてしまってあるよ。
A夏は、暑いから、家の戸は、すっかり開けてあった。
B海人草を煎じてあったから、飲んでね。
C運転免許なら、取ってあったけど。
D熱は、冷ましてあったさ。

第65講 進行形の丁寧文及び対目上語 2011/9/2
@姉さんは、一日中、着飾っています
 姉さんは、一日中、着飾っていました
Aサトウキビの葉が燃えて、煙っています
 サトウキビの葉が燃えて、煙っていました
Bあそこの井戸の水は、濁っています
 あそこの井戸の水は、濁っていました
C暑いけど、長い時間、我慢しています
 暑いけど、長い時間、我慢していました
D彼等の畑は、耕さないから、荒れてしまっていますな
 彼らの畑は、耕さないから、荒れてしまっていましたな
@あばあや、ふぃっちい、ちゅらすがいそおみせえん。(進行、対目)
 あばあや、ふっちい、ちゅらすがいそおみせえたん。(過去進行、対目上)
Aをぅうじぬ葉(ふぁあ)ぬ燃(め)えてぃ、煙(きぶ)とおいびいん。(進行、丁寧)
 をぅうじぬ葉ぬ燃えてぃ、煙とおびいたん。(過去進行、丁寧)
Bあまぬ井戸(かあ)ぬ水(みじ)え、みんぐぃとおいびん。(進行、丁寧)
 あまぬ井戸ぬ水え、みんぐぃとおいびいたん。(過去進行、丁寧)
C暑(あち)さしが、長(なげ)えさ、にじとおいびいん。(進行、丁寧)
 暑さしが、長えさ、にじとおいびいたん。(過去進行、丁寧)
Dあっ達畑(たあはる)お、くなさんくとぅ、けえ、さぼうりとおいびいっさあ。(進行、丁寧)
 あっ達畑お、くなさんくとぅ、けえ、さぼうりとおいびいたっさあ。(過去進行、丁寧)
【解説】
 進行形とその過去形の丁寧文および対目上語の形です。例文は、文型を比較しやすくするために、丁寧および対目上語部分以外は、前講と同じにしました。(参考:第60講

例文@ 「あばあ」が主語になっているために、対目上語にしました。同文をさらに、丁寧文にすると、次のようになります。
 進行形の場合:あばあや、ふっちい、ちゅらすがいそおみせえ(い)びいん。
 過去進行形の場合:あばあや、ふっちい、ちゅらすがいそおみせえ(い)びいたん。
 *()の「い」は、都市部(まちがた)では、略される傾向にあります。参考:第60講
以下の例文は前講を参考にしてください。
【応用問題】
 次の文を丁寧または対目上語文に直しなさい。
@汝(い)っ達(たあ)や、新聞や、何(ぬう)取(とぅ)とおが。
A我(わ)っ達(たあ)や、新報んタイムスん、取とおん。
Bたんかあぬ兄(やっちい)や、70余(あま)てぃん、仕事(しくち)歩っちょおん。
C夏(なち)え、暑(あち)さくとぅ、家(やあ)ぬ戸(はしる)お、諸(むる)、わい開きらっとおん。。
D夕(ゆ)さんでぃ成たれえ、風(かじ)え、とぅるどおん。

答え:
@汝っ達や、新聞や、何取とおみせえが。(対目上)
 汝っ達や、新聞や、何取とおみせえいびいが(対目上、丁寧)
A我っ達や、新報んタイムスん、取とおいびいん(丁寧)
Bたんかあぬ兄や、70余(あま)てぃん、仕事歩ちょおみせえん。(対目上)
 たんかあぬ兄や、70余てぃん、仕事歩ちょおみせえ(い)びいん。(対目上、丁寧)
C夏え、暑さくとぅ、家ぬ戸お、諸、わい開きらっとおいびいん。(丁寧)
D夕さんでぃ成たれえ、風え、とぅるどおいびいん。(丁寧)

【日本語訳】
@あなたたちは、どの新聞を購読なさっていますか。(対目上、丁寧)
A私たちは、新報もタイムスも購読しています。(丁寧)
B向かいのお兄さんは、70歳過ぎても、お仕事をなさっています。(対目上、丁寧)
C夏は、暑いから、家の戸という戸を、開けっぴろげにしています。(丁寧)
D夕方になったら、風は凪いでいます。(丁寧)
第64講 進行形「〜している」とその過去文「〜していた」(過去進行形) 2011/8/11
@姉さんは、一日中、着飾っている
 姉さんは、一日中、着飾っていた
Aサトウキビの葉が燃えて、煙っている
 サトウキビの葉が燃えて、煙っていた
Bあそこの井戸の水は、濁っている
 あそこの井戸の水は、濁っていた
C暑いけど、長い時間、我慢している
 暑いけど、長い時間、我慢していた
D彼等の畑は、耕さないから、荒れてしまっているな
 彼らの畑は、耕さないから、荒れてしまっていたな
@あばあや、ふぃっちい、ちゅらすがいそおん。(進行形)
 あばあや、ふぃっちい、ちゅらすがいそおたん。(過去進行形)
Aをぅうじぬ葉(ふぁあ)ぬ燃(め)えてぃ、煙(きぶ)とおん。(進行形)
 をぅうじぬ葉ぬ燃えてぃ、煙とおたん。(過去進行形)
Bあまぬ井戸(かあ)ぬ水(みじ)え、みんぐぃとおん。(進行形)
 あまぬ井戸ぬ水え、みんぐぃとおたん。(過去進行形)
C暑(あち)さしが、長(なげ)えさ、にじとおん。(進行形)
 暑さしが、長えさ、にじとおたん。(過去進行形)
Dあっ達畑(たあはる)お、くなさんくとぅ、けえ、さぼうりとおっさあ。(進行形)
 あっ達畑お、くなさんくとぅ、けえ、さぼうりとおたっさあ。(過去進行形)
【解説】
 動詞の進行形(持続態)は、「(補助連用形(接続形)+居ん(例:〜し、居(をぅ)ん)」が音韻変化したものですが、進行形(持続態)に完全に進化しています。現在も、元の形は生きていて、進行形と併存していますが、進行形を使う方が圧倒的に優勢です。

 進行形は、単に持続状態を表わすものであるから直接過去と間接過去の別はありません。

文例@ 上段の文が進行形で、下段の文が過去進行形です(以下同じ)。過去進行形の文形は文末部分が「〜おん」から「〜たん」に変わります。この文末の「た」は過去を表わす助動詞です。
 〜すん(終止形)→そおん(進行形)→そおたん(過去進行形)(()の部分は以下については省略)
 「あばあ」は庶民語。士族は「んみい」。「ふぃっちい(ひっちい)」は「しょっちゅう」という意味にも使われます。「ちゅらすがい」は「ちゅら(清ら)+すがい(身支度、衣装をまとっている様子などの意味)」。「すがい」は動詞「すがゆん(身支度する、支度する、準備する)」からきた名詞です。
文例A 「煙ゆん」→「煙とおん」→「煙とおたん」
 「をぅうじ」は「サトウキビ」。単に「黍」には「まあじん」といいます。
文例B みんぐぃゆん→みんぐぃとおん→みんぐぃとおたん
 「井戸」は「かあ」ですが、「川、河、皮」も同じく「かあ」です。文語の語尾の「わ(wa)」は口語では、wが脱落し、「あ(a)」になるのです。例:おきなわ→うちなあ。おもろさうしにおいては、「おきなわ」、「ゆきなわ」等の表記となっています。
文例C にじゆん→にじとおん→にじとおたん
 「長えさ」は、ここでは「長い時間」としていますが、通常は、「長い間」という意味です。
文例D さぼうりゆん→さぼうりとおん→さぼうりとおたん
 この文例は、語尾に感嘆詞(または感嘆助詞)「さ」を付ける場合の例です。同じ感嘆詞でも意味の違う「さ(日本語の感嘆詞「さ」にほぼ同じ)」
 「あっ達畑お、くなあさんくとぅ、けえ、さぼうりとおさ」(彼等の畑は、耕さないから、荒れてしまっているさ)
 感嘆詞「どお」、「よお」を付ける場合は、それぞれ、次のようになります。
 「さぼうりとおんどお」(荒れているよ)
 「さびおりとおんよお」(荒れているよ)
 「畑(はる)」は「はたき」ともいいます。「原(ばる)」と関係あるのでしょうか? また、「はる」は「墓」の意味でもあります。「くなあすん(耕す)」と同じ意味の語に、「けえすん」、「うちけえすん」等の語もあります。 
【応用問題】
 次の進行形を過去文(過去進行形)に直しなさい。
@童(わらび)え、ガムかなちょおん。
Aきっさ、夜(ゆう)ぬゆっくぃとおん。
Bあぬ子(くぁ)あ、でえじな、しょう入っちょおん。
C我(わ)っ達犬(たあい)のお、生(い)ちちょおん。
D汝歌あ、(いゃあ)とお、成とおんどお。


@童え、ガムかなあちょおたん。
Aきっさ、夜ぬゆっくぃとおたん。
Bあぬ子あ、でえじな、しょう入っちょおたん。
C我っ達犬のお、生ちょちょおたん。

D汝歌あ、成とおんたんどお。

日本語訳:
@子供はガムをかんでいた。
Aとっくに、夜が更けていた。
Bあの子は、とても、しっかりしていた。
C私たちの犬は、生きていた。
D君の歌は、出来ているよ。

第63講 否定文過去表現 20011/7/25
@砂浜でも、ガラス片が危ないから、裸足にはならなかった。
A孫の家には、手ぶらでは行けなかった
Bゴルフ仲間は、雷が鳴っても、逃げなかった
C夜中に、熱を出したが、何でもなかった
D「いらっしゃい」と案内をしたが、誰もいらしゃらなかった。
E私は、とても、腹が減っていましたが、何も食べませんでした。
F昔は、人々は真昼間には、何も、なさらなかった。

Gどんなに、低姿勢で頼んでも、聞いていただけなかった。
H伯母は、体をゆすっても、起きませんでした
Iなでしこジャパンは先に点を取られても、動揺しなかった。
@砂浜(しなはま)んじやてぃん、玉(たま)ぬ割(わり)んでえぬうかあさぬ、空足(からびさあ)さんたん
A孫(んまが)ぬ家(やあ)んかいや、んな胴(どぅう)しえ、行かんらんたん
Bゴルフしんかあ、雷(がんない)ぬ鳴てぃん、逃(ふぃん)ぎらんたん
C夜中(ゆなか)、熱(にち)出(ん)じゃちょおたしが、何(ぬう)んあらんたん
D「もうりよお」さしが、誰(たあ)ん、もおらんたん

E我(わ)のお、でえじな、やあさそおいびいたしが、何(ぬう)ん、食(か)なびらんたん。
F昔(んかし)え、人(ちゅ)お、まあふっくぁんじえ、何(ぬう)ん、しんそおらんたん。
Gいちゃっさ、折(うう)り倒(とお)りしん、聞(ち)らたぼうらんたん
H伯母(をぅば)まあや、胴(どぅう)をぅうてぃん、起(う)きみそおらんたん
Iなでしこジャパンや、先(さち)に、点取(てぃんとぅ)らってぃん、肝(ちむ)お、あまがんたん
【解説】
 否定文の過去表現には、動詞や助動詞の種類に関係なく、直接過去と間接過去の別はありません。
 否定文の過去は、否定文(未然形+否定や打消を表わす助動詞「ん」)に過去を表わす助動詞「たん」が付く形となります。
 これまで見てきたように、直接的な動作を表わす動詞(註)の過去には直接過去と間接過去の別がありますが、存在状態を表わす存在動詞(日本語に形容動詞に近い)や、後日、説明する形容詞の過去についても直接過去と間接過去の別はありません。
 そこで、次のようなことが言えます。
 ●能動的な動作を表わす動詞(註)には直接過去と間接過去の別がある
 ●単に状態を表わす既述の存在動詞、形容詞の場合は、直接過去と間接過去の別はない(形の上では間接過去のみ)。
 またさらに、
 ●否定文は、動作が行なわれなかったことを表わすものであることから、やはり、直接過去と間接過去の別はないのだと言えます。
 
 ですから、直接過去表現は「能動過去」と、言ってもよく、また、間接過去は、「状態過去」または「客観過去」といってもよいのです。ただ、用語としては、やや難しい感じがします…。
例文@ 「たまぬわり」は「ガラス片」。
例文A 「んな胴」は「何も持たない」という意味の慣用句で、「空の身体」という意味ではありません。本島南部あたりでは、R音とD音の区別をしませんので、「んなるう」といもいます。
例文B 「ゴルフしんか」の「しんか」は「臣下」から転じて、「仲間」、「供」の意味に使われています。「行からん」は「行けない」の意味。
例文C 「出じゃちょおん」は「出じゃすん」の進行形(持続態)で、後講で説明させていだだきます。「何んあらんたん」は「何でもなかった」という意味です。「あらんたん」は下の註1を参考にしてください。
例文D 「もうりよお」は「いらっしゃいよ」という話しことばであるが、強いて書きことば風に言えば、「もうりんでぃ言ちゃしが(「『いらっしゃいと』と言ったが」)」となります。沖縄語では、慣用的に「もうりよお」という語句を目的語またはスン・シ動詞の語幹のように扱うことはよくあります。「来うよおさしが」または「来うよお来うよおさしが」も同じ(感嘆詞まで使われていることに注目!)。民謡「取納奉行」にも、「否どう否どうすしや(否だよ否だよするものは)」という歌詞があります。「事実は小説よりも奇なり」という諺がありますが、沖縄語の実際の話しことばは、実に様々な表情をしています。習いうちなあぐちでも勿論よいのですが、単調化されているきらいものあるので、ネイティブ話者に積極的に接することも必要なのです。
例文E 「我のお」は地方では、「我ねえ」より、多く使用されてる感があります。「やあさそおん」は「やあさすん」の進行形で後講で説明させていただきます。
例文F 「まあふっくぁ」は概ね「真昼真」の極暑の時間帯を指します。「草木も眠る丑三つ時」という言葉がありますが、「皆が昼寝んじするまあふっくぁ(人々が昼寝する真昼間)」という言葉を作りたいものです。尤も、今は冷房時代です…。
例文G 「いちゃっさ」は「ちゃっさ」でも良いです。「折り倒り」は「頭を折り腰を倒し」などの意味で、頼みごとや物乞いをしたりする卑屈な様を表わす言葉です。
例文H 「をぅうゆん」は「揺する」「揺さぶる」などの意味です。
例文I 「あまじゅん」は人に対する場合は「動揺する」、植物や物に対する場合は「揺れる」の意味。民謡「愛の雨傘」には「我肝あまがする悪魔女(註2)」という歌詞があります。「私の心を弄ぶ意地悪女」と意訳しておきます。

註1:すべての動詞に直接過去と間接過去の別があるわけではありません。能動的な動作でない動詞「あん」や「居(をぅ、をぅう)ん」には、やはり、間接過去「あたん」、「居たん」のみがあるのであって(例文C)、直接過去はありません。
註2:「悪魔」は沖縄語では、日本語の「悪魔」から転じて、「根性の悪いもの、意地悪であること」を言います。
【応用問題】
次の文を否定過去文に直しなさい。
@我(わん)ねえ、ミリキン粉(ぐう)、ああちゃん。
A恩納(うんな)ナビイや、思里(うみさとぅ)んかい、行逢(いちゃ)ゆる為(たみ)なかい、森(むい)押(う)し退(ぬ)きたん。
B肌着しぶいびけえびけえ着ち、鼻しち成たん。
C流りゆる水に、桜花浮きたん。
D汝っ達(たあ)あんまあや、子(くぁ)びちいやん。

答え:
@我ねえ、ミリキン粉、ああさんたん
A恩納ナビイや、思里んかい、行逢ゆる為なかい、森押し退きらんたん

B肌しぶいびけえ、着ち、鼻しち成らんたん
C流りゆる水に、桜花浮きらんたん
D汝っ達あんまあや、子(くぁ)びちいあらんたん。

【日本語訳】
@私はメリケン粉を練らなかった
A恩納ナビは、彼氏の逢うために、森を押しのけなかった
B肌着だけ着け、風邪をひかなかった
C流れる水に桜花を浮けなかった
Dあなたがたのお母さんは、親ばか(子びいき)でなかった
第62講 対目上語の直接過去と間接過去 2011/7/11
@おばあさんは、三味線が鳴ったら、直ぐに、踊り出しました。)
父も、三味線が鳴ったので、直ぐに、踊り出しました。(踊り出しよったです)
Aおじいさんも、御祝いしに、いらっしゃいました。 
 先生も、集まりに、いらっしゃいました。(いらっしゃいよったです)
Bあのお方が、学問を教えてくださいました。
 聴衆は、私の言うことを、聞いて呉れました。
C昨年までは、あなた方のお母さんは、お元気でしたよね。
@ぱあぱあや、三味線(さんしん)ぬ鳴たれえ、直(し)ぐに、舞(もう)いみそおちゃん。(直接過去)
 たありいん、三味線ぬ鳴たれえ、婆前や、直ぐに、舞いみせえたん。(間接過去)
A御主前(うすめえ)ん、祝儀(すうじ)しいが、もうちゃん
 先生(しいしい)ん、揃(すり)いんかい、もういたん(もうゆたん)
Bあぬ人(ちゅ)ぬ、墨習(しみなら)らち、うたびみそおちゃん
 ぐすうようや、我が言し、うんにゅかてぃ、うたびみせえたん
C去年(くず)迄え、うんじゅなあ達(たあ)あんまあや、御頑丈(うがんじゅう)やみせえたんどおやあ。
D我達叔父(わったあをぅざ)さあや、前(めえ)や、医者やらりいたん
【解説】
 対目上語の直接過去と間接過去の形です。
 使い方は通常の動詞における場合と同じように、「意味的」に使い分けます。

 なお、「呉ゆん」の対目上語である「たぼうゆん」は、実際には、接続態(補助連用形)、命令形、未然形(否定文など)以外は殆ど用いられませので、例文表示はしていませんが、直接過去は「たぼうたん」、間接過去は「たぼうゆたん(たぼういたん)」となります。
 また、「たびゆん(賜う)」も文語のみで、殆ど使用例はないことから、例文表示はしていませんが、直接過去は「たびたん」、間接過去は「たびゆたん」となります。

例文@ 対目上語「みせえん」の直接過去と間接過去の例文です。通常の動詞の場合と同じく、自分自身の過去については、基本的には間接過去を使わないというルールさえ、守れば、それ以外(自身、他人、自然など)の過去表現は、あくまで、意味的に使い分けます。つまり、間接過去は「〜しよった」調の意味になるということを押さえておけばよいのです。もっとも、対目上語の場合は、日本語訳には、困ります(無理に訳した「いらっしゃいよったです」の言い方は本流ではないからです)。また、対目上語は自己に対して、使うこと自体がありませんので、少なくとも文法的な意味において過去表現を間違うことはないと思われます。
 「ぱあぱあ」は「おばあさん」の意味。士族の間では、同じく「お婆さん」の意味である「はあめえ」の敬称として使用されているとのことです。
 みせえん(終止形)→みせえたん(直接過去)→みせえいたん(間接過去)
例文A 「もうゆん(もういん)」の直接過去と間接過去の例文です。「うすめえ」は、平民の「おじいさん」で、士族のそれは、「たんめえ」といいます。ただし、首里周辺の平民のそれは、「ぷうぷう」とうゆうそうです(「ぷうぷう」は、私は直接耳にしたことがありません)。
  もうゆん(もういん」→もうちゃん→もうゆたん(もういたん)
例文B 「うたびみせえん」の直接過去と間接過去の例文です。「墨(しみ)」は習字で使う墨汁の墨から転じて、「学問」の意味として使われいます。慣用句に「手墨学問(てぃしみがくむん)」というのがあります。「手墨」は「習字」の意味です。
 うたびみせえん→うたびみそうちゃん→うたびみせえたん
例文C 「やみせえん」は、存在動詞「やん」の連用形「や」に例文@の「みせえん」が組み合わさった形です。例文@で紹介したように、「みせえん」自体には直接過去と間接過去の別がありますが、存在動詞には、直接過去と間接過去の別がないために、この組み合わせの場合は、存在動詞が主導し、見かけ上は間接過去のみとなります。あるいは、直接過去と間接過去の別はないと考えてもよいでしょう。
 「あんまあ」は平民の「おかあさん」で、士族のそれは「あやあ」と言います。さらにその上の敬語は「あやあめえ」となります。
例文D 「やらりいん」の意味は「やみせえん」と同じで、存在動詞「やん」の連用形に受動態の形をした敬語(対目上語)「らりいん」と組み合わさったものです。しかしながら、用語は、首里・那覇などの都市部では殆ど聞かれなくなっています。例文Cの場合と同じく、存在動詞が主となっていることから、直接過去と間接過去の別はありません。
 「をぅざさあ」は「伯叔父」のことですが、「伯叔母」は「をぅばまあ」といいます。いずれも、呼びかけ言葉としては用いません。呼びかける場合は、原則的には、「うんちゅう」、「うふうんちゅう(伯父)」、「うんちゅうぐぁあ(叔父)」などと呼びかけます。
 「前や」が文中で時を表わす言葉である場合は「以前は」の意味になります。似たように意味を表わす語に、「早(ふぇえ)こお」というのがあります。「くねえだ」は「この間」、「くぬ前(めえ)」は、「この前」となります。
【応用問題】
次の文を直接過去文に直しなさい。不可の場合はその旨、記しなさい。
@我達(わったあ)うじふじ御主前(うすめえ)や、武士(ぶし)やみせえたんどお。
A今(なま)ぬまあどっぅぬ社長や手間(てぃま)ん高くし、うたびみせえたん
B姉(あばあ)が、まあさコーヒーしこうてぃ、呉(くぃ)みせえたん
C婆前(はあめえ)や、ゆかいうっさ、歩っちみみせえたさ。
D父(すう)ぬ友(どぅし)んちゃあぬ、いちゃっさきい、もうゆたん
答え:


@不可(主な動詞が存在動詞なので)

A今ぬまあどぅぬ社長や、手間ん高くし、うたびみそおちゃん

B姉が、まあさコーヒーしこうてぃ呉みそおちゃん

C婆前や、ゆかいゆうさ、歩っちみそおちゃん

D父ぬ友んちゃあぬ、いちゃっさきい、もうちゃん

日本語訳:
@私達の従祖父は、腕利きでいらっしゃいましたよ。
A今度の社長は、給料も上げて、いただきました。
B姉が、おいしいコーヒーをつくってくれました。
Cおばあさんは、かなり、歩かれました。
D父の友だちも大勢、いらっしゃいました。

第61講 存在動詞の過去表現 2011/6/29
@彼女も若い頃は、とても、勇敢だったよ。
Aこのテレビは、案外、安物だった。
B首里城の御内原は、年中、風が強いところだった。

Cあそこのエイサー仲間は、指笛が上手だったな。
D君の夫も、青年会では、一人前の男だったよ。
@彼女(あり)ん、若さいにいや、でえじな、意地(いじ)ゃあやたんどお。
Aくぬテレビえ、思いぬ外(ふか)、値安(でえやし)いどぅやたる。
B首里城(うぐすく)ぬ御内原(ううちばら)あ、年中(にんじゅう)、風所(かじどぅくる)やたん
Cあまぬエイサーしんかあ、指(いいび)吹ちぬ上手(じょうじ)やたっさあ。
D汝(いゃあ)夫(をぅとぅ)ん、青年会於(をぅ)とおてえ、ぞおまゐぎかやたんどお。
【解説】
 存在動詞については、第7講はじめ、すこしづつ触れてきましたが、復習しておきましょう。
 存在動詞は日本語の「〜だ、〜である」(形容動詞と呼称する場合もあります)に対応します。動詞とはいっても、動植物などの物体が主体的に動作する事を表わす語ではなく、存在する状態を表わすことから存在動詞と呼称しています。
 その性質のために、過去表現には、動詞のように直接過去や間接過去の別はありません。
 
 終止形「やん」→過去形「やたん」
 上の丁寧形「や+いびいん(まれに「ややびいん」)」→その過去形「やいびいたん(まれに「ややびいたん」)」
 存在動詞の否定形「あらん」→否定形の過去形「あらんたん」
 上の丁寧形「あいびらん(まれに「あやびらん」)」→その過去形「あいびらんたん(まれに「あやびらんたん」)」

文例@ 「意地ゃあ」は文字通り「意地持ち」ですが、「大胆な者」、「肝っ玉の大きい者」などの意味があり、転じて「勇者、勇敢な者」。
文例A 「値安い(でえやしい)」の対語は「値高(でえだかあ)」です。文が連体形「やたる」で結ばれているのは、「値安い」を強調する助詞「どぅ」があるためです。
文例B 「御内原」は首里城に勤務する女官の仕事場でした。江戸幕府の「大奥」に相当するそうです。「風所」は、始終風が吹きしかも強い場所のことです。
文例C 「エイサーしんか」の「しんか」は「臣下」から転じた「仲間」、「家族」の意味がありますが、ここでは、「青年団仲間」の意味です。動詞、形容詞、存在動詞および助動詞に感動詞の「さ」が付く場合は、それらの語尾「ん」は略されます。
 例:「〜やっさあ」、「ふぃるまさっさあ」、「読むたっさあ」、「やいびいっさあ」等。
文例D 「ぞおま」は「規格(上の)」、「標準(的)」の意味ですが、ここでは「、ちゃんとした、一人前」の意味です。
【応用問題】
 次の文の( )の中に、ふさわしい語句を下の語句群(太字)から選んで、いれなさい。
@那覇(なあふぁ)っす所(とぅくる)お、昔(んかし)え、浮島(うきしま)どぅ(     )。
Aくねえだ来(ち)ゃる大風(ううかじ)え、でえじな強ばあ(    )。
Bあぬ人(ちゅ)お、どぅく、何(ぬう)分からぬう(    )、目空張(みいんなば)いさん。
Cあまぬ品あ、諸(むる)、値高あどぅ(    )っさあ。

D昔(んかし)え、水(みじ)え、いちゃんだどぅ(     )、今(なま)あ、銭(じん)しどぅ買(こ)うゆる。

 やたくとぅ、やたん、やたる、やたしが、やた
答え:


@やたる (浮島に強調助詞「どぅ」を使用しているので、「やたん」を連体形で結ぶ)
Aやたん

Bやたくとぅ (だったので)

Cやた (「やたん」に感動詞「さ」が付く場合は、語尾「ん」が略される)

Dやたしが (だったけど)



日本語訳:
@那覇というところは、昔は、浮島なのでした。
Aこの前来た台風は、とても強いやつだった。
Bあの人は、あまりにも、無知なので、唖然とした。
Cあそこの品は、全部、高いものだったさ。
D昔は、水は、只だったのに、今は金で買うのだ。

第60講 丁寧文の直接過去と間接過去 2011/6/26
@ユタが君のことを、そのように、明かしました。

 ユタが母のことを、そのように、明かしました。
A私は、食べ運がありました。
 私は、食べ運がありました。(ありよったです)。
Bあの夫婦は、もう、別れました。
 彼ら二人は、もう、分かれました。(別れよったです)
C皆で、この土地を平らにしました。
 この辺は、すべて農地にしようと、平らにしました。(平らにしよったです)

D私の表記法は組踊脚本【註】に準じました。
 彼らも、私の表記法に倣いました。(倣いよったです)

註:組踊脚本の表記法は古典的琉球語の伝統的表記法ともいうべきもので、日本語表記法にじゅんじています。(例:長音(伸ばし音)については、棒引き記号「ー」を使用せず、前語の母音を連ねる等)
@ユタが、汝事(いゃあくとぅ)、あんし、明かさびたん。(明かしゃびたん)(直接)
 ユタが、あんまあ事、あんし、明かさびいたん。(明かしゃいびいたん)(間接)
A我ねえ、食(く)ぇえ報(ぶう)ぬあいびたん。(直接)
 我ねえ、食ぇえ報ぬあいびいたん。(間接)
Bあぬ夫婦(みいとぅんだ)あ、けえ、あかりやびたん。(直接)
 あったあ二人(たい)あ、なあ、あかりやびいたん。(間接)
C皆(んな)し、くぬ地(じい)、とおみやびたん。(直接)
 くりかあや、諸(むる)、畑(はる)んかい成すんでぃち、とおみやびいたん。(間接)

D我(わあ)書ちい様(よう)や、組踊脚本(くみをぅどういちゃくふん)ぬ書ちい様んかい、うたあさびたん。(うたあしゃびたん)(直接)
 あったあん、我(わあ)が文ぬ書ちい様んかい、うたあさびいたん。(うたあしゃびいたん)(間接)
【解説】
 丁寧助動詞「やいびいん」を使う場合の直接過去文と間接過去文です。丁寧文については、'''
 単に、直接過去文は「やびたん」を使い、間接過去文は「やびいたん」を使い分けるだけです。丁寧助動詞「やびいん」は前語音によって、語頭「や」が「ゃ」、「い」に変音します。例文@の「びたん」は実は「さびたん」が「し+ゃびたん」なのですが、あたかも、語頭「や」が省略された形です。首里語では、今でも、多くは「しゃびたん」となります。
 下は、「やいびいん」を終止形→直接過去→間接過去の順に示したものです。(前語音にによって、下の通り語頭が変音します)

 やびいん(又は「いびいん」)→やびたん(ゃびたん、いびたん、びたん)→やびいたん(いびいたん)

動詞の間接過去は、「〜しよった」などと何とか訳せましたが、さすがに丁寧助動詞の場合の日本語訳は、いずれも基本的には、「〜でした」と訳します。「〜しよったです」調の日本語は、文章語(地の文)としては殆ど使われないからです。

 また、存在動詞「やん」の過去文は「やたん」のみで、直接と間接の別はありません。ですが、その丁寧文は、例文Dのように、形の上では、間接過去文となっています。そのことから、実は、普通文についても、間接過去しかないと考えてもよいでしょう。存在動詞(「やん=である」)の場合は、意味的に考えても、主体的な動作を表わす語ではありませんので、過去表現について直接と間接の別はありま意味がないのだといえます。


例文@ 「明かすん」は「解き明かす」、という意味で、特に、ユタなどが霊視したもの(現象)を依頼者などに告げることを言います。丁寧助動詞「やびいん」の「や」の部分は、前語によって「い」に変形または脱落しますが、この場合は、実は「さびたん(那覇語)」が「し+ゃびたん」と、動詞「さ」が動詞の語尾「し」と「やびたん」の語頭「ゃ」が結合して、あたかも一音節「さ」になり、丁寧助動詞の部分が脱落しているかのように、「びたん」となります。
 このように、丁寧助動詞の語頭の「や」は変音しやすいのですが、存在動詞「やん」につく場合は、「や+やびいん」と「や」が連続するのを嫌って、「やいびいん」となります。前述の考えを裏付けてくれるかのように、「ややびいん」と至極丁寧に言う人も稀にいます。
例文A 「喰え報」は、「食べ運」のことで、「報(ふう)」は良い意味での「報い」を意味します。「果報(かふう)し」は田舎では、「ありがとう」の意味で良く使われます。一般に知られている「にふぇえでえびる」は仰々しいので、友達同士なら「果報しどお」でOKです。「報ぬ無えらん」は「運が悪い」という意味になります。「いび(い)たん」の「い」は「やび(い)たん」の「や」が変形したものです。
例文B 「あかりゆん」は物が「離れる」の意味ですが、男女の別れにも用います。普通は「別りゆん」ともいいます。離婚については、「ぬちゅん」が一般的です。
例文C 「皆(んな)」は多くは、「諸(むる)」と言います。「諸っさし、行かな」は「みんなで行こうではないか」。
例文D 「うたあすん」は「倣う」「準じる」の意味ですが、「似しゆん」でもよいです。
【応用問題】
次の過去文を丁寧文になおしなさい。
@我(わ)ったあ姉(あばあ)ん、なあ、立身(でぃっしん)さんどお。
A今(なま)ぬまあどぅぬ大風(ううかじ)え、でえじな、強(ちゅう)さいびいたさ。
B先生(しんしい)ぬ話、聴(ち)ち、良(ゆ)う、分かたん。
C嫁(ゆみ)え、直(ちゃあ)き、湯ふかちゃん。
D(ゐなぐ)女ん達(ちゃあ)や、驚(うどぅる)ち、わっとぅかすたっさあ。

答え:
@我ったあ姉ん、なあ、立身さびたんどお。(直接)

A今ぬまあどぅぬ大風え、でえじな、強さいびいたさ。(間接)

B先生ぬ話、聴ち、良う、分かやびたんどお。(直接)

C嫁え、直き、湯ふかさびたん。(直接)
D女ん達や、驚ち、わっとぅかさびいたっさあ。(間接)

日本語訳:
@私どもの姉も、もう、嫁にゆきましたよ。
A今度の台風は、とても、強かったですよ。
B先生の話を聴いて、良く分かりましたよ。
C嫁は、直ぐに、湯を沸かしました。
D女性達は、驚いて、わっと泣き出しましたよ。

註:語尾に感嘆詞「さ」が付く場合は本来の動詞の語尾部分である「ん」が脱落します。

第59講 直接過去と間接過去の疑問文 2011/6/123
@私がこれを取ってはいけないと、言ったか。
 私が、これを取ってはいけないと言ったのか。
 姉さんが、学校に行けと、言いよったか。
A君は、そんなに早く、去ったのか。
 もう、友は去って行ったのか(去ったのか)。
 もう、友は、去って行きよったか(去りよったのか)。
B君が電灯を消したのか。
 彼が電灯を消したのか。(消しよったのか)
Cあの子も、もう大人になったか。
 あの子でも、そのような計算ができたのか。

Dあの頃も、今のように雨が降ったか。
 あの頃も、今のように雨がふりよったか。

E君は、昨日はどこへ行ったか。
 君のともだちは、どこへ行きよったか。
Fおじいさんは、どうやって、歩いたか。
 おばあさんは、どのようにして、歩きよったか。
Gここの草は、だれが刈ったのか。
 あそこの草は、どこのだれが刈りよったか。
H君は、この間は、何をしたか。
 君の弟は、あそこで、何をしよったか。
Iこの子は、ご飯は、何時食べたか。
 あの子は、ご飯は、何時食べよったか。
@我(わあ)が、くりえ、取(とぅ)てえならんでぃ、言(い)ちゃ。(直接)
 我がる、くりえ、取てえならんでぃ、言(ゆ)たる。(間接)
 あばあや、学校ん(ぐぁっこう)かい行(い)きんでぃ言(ゆ)た。(間接)

A汝(いゃあ)や、うぬ早(ふぇえ)く、去(は)ちゃ。(直接)
 なあ、友(どぅし)え、去いた。(間接)
B汝(いゃあ)がる電灯(でぃんとう)、消(ち)ゃあちゃ。(直接)
 彼(あり)がる火(ふぃい)、消ちゃあすた。(間接)
Cあぬ童ん(わらび)、なあ、大人成(うふっちゅ)た。(直接)
 あぬ童ぬん、うんなさんみんぬ成いた。(間接)

Dうんにいん、今(なま)ぬ如(ぐとぅ)、雨(あみ)ぬ降(ふ)た。(直接)
 うんにいん、今ぬ如、雨ぬ降いた。(間接)

E汝(いゃあ)めえ、昨日(ちぬう)や、まあんかい、行(ん)じゃ。(直接)
 汝友(いゃあどぅし)え、まあんかい、行ちゅた(間接)
F御主前(うすめえ)や、ちゃあし、歩っちゃ。(直接)
 婆前(はあめえ)や、ちゃぬふうじいし、歩っちゅた。(間接)
Gくまぬ草あ、誰(たあ)が刈た。(直接)
 あまぬ草あ、まあぬ誰が刈ゆた(間接) (刈いた
H汝や、くねえだあ、何(ぬう)。(直接)
 汝弟(いゃあうっとぅ)お、あまんじ、何すた。(間接)
Iくぬ童(わらび)え、むぬお、何時(いち)、食(か)だ。(直接)
 あぬ童え、むぬお、何時、食むた。(間接)
【解説】
 この講は過去文と既に説明(第1講〜7講))した疑問文を組み合わせた文です。できるだけ多くの例文を表示するための追加講ですが、疑問文については、「温ちらし返さあ(同じ事を繰り返す)」となりますが、復習のつもりでで勉強しましょう。
 例文@〜Dまでは、特定の状況、特定のものを尋ねる(問う)場合(5W1H以外の疑問文)で、あり、例文E〜Iまでは、いつ、どこで、誰が、何を、どのように(5W1H)を表わす場合の疑問です。前者の構文の場合は疑問助詞「み」を使い、後者の場合は疑問助詞「が」を使いましたね。さらに、とくに前者において、文中に強調助詞(どぅ、る)を使う場合や強調を表わす副詞等(あんし、かんし、うんぐとぅうし等)は疑問助詞は「い」になりました。

 過去疑問文を使うことによって、普通文で分かりかけた(?)直接過去と間接過去の使い方が必ずしも、固定的なルールがあるわけではないことに気付くはずです。
 つまり、直接過去と間接過去とういう表現は、何の過去をについて表現するということによって決まる固定的なものではなく、あくまで、表現者の考えの中にある「意味的(『〜しよった』等)」なものです。ですから、自分自身の動作などの過去表現であっても、話し相手に対して、自分のことを(客観化して)尋ねる場面などでは、文例@の二段目のように、間接過去文(間接過去疑問文)を使う場合があるということです。

文例@ 「我がる」の「る」は強調を表わす助詞「どぅ」の清音です。「どぅ」が清音になる場合は、概ね前語音が濁音である場合が多いです。文全体では「我がる」と言うことによって、「(行為をしたのは)私なのか」などと強調されています。これを受けて、「言ん」は連体形「言たる」となり、さらに、疑問助詞は「い」となります。
 余談ですが、強調を表わす「る」は前語が濁音でなくとも、用いられることがあります。「済(し)みいする」(「良いではないか」「いいさ」「かまわないさ」などの意味の慣用句)における「る」がその例です。「済みいどぅする」という人もいます。
 もっとも、概ね首里以南では、D音とR音の区別をしない場合が多いので、「る」にするか「どぅ」にするかについては、神経質に考えることもないでしょう。今でも、日本語モードになっても、「電話頂戴」を「れんわちょうらい」というフレーズの「堂々たる」コマーシャルがあるくらいです。
  言(ゆ)ん→言(い)ちゃん直接)→言(ゆ)たん(間接)
文例A 「うぬ早く」は「そんなに早く」という意味の慣用句です。「汝がる」は上の「我がる」を参考してください。
  去(は)ゆん→去ちゃん(直接)→去いたん(去ゆたん)(間接)。「去ゆたん」は首里語(那覇の一部含む)ですが、首里含めて、殆ど耳にしなくなりました。
文例B 「汝がる」は「汝ぬる」でも良いです。「る」について文例@及びAで既述。「彼がる」も説明略。
  消(ち)ゃあすん→消ゃあちゃん(直接)→消ちゃあすたん(間接)
文例C 「うんな さんみん」は「そのような 計算」という意味です。
  成ゆん→成たん(直接)→成いたん(成ゆたん)(間接)
文例D 「うんにい ん」の「うんにい」は、「あの頃(時)」を意味する語です。与論島には「あんにい」、「くんにい」が残っているようですが、沖縄の中南部語には「うんにい」のみが残っているようです。「うんにい ん」の「ん」は助詞「も」の意味です。
  降ゆん→降たん(直接)→降いたん(降ゆたん)。
文例E 「汝めえ」は「汝や」でもよです。余談ですが、少し「都会風」なので、田舎人にとっては、少し歯の浮くようなフレーズです。
文例F 「御主前」は平民言葉。特に主里近辺の平民の「おじいさん」を「ぷうぷう」とも呼んでいたとことです。士族語では「たんめえ」ですが、現代では士族平民の別はありませんが、士族の子孫は今でも「たんめえ」です。ちなみに士族の「父」は「たありい」で、「母」は「あやあ」となります。
  歩っちゅん→歩っちゃん(直接)→歩っちゅたん(間接)
文例G 主里や那覇の一部および「習いうちなあぐち」は「刈ゆたが」の方を多く使いますが、実際にはテイティブ話者は「刈いたが」を多く使います。
  刈ゆん(刈いん)→刈たん(直接)→刈ゆたん(刈いたん)(間接)
文例H 「くねえだ」は「この間」、「この前」の意味。「くぬ前(めえ)」もよく使う。単に「前(めえ)」は「以前」という意味です。
  すん→さん(直接)→すたん(間接)
文例I 「むぬお」は実音通り「むのお」でも、勿論良いです。
  食むん→食だん(直接)→食むたん(間接)  主里言葉の場合、食ぬん→食だん→食ぬたん
【応用問題】
次の疑問文を間接過去の疑問文に直しなさい。直せない場合は「不可」と表示しなさい。
@汝(いゃあ)や、くぬ包丁(ほうちゃあ)や、研(とぅ)じゃみ。
A彼(あり)え、何(ぬう)しいが、来(ち)ゃが。
B汝弟(いゃあうっとぅ)ん、テンペストんでぃ言(ゆ)る芝居(しばい)見(ん)ちゃみ。
Cあぬ二才達(にいせえたあ)ん、くまんかい来(ち)ゃみ。
Dあんぐぁあ達(たあ)や、まあんかい、逃(ふぃん)ぎたが。
答え:


@不可 (意味的におかしくなるから)

A彼え、何しいが、来ちゅうたが
B汝弟ん、テンペストんでぃゆる芝居、見(ん)じゅたみ。(「見(ぬ)うたみ」でもよい)
Cあぬ二才達ん、くまんかい、来(ち)ゅうたみ

Dあんぐぁあ達や、まんかい逃ぎゆたが。(逃ぎいたが)

第58講 直接過去と間接過去T(概略) 2011/5/20
@昨日、私は、遊びに行った
 昨日、彼は、那覇に行った(行きよった)
Aこのあいだ、凧を飛ばした
 あの子は、バッタを飛ばした。(しよった)。
B私は、給料を貰って直ぐに、計算をした
 私の友人も、同様に、給料の計算をした。(しよった)。
C私は、彼の事で、笑った
 子どもたちは、みんな、笑った(笑いよった)。
D朝は、私たちは、コーヒーを飲んだ
 けれど、女の子たちは、ジュースを飲んだ。(飲みよった)。
@昨日(ちぬう)、我(わん)ねえ、遊(あし)びいが、行(ん)じゃん。(直接)
 昨日、彼(あり)え、那覇(なあふぁ)んかい、行(い)ちゅたん。(間接)
Aくねえだ、ぶうぶう凧(だく)、飛(とぅ)ばちゃん。(直接)
 あぬ童(わらび)え、せえ、飛ばすたん。(間接)
B我(わん)ねえ、手間(てぃま)得(い)いてぃ直(ちゃあき、さんみんさん。(直接)
 我友(わあどぅし)ん、同(い)ぬ如(ぐとぅ)、手間ぬさんみんすたん。(間接)
C我ねえ、彼が事(くとぅ)なかい、笑たん。(直接)
 童(わら)ん達(ちゃあ)や、諸(むる)、笑いたん。(笑ゆたん)(間接)
D朝あ、我達(わったあ)や、コーヒー飲(ぬ)だん。(直接)
やしが、女(ゐなぐ)ん子達(ぐぁたあ)あ、ジュース飲(ぬ)むたん。(飲ぬたん)(間接)
【解説】
 過去表現における直接表現や間接表現は少なくとも、日本語には厳密には存在しません。
 しかし、恐れる事はありません。日本語に()内例文の感覚さえ分かれば、沖縄語における間接過去表現は十中八九は分かったようなものだからです。
 話し手自身の過去表現については、厳密に直接表現をしなければなりませんが、他人や動植物および自然が主体となる過去表現の場合であっても、話し手(書き手)の直接的な体験の範囲としての感覚で表現する場合は、たとえ、他人や自然が主体となる行為の過去であっても、直接表現を用います。
 では、間接過去表現はどのような場合に用いるのでしょうか。
 日本語の例文(「〜よった」表現)のように、他人や動植物および自然が主体となる行為の過去について、客観的に表現する場合において、間接過去表現(客観的過去表現)を用います。
 また、たとえ、自己の過去表現であっても、「夢の中の自分」とか、特殊な場面では、間接過去(客観的過去)表現にすることもあります。例:「我ねえ、海んじ、うぶきとおたん(私は海で溺れていた)」等。
 疑問形における過去の直接及び間接の表現は、「汝(いゃあ)や、物食(むぬ)だんなあ」などと、相手の立場に立った表現がなされます。疑問文における過去表現をはじめ、丁寧文、係り結びおよび書きことばにおける例は次回以降に順次、紹介します。
 
【文例説明】
例文@ 文自体は、第11講で紹介した構造です。
例文A 「凧」は「たく」とも言いますが、「ぶうぶうだく」を多く使うようです。「飛ばすん」などのようなスン・チ動詞における例(終止→直過→間過):他例:為(な)すん→為ちゃん→為すたん、壊(くう)すん→壊ちゃん→壊すたん、戻(むどぅ)すん→戻ちゃん→戻すたん、干(ふ)すん→干ちゃん→干すたん等。
例文B 「手間」は「手間賃」からきた語でしょう。給料や賃金は今でも「てぃま」です。スン・シ動詞の他例:運転すん→運転さん→運転すたん等。 
例文C 「諸(むる)」は「皆(んな)」でも良いです。ユン系動詞(イン系動詞)は、たとえ、終止形が「〜ゆん」の場合でも、間接過去の場合は、地域差はあるものの、「〜ゆたん」よりも「〜いたん」が優勢と思われます。他の例:開きゆん→開きたん→開きゆたん(開きいたん)、買(こ)うゆん→買うたん→買うゆたん(買ういたん)、通(とぅう)ゆん→通うたん→通ういたん(通うゆたん)、語ゆん→語たん→語いたん(語ゆたん)等。
例文D 「飲むん」は、首里むにいでは「」終止形は「飲ぬん」になります。他例:食(か)むん→食だん→食むたん。読むん→読だん→読むたん、汲むん→汲だん→汲むたん、編むん→編だん→編むたん等。
【応用問題】
次の文を間接過去表現にしなさい。また、間接過去にできない場合は「不可」と表示しなさい。
@ちゃっさきいぬ犬(いん)ぬ寄(ゆ)てぃ、来(ち)ゃん。
A御主前(うすめえ)や、どぅく、暑(あち)さぬ、クーラー、点きたん。
B父(すう)や、童(わらび)んかい、本読(ほん)でぃ、聞かちゃん。
C風(かじ)ぬ吹ち、雨(あみ)ぬ降(ふ)たん。
Dうんな事(くと)お、すな、んでぃ、あんまあぬ言(い)ちゃん。
E我(わん)ねえ、彼女(あり)が事(くと)お、けえ忘(わし)りたん。

答え:

@ちゃっさきいぬ犬ぬ来ゅうたん。

A御主前や、どぅく、暑さぬ、クーラー、点きいたん。

B父や、童んかい、本読でぃ、聞かすたん。

C風ぬ吹ち、雨ぬ降いたん(降ゆたん)。
Dうんな事お、すな、んでぃ、あんまあぬ言(ゆ)たん。

E不可。

【日本語訳】
@たくさんの犬がやってきた。
Aおじいさんは、あまりも暑いので、クーラーを点けた。
B父は、子どもに本を読んで聞かした。
C風が吹き、雨が降った。
Dそんな事はするなと、母が言った。
E私は、彼女のことは、忘れてしまった。

第57講 命令形U「命令文+接続文」 2011/5/2
@彼女に彼のことは、あきらめて と、言ってみて。

Aあの虹を見てごらんと、母は言った。
B津波だぞ、早く逃げろ と、友が促した。

C借金は払え との通知がきています。
D車は用心して、運転せよ と、父に叱られました。
@彼女(あり)んかい彼(あり)が事(くと)お、思(うみ)い切(ち)り んでぃ、言(い)ちんでえ。
Aあぬ虹(ぬうじ)見(ん)ち見(ん)でぃ んでぃ、あんまあぬ言(ゆ)たん。
Bしがり波どおい、早(ふぇえ)く、逃(ふぃん)ぎり んでぃ、友(どぅし)ぬ、あぎまあすたん。
Cうっかあ払り んでぃぬ知らしぬ来(ち)ょおいびいん。
D車あ、心得(くくり)てぃ、歩っかし んでぃ、すうなかい ぬらありやびたん。
【解説】
 この講は命令文というよりは、接続文(19講20講)ですが、独立して取り上げたのは、命令文から接続する場合の命令形は、「本来」の形を見せるからです。口語でもまだ、紹介した文例の方がはるかに、優勢ですが、命令文の部分を、現代口語における命令形(助詞「え」を付ける命令形)に置き換えても、殆ど、違和感はなく、実際、そのような使われ方がされる場合もあります。
 でも、やはり、書きことばとなると、上の例文のような構成がスマートだと私は考えています。

例文@ 「彼」「彼女」は沖縄語では、いずれも「あり」です。「思い切ゆん」は、日本語のニュアンスとは異なり、「断念する」、「諦める」の意味になります。「言ち んでえ」の「んでえ」は日本語の「みて」と同じで、補助動詞(補助的動詞)であり、その命令形の形です。「本来」の形は「言ちんでぃ」となります。
例文A 「んち んでぃ んでぃ(見ち、見でぃ、んでぃ)」は語呂として面白いので、例文にしてみました。日常会話には良く出てくる文ですので、そっくり覚えてしまいましょう。「あんまあ ぬ」の「ぬ」は日本語の概ね「が」に対応します。長い文では、所属や所有を表わす助詞「ぬ」と紛らわしくなることがありますので、その場合は適度に「が」を使用しても間違いではありません。ちなみに、「が」は沖縄語では、これまた、所有を表わす助詞として使われることが多いです。例:「彼が物(ありがむん)」、「我が言し(私のいう事)」。
例文B 「〜だぞお」は「〜どお」でも良いのですが、語気を強めるために語尾に「い」を付け、「〜どおい」とします。良く聞く例として、「唐船どおい(唐船だぞお)」、「ひいとぅどおい」(イルカだぞ)がありますね。後者は昔は名護湾に表われたイルカの群れを狩にでる際に、漁師達が叫んだ言葉です。
例文C 「うっか」は「借金」や「負債」のことです。「債(せえ)」とも言います。
例文D 「心得てぃ」は動詞「心得(くくり)ゆん」の接続態で、「気をつける」、「用心する」などの意味で、日本語の「心得る」と少しニュアンスが異なります。「すう」は「父」で、「(男性の名に)○○すう」を付けると、「○○さん、○○氏」などの意味になります。「たありい」は「士族における父」です。

【ひとこと】
「お食べ」という意味の「てえわ」は、命令形しかない特殊な慣用句です。主には老女などが目下の者に対して使う語ですが、今ではすっかり、「かめえ」に置き換わっています。
【応用問題】
@線香を点して と、頼まれました。
A一緒に、連れて行け と、だだをこねています。
Bその子はご馳走を呉れろ、と、言って聞きません。
C雨を降らし給え、と、お祈り言葉を言いました。
Dこの兎をつかんでおけ とのことでした。
答え:
@御香(うこう)、点(とぅぶ)し、んでぃ、頼(たぬ)まりやびたん。
Aまじゅん、連(そう)てぃ行き んでぃち、ふんでえそおいびいん。
Bう童え、必じ、くぁっちい呉り、んでぃち、じいかじん無(ね)えやびらん。
C雨降(あみふ)らち、たぼうり、んでぃ、御(ぐ)いす、うんきやびたん。
Dくぬ兎(うさじ)、かちみとおき、んでぃぬ事(くとぅ)やいびいたん。

第56講 命令形T2011/4/13
@おい、カマドゥウ、早く、こっちへ、来い
A庭に咲いている花に水をかけろ。

Bそんな事は、自分でやれ

Cあなたも、沖縄語を使ってくれたまえ

Dどうか、みんなで、助けてください
@いええ、カマドゥウ、早(ふぇえ)くなあ、くまんかい、来う。(来う)(来わ)

A庭(なあ)んかい咲ちょおる花(ふぁな、はな)んかい、水(みじ)かきり(かきり) (かきれ
Bうんな事(くと)お、自(どぅう)し、。(わ)(え)
Cうんじゅん、うちなあぐち、使いみそおれ。(使いみそおり) (使いみそおり)
Dどうでぃん、皆(んな)し、助(たし)きてぃ、取(とぅ)らし。(取らしわ) (取らせえ
【解説】
 動詞や助動詞の命令形には二つの形があります。

 口語では、多くは、未然形の語尾(註)の行音が助詞「え」を伴うことによってエ段音になり、助詞を伴わない文語における場合と、同じく口語において、助詞「わ」を伴う場合、および接続文が続く場合は、イ段音(次講で説明)になります。
 
 どうして、こんなややこしいのでしょうか。説明の仕方をすこし変えましょう。

 口語においては、多くは「え」と「わ」の二種類の助詞が付きます。「わ」が付く場合の命令形の形は原則として語尾「イ段音」になり、「え」が付く場合のそれは、命令形の本来の語尾である「イ段音」が「え」につられて、「エ段音」に変化しているのです。
 近年(現代うちなあぐち)は、「めんそおれえ」、「食(か)めえ」等の例に見るように、殆どは後者使いに移行していると考えられることから、拙書『実践うちなあぐち教本』でも、後者を現代うちなあぐちの基本として、解説しています。
 但し、「行き+んでぃ+言ちゃん」(行けと言った)のように、命令形に文が接続する場合は、「本来の形」に戻ります。

 もし、助詞「わ」使いをする形を基本とするという考えに立つなら、当然、「イ段」を命令形の基本とする考え方も成立するでしょう。

例文@ 「いええ」は呼びかけ語。「カマドゥ」は人名(女)。「来(ち)ゅうん」の命令形は本来は「く」または「くう」ですが、慣用的に助詞「わ」とセットになり、「くわ」「くうわ」などとなります。「くゎ」または「くゎあ」などと、「く」と「わ」が音韻結合する場合が多いです。それもそのはず、通常の動詞・助動詞の命令形が助詞「わ」抜きでも成立するのに対し、現代うちなあぐちでは、「来わ」はあたかも一語であるかのように、一体化してしまっています。したがって、「来れえ」という形も存在しません。
例文A ラ行ユン動詞の場合の命令形は「かきゆん→かき」と「ゆん」の部分が「」になります。「閉(し)みゆん、閉みいん」、「呉(くぃ)ゆん、呉いん」、「しみゆん(させる)」における命令形も、それぞれ、「閉み(閉みえ)」、「呉り(呉え))」、「しみ(しみえ)」などとなります。
例文B
 スン動詞の場合は「し」、「しわ」、「せえ」となります。
例文C 「みせえん」「たぼうゆん」などは夫々、「みそおり」、「たぼうり」となります。
例文D 「どうでぃん」は「どうか」。「取(とぅ)らすん」は、「(物などを)あげる」の意味ですが、補助動詞として用いる場合は、「〜してあげる」の意味になります。

 追記:この「わ」は命令を表わす助詞ですが、例文のように必須ものではありません。ただ、口語の「来(く)わ」には語呂の関係なのか、殆ど付きまとっています。本講では、原則的に「わ」はイ段の命令形の場合に付くと説明していますが、現実には、エ段の命令形に使われることもあります。例:「せえわ(=しなさい)」、「食めえわ(=食べなさい)」、「使れえわ(使いなさい)」等。

【註】
 日本語の命令形は動詞終止形の語尾音を単にエ段音にすれば作れます(例:書(終止形)→書(命令形)「く」はカ行であり、そのエ段音は「え」)が、沖縄語の場合は、カ行、ガ行、タ行など場合は、終止形が口蓋化するため、口蓋化しない未然形語尾を行音とするのです。例:書ちゅん(終止形)→書(未然形)→書(命令形)。さらに、例文Aで説明しているように、ラ行ユン動詞はラ行でありながら、終止形は「〜ゆん(地方によっては、いん)」となるからです。このようなことから、この「〜ゆん(〜いん)」は、実は「るん」の変形だと想像できます。したがって、日本語動詞で「降る」など「〜る」を終止形とする動詞は沖縄語では概ね、「降ゆん(降いん)」などとなります(「来る」は口語沖縄語では変則的になるので例外)。

【余計なエピソード】
 私がサラリーマンだった頃、ある宴会の幹事をまかされた本土出身のF君は入社まもなかった。彼は那覇市内のある有名な琉球料理店を手配していた。どんな高級料理が出てくるのかと思いきや、出てきたのは「亀料理」だった。固い鶏肉のようで、味はイマイチ。みんなの恨みはF君へ向けられた。「沖縄では、『カメー、カメー攻撃』は優しさに溢れている聞いていたので」とF君。「『カメー』は、動物の亀ではなく、『食(か)めえ、食めえ』の事なんだよ」と、F君はそのとき初めて教えてもらったとの事だ。
【応用問題】
次の文を命令を表わす助詞「わ」および「え」を使う文に直しなさい。
@汝(いゃあ)よ、うぬ長さる爪(ちみ)、ちみ

Aうぬ髭(ひじ)え、風儀(ふうじ)ん無(ね)えらんくとぅ、剃(す)

B妻(とぅじ)とめいいねえ、家(やあ)建てぃ

C意地(いじ)ぬ出(ん)じらあ、手引(てぃいふぃ)

Dなあ、くまぬ家(やあ)から出(ん)じてぃ、行(い)


答え:
@汝よ、うぬ長さる爪切みりわ
 汝よ、うぬ長さる爪切みれえ
Aうぬ髭え、風儀ん無えらんくとぅ、剃りわ
 うぬ髭え、風儀ん無えらんくとぅ、剃れえ
B妻とめいいねえ、家建てぃりわ
 妻とめいいねえ、家建てぃれえ
C意地ぬ出じらあ、手引きわ
 意地ぬ出じらあ、手引けえ
Dなあ、くまぬ家から出じてぃ、行きわ
 なあ、くまぬ家から出じてぃ、行けえ

参考:日本語訳
@君、その長い爪を切れ。
Aその髭はみっともないから、剃れ。
B結婚したら、家を建てよ。
C意地がでたら、手を引け。(糸満の諺、意訳:頭にきた時は、手を出すな)
Dもう、ここの家から出て行け。

第55講 禁止形U 「〜しないで」 2011/4/1
@痒くても、頭は、掻かないで
A人前では、お金の計算はしないで
B君達は親のすねをかじらないで
C夜は、爪を切らないで
D背中は、痛いから、揉まないで
Eそんな事は、言わないで
@いいごうさてぃん、頭(ちぶる)お、掻くなけえ。(掻かんけえ
A人(ちゅ)ぬ前(めえ)んじえ、銭(じん)ぬさんみんや、すなけえ。(さんけえ
Bいったあや、親(をぅや)ぬむぬお、かかじんなけえ。(かかじらんけえ
C夜(ゆる)お、爪(ちみ)え、切(ち)みゆなけえ。(切みらんけえ
Dながにえ、痛(や)むくとぅ、みみぐなけえ。(みみがんけえ
Eうんな事お、言なけえ。(言ゃんけえ、言らんけえ
【解説】
 本講は前講の禁止形に「けえ」を付ける場合の例です。実際の会話体で多く使われる形であり、「けえ」は感情を表わす助詞の一つと考えられます。文章語の「地の文」には基本的には、感情を表わす助詞等は使用しませんので、本講で紹介する文はどちらかといえば、「話しことばにおける形」とでも言ってもよいと思います。
 ただし、例文のカッコ内のように、「否定の形」に「けえ」を付ける形も多く使用されています。民謡歌詞等ではまだ前者が優勢ですが、実際の会話では、地域差を考慮しても後者例の使用が優勢のような感じがします。後者は、形がまちまちである「本来の禁止形」よりも、言いやすくかつ統一しやすい形であることからなのか、後者への移行が進んでいるのでしょうか。
 拙書「実践うちなあぐち教本」より、さらに、踏み込んで書きました。

例文@「いいごうさん」は「痒い」の意味です。小那覇舞天の漫談「すーやーのパーパー」に、パーパーが通りを歩いていたぼさぼさ髪の若い女に虱(しらん)が見える事を理由に、髪を「掻くなけえ、掻くなけえ」という件があります。
例文A民謡の歌詞に「知らすなようやあ、他所(ゆす)に知らすなよう二人(たい)が仲」(=知らせないでね、他の誰にも知らせないで、二人の仲を)というのがあります。
例文B「いったあ」の「たあ」は複数を表わす語ですが、「君」を表わす語は「いやあ」であり変則的です。「わん(我)」の複数形は「わったあ」となります。ちなみに「あなたがた」は「うんじゅなあたあ」となり、これも変則的です。また、「くり(これ)」、「うり(それ)」、「あり(あれ)」などはそれぞれ、「くったあ」、「うったあ」、「あったあ」となります。「親ぬむぬお」は「親ぬむのお」と表記してもかまいません。
例文C「切る」は「切(ち)ゆん」ですが、爪や髪等を「切る」場合は、「切みゆん」を用います。「切みゆな」は「切みんな」、「切みるな」という言い方もされます。民謡「かなさんどー」の歌詞に「忘(わし)んなようなあやあ」(=忘れないでよ)というのがあります。
例文D「みみじゅん(揉む)」には「いじめる」の意味もあります。「くぬひゃあや、みみがりいんどお」で「この野郎、とっちめてやるぞ」の意味になります。「ひゃあ」はここでは悪い意味で「野郎」ですが、古くは「ひや(「比屋」の表記もあり)」で、「臣下」という意味があります。悪言は教えてはいけないと言う人がいますが、言語たるものは良言も悪言もワンセットなのだと思います。

【組踊における禁止形】
「すん(スン動詞)」や「取(とぅ)ゆん(ユン動詞)」における禁止形は前講で紹介したように、「すな」、「するな(古くは『しるな』)」、「取な」、「取ゆな」、「取(ん)な」、「取るな」などがありますが、琉球語を基調とする組踊脚本でも、下記例のように統一されているわけではありませんが、韻を踏む事を優先したことも一因(字数調整)であると考えられます。

大川敵討、「事あらくす(クトゥアラクシ)るな」、「念遣す(ニンジエケシ)るな」、「気遣す(キジケエシ)るな」、「勘違ひす(イシ)るな」、「言ふな」、「短気す(タンチシ)るな」、「不勘どもす(フクァンドゥンンシ)るな」、「斟酌んす(シンシャクシ)るな」、「油断す(シ)るな」、「命取(ヌチトゥ)るな」
銘苅子、「ど(ドゥ)く泣くな」、「足まろびす(アシマルビシ)るな」、「つまころびす(チマクルビシ)るな」、「油断すな互に(ユダンスナタゲニ)」、「遊びぼれす(アシビブリシ)るな、友むつれす(ドゥシムチリシ)るな」、「気遣ばしす(キジケエバシシ)るな」、「風の(カジヌ)わざす(シ)るな、雨の(アミヌわざす(シ)るな」。
護佐丸敵討(ニ童討)玉城朝薫作、「油断するな」
執心鐘入 玉城朝薫作 「麁相ども(スソドゥン)思ふな」、「油断す(シ)るな」、「どしむつれするな(ドゥシムチリシルナ)」、「臆病な事いふな(ウクビョウナクトゥユナ)」、「沙汰もするな(サタンシルナ)」、「気にかかていくな(チニカカティイクナ)」、「わ身も怨みるな(ワミンウラミルナ)」、「わ側離れるな(ワスバハナリルナ)」
女物狂 玉城朝薫作 「無理になばくるな」、「約束よ違ふな(ヤクスクユタゴナ)」、「偽りよするな(イチワイユシルナ)」、「この世までと思な(クヌユマディトゥムナ)」
万歳敵討 田里朝直作 「我が名ども言ふな(ワガナドゥンユナ)」
【応用問題】
次の禁止形の文を「けえ」を使う文に直し、さらに「否定形+けえ」の文に直しなさい。
@うぬ事(くと)お、はっぷがすな。ゆくし物言(むに)いや、すな
A今日(ちゅう)や、わじんな。にじとおけえ。

Bむんじゅる平笠(ひらがさ)、被(か)ぶるなよう
 (古典民謡「ムンジュル節」より)
Cいそうさぬばあや、わじゃむな

Dあんし、急(いす)じえ、歩(あ)っくな

答え:

@うぬ事お、はっぷがすなけえ。ゆくし物言いや、すなけえ
 うぬ事お、はっぷがさんけえ。ゆくし物言いや、さんけえ
A今日や、わじんなけえ。にじとおけえ。
 今日や、わじらんけえ。にじとおけえ。
Bむんじゅる平笠や、被ぶるなけえ
 むんじゅる平笠や、被(か)んだんけえ
Cいそうさぬばあや、わじゃむなけえ
Dあんし、急じえ、歩っくなけえ
 あんし、急じえ、歩っかんけえ

参考:下に日本語訳
@その事は暴露しないで。
A今日は、怒らないで。我慢して。
Bムンジュル平笠は被るな。
Cうれしいときは、しかめっ面をしないで。
Dそんなに、急いでは歩かないで。

第54講 禁止形T 「〜するな」 2011/3/9
@手だけは、縛るな
Aあの人は、呼ぶな
B箒では、掃くな
Cこの海岸は、危ないから、泳ぐな
D夫婦喧嘩はするな
@手(てぃい)びけんや、結(ゆ)うゆな
Aあぬ人(ちょ)お、呼(ゆ)ぶな
B箒(ほうち)しえ、掃(ほ)うくな
Cくぬ海端(うみばた)あ、うかあさくとぅ、泳(ゐ)いぐな
D夫婦(みいとぅんだ)おおええや、すな
【解説】
 動詞の活用の形の中でも禁止の形は、日本語の禁止の形の近いといえます。禁止を表わす終助詞(副詞とする説もある)「な」自体が同じです。
 但し、実際は動詞によっては、幾つかの変形があります。例えば、「取(とぅ)な」は、実際は「取(とぅ)んな」、「取(とぅ)るな」という言い方の方がやや優勢です。。
 「すな(するな)」も語呂的に聞きづらいのか、「するな(古くは『しるな』)」の言い方もあります。これが日本語の影響なのか、あるいは一部の地方の言い方が広まったものなかのかははっきりしません。(沖縄語は時空混合のたまものなのです。)
 また、ここで紹介した禁止形に、口語では、さらに終助詞「けえ」のついた「〜すなけえ」の言い方に、影響されたのか、否定を表わす形に助詞(これにも副詞説あり)「けえ」をつける「取(とぅ)らんけえ」という言い方の方も、優勢です。この形自体は、今や、動詞の一つの形として無視できませんので、次講で説明します。

文例@「結うゆん→結うゆな」の例です。
「くりえ」は「くり(これ)」と係助詞「え」から成るもので、実際は「クレエ」と発音します。ですから「くれえ」と表記される場合が多いです。「くりえ」と表記するのは、名詞表記を固定するための工夫であり、「語形保存表記」と言います。特に外来語にヤ系係助詞をつける場合に、語形保存表記で行うと、語形を崩さずにすみます。 例えば、「テレビは見ない」は「語形保存表記では「テレビえ見(ん)だん」となりますが、発音表記だと「テレベえ、見だん」などと、「テレビ」を「テレベ」と表記することになります。しかし、どの表記で行うかは書き手が決めることです。「手びけんや」は「手びけえのお」ともいう。「結うゆん(縛る)」はやや文語的で日本語的な「縛(しば)ゆん」でも良いですが、口語では前者が優勢です。
文例A「呼ぶん→呼ぶな」の例です。
「あぬ人(ちゅ)お」も語形表記を無視すれば、「あぬちょお」と表記されることが多いです。「呼ぶん」は「呼ぶ」の意味です。
文例B「掃うちゅん→掃うくな」の例です。
「箒しえ」は「箒なかいや」という言い方でも良いです。「掃(ほう)ちゅん」は「掃く」という意味です。
文例C「泳じゅん→泳いぐな」の例です。
「うかあさん」は「危ない」の意味です。「うかさん」は「おかしい」の意味ですので、違いに気をつけましょう。
文例D「すん(首里語では「しゅん」)→すな」の場合の例です。「夫婦」を表わす「みいとぅんだ」と、兄弟姉妹を指す「うとぅざんだ」の語尾部分「んだ」は「一対」または「親密な組み合わせ」を表わす語だと考えられます。

その他の動詞の例は下の応用問題の通りです。
【応用問題】
次の日本文を沖縄語文に直しなさい。
@いくら皮膚が痒くても、掻くな
A井戸水は、そのままでは、飲むな
B酒は飲んでも、煙草は吸うな
Cこの包丁は、鈍っても、今は研ぐな
D脂汗をかいているときは化粧するな

答え:
@ちゃっさ、皮(かあ)ぬ、ゐいごうさてぃん、掻くな
A井(かあ)ぬ水(みじ)え、うぬまあまあや、飲(ぬ)むな(飲ぬな)
B酒(さき)え、飲(ぬ)でぃん、煙草(たばく)お、吹くな
Cくぬ包丁(ほうちゃあ)や、鈍(なま)りてぃん、今(なま)あ、研ぐな
Dなましばいぬ出(ん)じとおるばあや、しだすな
註:「飲ぬな」は首里語。「なましばい」=「脂汗」。「しだすん」=「磨く、化粧する」等の意味。
第53講 対目上語「さい、たい」 2011/2/2
@こめんだくさいまし。
A何をしていらっしゃいますか。お兄さま(兄上)。
B焦らないで、おくなんさいよ。
C今日は寒いので家に籠もっているのですよ。

Dもし、おじさん。せかさないでくださいよ。
@来(ち)ゃあびら さい(たい)
A何(ぬう)し歩(あ)っちょおみせえ(い)びいが。兄(やっちい) さい(たい)
B焦(あ)しがちえ、しんそおんなよお さい(たい)
C今日(ちゅう)や、ふぃいさぬ、家籠(やあぐ)まいどぅそおいびいさ、さい(たい)
Dさり、うんちゅう さい。あぎまあしんそおんなよお さり
【解説】
 「さい」は目上に対する呼びかけ語で、文末に付けることによって、話し相手に対する敬語になります。女性は一応、「たい」を使いますが、この習慣は、元々、首里や那覇に限られていたですが、芝居言葉などの影響もあって、表面的には「正規」の決まりごとであるかのように定着してしまっています、ただ、地方語では、いまだに、男女共、「さい」または「さり」を使います。ただし、学習沖縄語では首里那覇語を中心に教えていますので、地方でもあたかも定着している感があります。
 『沖縄語辞典』には、「さらに高い目上には『さり(女性は「たり」)』を使う」との説明があります)が、実際には、文頭に使う場合において、「さり」となり、文字通り「呼びかけ言葉」となります。祈願(御願)する際に、言う「さり、ううとうとぅ…」の「さり」は神への呼びかけ言葉となります。私は個人的には「さり」「たり」は、「さい」「たい」の古風な言い方なのではないかと思います。理由は下の【余計な一言】をご参考に。

 主に首里以外で使用される呼びかけ語「はいさい(はいたい)」の「さい(たい)」もこの敬語と同じ語なのですが、「はい」という呼びかけ語としての「はい」は単独で殆ど用いられて無いことから、慣用的に一塊の語として扱われてしまっています。但し首里語には「へえ」という呼びかけ語があります。そのためでしょうか、首里語では「はいさい(はいたい)」は使用されません。
例文@ 「来ゃあびら さい」は慣用句のつもりで覚えた方が良いでしょう。
例文A 「〜し、歩っちゅん」は「〜している」の意味で、沖縄語独特の慣用的言い回しです。例「遊でぃ歩ちょおん」、「暇し歩っちょおん」等。
例文B 「あしがち」は「焦り」「やきもき」等の意味です。「あしがちすん」で「焦る」「やきもきする」の意味の動詞ですが、「あしがちゅん」とも言います。
例文C 「ふぃいさぬ」は「さむくて」。「ふぃいさん」は「寒い」。「家籠まいどぅ」の「どぅ」は強調を表わす助詞。これを受ける述語動詞が言い切りの形である場合は連体形で結ぶが、この文末には感情を表わす助詞が付き、言い切りでないので、係り結びの形をとらない。
例文D 文頭では殆ど「さり」になります。「さり」は文末でも使います。一応、「うんちゅう」は「叔父」。「をぅざさあ」は「伯叔父」。「うふしゅう(大主)」は父方の長兄。また父母の長姉(うふんみい)の夫のこと。親族を表わす語に「うふ」が付くと、「一番上の兄姉」を指します。

【余計な一言】
 うちなあぐちの塾に通い少しばかりの二次話者となったある雑誌社の女性記者に対して、私が、「『はいさい』(男性語)や『はいたい』(女性語)は地方では『はいさり』や『はいたり』でも通用しますよ」と説明したところ、首をかしげておられました。首里や那覇で消滅した古風な言い回しや発音が地方では残っていることがあります。
【応用問題】
次の文を「さい」を使う文に直しなさい。
@いぇえ、汝(いゃあ)ん、くまんかい、来(くう)わ。
A仕事(しくち)え、とぅめえたんなあ。
Bなあ、憩(ゆく)りわ。
Cとおなあ、あんまあ、ゑえしみせえびり。
D何時(いち)かあ、あん成ゆんでぃ、思(うむ)とおいびいたん。

答え:
@さり、うんじゅん、くまんかい、めんそおり さい(たい)
A仕事え、とぅめえいみそおちゃんなあ、さい(たい)
Bなあ、憩(ゆく)いみそおり さい(たり)
Cとおなあ、あんまあ さい(たり)、ゑえしみせえびり さい(たい)
D何時かあ、あん成ゆんでぃ、思とおいびいたん さい(たい)

*「ゑえしみせえびり」は「おやすみなさい」。
第52講 対目上語X「もうゆん」 2010/1/25
@今晩の宴会には、是非とも、ご参加くださいよ。
Aあら、おとうさん、いらっしゃい。どうぞ、中へ。
B遅くなっても(遅くお越しいただいても)、よろしいですよ。
Cお母さん、隣のお婆さんが、いらっしゃっているよ。
Dあなたが、いらっしゃってから、お話しましょう。
@夜(ゆる)ぬ参会(さんくぇえ)んかいや、必(かんな)じ、(い)もうりよお。
Aあいなあ、すう、いもうり。とお、中んかい。
Bようんなあ、もうちん、良(ゆ)たさいびいんどお。

Cあんまあ、隣(とぅない)ぬ婆前(はあめえ)ぬ、もうちょおしが。
Dうんじゅが、もうちから、物語小(むぬがたいぐぁあ)さびら。
【解説】
 「もうゆん」(いらっしゃる)は、元々は、目上語としては、話しことばでは「めんせえん」などより、使用頻度の高いポピュラーな語です。そのためか、「庶民の敬語」と誤解されている面もあります。ユン・チ動詞で、接続態(補助連用形)は「もうち」、否定形は「もうらん」となります。
 
 最近は「めんそおれえ」が有名になってしまい、教える側も習う側も「めんそおれえ」を多く使用するようになった感があります。
 「参ゆん」と表記されることもあります。「いもうり」は「もうゆん」の命令形である「もうり」だけでは、失礼にあたると考えられているのか、語頭に敬語の意味のある「い」を付けることによって、目上に対する「命令」を緩和していると考えられます。この為、「い」には「御」を当てることがあります。しかし、この「い」は単なる語呂として使用されているという人もいます。
 また、この「もうゆん」は、他の目上語と組み合わせて、仰々しく使用されることを嫌います。「もうち呉みそおり」、「もうちうたびみせえびり」、「もうちたぼうり」などという組み合わせは通常ありません。
 なお、民謡では殆どは、「いもうり」は「いもり、いまうれ」、「いもうち」は「いもち、いまうり」などと表記される事もあります。(下例)

文例
例文@ 宴会のことを「参会」と言います。「必じ」は「是非(じふぃ)」または「是非とぅん」とも言います。
例文A 「あいなあ」は「あらまあ」ぐらいの意味です。「すう」は庶民語で「父」、文脈によっては「おじさん」の意味になります。「とお」は、日本語の「どうそ」は通常は「どうでぃん」ですが、ここでは適切ではないので「とお」にしました。「とお」は汎用性の高い語で、文脈によって「さあ」、「どうぞ」、「もう」の意味となり、場合によっては感嘆詞のような意味にもなります。「とお、あんせえ」は「じゃあねえ」の意味に、また、「とお、あんせえ、明日(あちゃ)やあ」は「じゃあ、また明日ね」の意味になります。
例文B 「ようんなあ」は「ゆっくり」という意味ですが、文例のような場面では「遅くなっても」と訳した方が適切です。「遅(うす)くなてぃん」と言ってもよいですが、如何にも日本語調でしっくりいきません。
例文C 「あんまあ」は「お母さん」の意味ですが、文脈によっては夫から妻への呼びかけ語にもなり、「おばさん」の意味にもなります。
例文D 「お話しましょう」は「う話さびら」でも良いですが、「物語小」がテーマが決まってない世間話であるにに対し、「う話」は特定の話と受け止められる可能性があります。
 
「もうゆん」の民謡での使用例

思事(うむくとぅ)ぬあてん、よそにかたられめ 押風(うすかじ)()れて(しぬ)いもれ(仲間節)

よそめはかてしのでいもうれ(踊くはでさ節)

前沖縄のあがま来月いまうれ(砂持ち節)

(うむ)ゆらば里前(さとぅめ) とまいていまうれ(砂持ち節)

しばき()てうかば しばしばといもり また木植てうかばまたもいもり(しぬ)ば(浜千鳥節)

(ちち)(なが)みゆら 東門(あがりじょう)いもり(東門節)
【応用問題】
次の文を「もうゆん」を用いて直しなさい。
@儲けて、来(く)うよお、里前(さとぅめえ)。
A大人(うふっちゅ)ないねえ、旅んかい行(い)き。
Bあい、今(なま)どぅ、来(ち)ちゃんなあ。
C茶ん、うさがてぃ、めんそおらんなあ。
D心安々(くくるやしやし)とぅ、忍(しぬ)でぃ、めんそおり。
答え:

@儲きてぃ、いもうりよお、里前。*「里里」は彼氏のこと。
A大人ないねえ、旅んかい、いもうり
Bあい、今どぅ、もうちゃんなあ。
C茶ん、うさがてぃ、もうらんなあ。
D心安々とぅ、忍でぃ、いもうり
第51講 対目上語X「たぼうゆん」 2010/1/8
@雨を降らして給われ
Aどうか、静かにしていて給え
Bお忘れにならないでくれ給え
C作る作物も、豊作を給われ(豊作でありますように)。
D忍ぶ夜は月も、気遣い給われ
@雨(あみ)降(ふ)らち、たぼうり
Aどうでぃん、静(しじ)かあてぃたぼうり
B忘(わし)りてぃ、たぼうな(たぼうんな)
C作(ちゅく)る作物(むじゅくい)ん、万作(まんさく)ゆたぼうれえ
D忍(しぬ)ぶ夜(ゆ)や、月(ちち)ん、心(くくる)、あてぃたぼうり
【解説】
 「たぼうゆん」は「下さる(呉ゆん)」より上級の敬語で「給わる」の意味です。否定形は「たぼうらん」、補助連用形(接続態)は、「たぼうち」という一応の形はありますが、話しことばでは、接続態は用いません。『沖縄語辞典』(国立国語研究所)には「口語としては命令形のtaboori(下さい)のみを用いる」との説明がありますが、実際は、例文Bなどのように禁止形(註)を用いる事もあります。
 「〜してください(給え)」の意味で使う場合は、動詞の補助連用形(接続態)に付きますが、独立した動詞でもありますので、当然、例文Cのように、「名詞ゆ、たぼうり(を給われ)」という使い方もします。
 なお、「たぼうゆん」には「呉ゆん」という意味があるにも拘らず、「呉てぃたぼうり」という使い方もありますが(例:咲ち出らは一枝 持たち呉てたぼり(仲里節))、「呉れ給え」という意味になります。
 目下、実際の話しことばでは、「呉(くぃ)ゆん」やその敬語である「呉みせえん」の命令形(呉り、呉れえ、呉みそおり、呉みそおれえ」などの圧されて、その使用は少なくなっていますが琉歌や民謡などで使う場合は、語数(音節)を短くして(「たぼり」)、好んで用いられています。
例:里が行く先や照らちたぼり(彼氏が行く先を照らし給え。「軍人節」より)
  我(わん)や虎(とぅら)でむぬ 羽(はに)ちきてたぼり(私は虎なのであるから、羽を付けてくれ給え。「ヒヤミカチ節」より)

  ぬちぬある間や 思出ぢゃちたぼり(命のある間は、思い出し給え。「新里前とよ」より)

 また、「たぼうり」自体が敬語なのですが、特に先島の古謡などでは受動態の形をした「たぼうられ」という形もありますが意味は同じです。「受動態」の形をとることによってさらに敬語の度合いを高めていると考えられます。沖縄語には「受動態」をかたどった敬語は、例は多くはありませんが、「医者やらりいん(医者でいらっしゃいます)」や「かなっとおかりよお(達者で居られよ)」などのように、あることはあります。もっとも、都市部では、こうした用法は廃れています。
たぼうられ(たぼうらり)」を用いる例
  五日廻り十日越しぬ夜雨たぼうられ(「祖納嶽節」より)
  昔世ば神ぬ世ばたぼうられ(「くんのはし節」より)

例文@ 「たぼうり」は「たぼうれえ」でも良いです。
例文A 「どうでぅん」は「どうか」。「静かあてぃたぼうり」は「静かであって欲しい」と訳した方が良いかもしれません。「〜あてぃたぼうり」は慣用句として覚えた方が良いでしょう。
例文B 「たぼうな」は、口語では、「たぼうんな」とも言います。「ん」が付くのは語呂の関係だと思われます。ユン動詞(地域によってはイン動詞)形に見られ、「忘んな」、「叫びんな」などの例があります。本来は「忘んな」、「叫びな」でも良いのです。
例文C 「作物」は当て字です。「毛作い」という当て字が多いようですが、あえて「作物」にしました。「たぼうれえ」は当然、「たぼうり」でもよですね。
例文D 「忍ぶ」は「恋忍ぶ」という意味です。「新殿様節」から採りました。

註:禁止形については別講にて説明予定です。
 
【応用問題】
次の文を「たぼうゆん」を用いた文にしなさい。
@くぬ魚(いゆ、ゆう)買うてぃ呉みそおり。
A親(をぅや)ぬ言(ゆ)しん、良(ゆ)う、聴(ち)ち呉みそおれえ。
B何時迄(いちまでぃ)ん、我事(わあくとぅ)、思(うむ)てぃ、呉(くぃ)りよお。
Cわがままぬ昔(んかし)、許(ゆる)ち、うたびみせえびり。
D沖縄(うちなあ)行ちぬ船(ふに)んかい、我(わ)ぬん乗(ぬ)してぃ取(とぅ)らし。

答え:()内は日本語訳
@くぬ魚、買うてぃたぼうり
A親ぬ言しん、良う聴ちたぼうり

B何時迄ん、我事、思てぃたぼうりよお。

Cわがままぬ昔、許ちたぼうり

D沖縄行ちぬ船んかい、我ぬん乗してぃたぼうり
第50講 対目上語 そのV 「うたみびせえん」 2010/12/16
@知事は、お休みになっておられます。

Aどうか、ご寵愛たまわりまください。
 (どうか、ご寵愛たまわりますように)


B火の神様、私の家族を見守りたまえ。

Cみな様、私が今から申し上げるお話をお聞きくださいませ。
D今日は、結婚式の御祝いに、ご出席賜り、大変、ありがとうございます。
@知事え、ゆくいみそおち、うたびみせえん
 知事え、ゆくいみそおち、うたびみせえ(い)びいん
Aどうでぃん、思愛(うみがな)さみそおち、うたびみそおり
 どうでぃん、思愛さそおち、うたびみそおれえ
 どうでぃん、思愛さみそおち、うたびみせえ(い)びり
 どうでぃん、思愛さみそうち、うたびみせえ(い)びれえ
B御火(みひ)ぬ御神(うかみ)がなし前(めえ)、我(わ)たあ家組(やあぐな)、見守(みいま)んどおってぃ、うたびみそおり
C御(ぐ)すうよう、我(わあ)が今(なま)から、うんぬきゆる話、うんぬかみそうち、うたびみせえ(い)びり
D今日(ちゅう)や、にいびちぬ御祝(うゆ)えんかい、めんそおち、うたびみそおち、いっぺえ、にふぇえで(い)えびる。
【解説】
 「御賜みせえん」と表記すれば、およその意味が分かるというものです。「たびゆん(賜びゆん)」に「御(う)」が付いた語句なのですが、「たびゆん」自体が口語では用いられませんので、この「うたびみせえん」という語句自体があたかも一つの語であるかのように振舞っています。前講の「みせえん」同様、丁寧語「いびいん」が付き、「うたびみせえ(い)びいん」と成ることも多いです。()内の「い」は略される傾向にありますが、田舎では健在です。
 「呉ゆん」の対目上語である「呉みせえん」よりも上級の敬語です。単に目上の相手に使うのでなく、階級的要素が加わり、階級的に上の者に対して使う場合に用いるようです。階級が解消された現代では「うたびみせえん」は基本的は対目上語としては、一般的な会話では使用されなくなっています。庶民と士族(琉球においては貴族?)に分かれていた昔に比べ、使い分けが、明確で無くなった事もその要因でしょうか。ただ、使用する相手が使用する側が使用する相手に最大級の敬意を込めて言う場合は、当然使用しましょう。話し言葉では、多くは、「お願い事」に使いますので、「うたびみせえびり」や「うたびみせえびれえ」という命令形を覚えておけば、通常は事足ります。文章語まで使用したい方は、例文Dの程度に(「〜うたびみそおち、〜」)、使用できれば良いでしょう。
 しかしながら、日本語でも至極、丁寧な言い方を要求される場合や、商用文や大衆を面前にした演説調の挨拶に、武家言葉が用いられているように、この「うたびみせえん」もほぼ同様な状況で使用されます。
 勿論、これを使用するのは、あくまで本人の気持ち次第であり、きちんとしたルールになっているわけではありまでんので、これに変えて、「呉みせえん」や「呉みせいびいん」などを使っても構わないのです。
 ちなみに、私は、丁寧文を主とする文章において使う他、仏壇言葉として使っています。(そうです、私は仏壇持ちです)

例文@「ゆくいみそおち」は「おやすみになられて」。「ゆくゆん(休む)」に対目上語の「みせえん」が付き、接続態(補助連用形)の形をしたもの。「うたびみせえ(い)びいん」は「うたびみせえん」に丁寧語「いびいん」が付いたもの。
例文A「思愛さ」は「思い愛する事」、「肝愛さ」は「心から愛する事」。ここでは、「うたびみせえん」に纏わる命令形のパターンの全てを(丁寧語が付く場合含む)例示しています。「うたびみそおり」や「うたびみせえいびり」は澄まし言葉で、「うたびみそおれえ」や「うたびみせえいびれえ」は本来は、くだけた表現です。どちらも話しことばでも使いますが、後者はより話しことば的です。
例文B「御火ぬ神がなし」は「火ぬ神(フィヌカン)」に対する「呼びかけ言葉」です。ただ、「さり、火ヌ神がなし」と呼びかけても別に怒りはしない筈です。「家組」は「家人数(やあにんず)」とも言います。
例文C「ぐすうよう」は「御衆よう」と表記される事が多いようですが、「すう」が「衆」なのかどうか定かではありません。「うんぬきゆん(申し上げる)」は「言(ゆ)ん」の謙譲語です。「うんにゅきゆん」とも言います。「うんぬかみそち」は「うんぬかゆん(お聞きになる=「聞く」の敬語)」に「みせえん(なさる)」が付いた接続態(補助連用形)です。「うんぬかゆん」は「うんにゅかゆん」とも言います。最近は、「聞ち、うたびみせえびり」と言う人が増えていますが、どうせなら、この例文のように言う方が良いかと思います。
例文D「にいびち」は結婚式で厳密に言えば「結婚」の意味ではありません。だから、「彼らは結婚している」のつもりで、「あったあや、にいびちそおん)」という言い方は成立しませんが・・・。でもこの言い方でも市民権を獲得しつつありますが、「あったあや夫婦(みいとぅんだ)やん」と言います。ちなみに、「彼は結婚している」は「彼(あり)え、妻(とぅじ)とぅめえとおん(彼は奥さんが居る)」という言います。「にいびち御祝え」は披露宴に該当します。
【応用問題】
次の対目上語を「うたびみせえん」を使って書き変えなさい。
@首相や沖縄んかいめんそおちょおいびいん。

A政治家ぬ人ん達や、沖縄人ぬ言し、良う、うんぬかみそおり。

B去年お、見い考えし呉みそおち、にふぇえでえ(い)びる。

C来年ん、葉書、書ち呉みせえ(い)びり。

Dさり、今日や十六日祭ぬ御願でえいびる、取い受きてぃ呉みせえ(い)びり。


答え:
@首相や沖縄(うちなあ)んかい、めんそおち、うたびみせえん
 首相や、沖縄んかい、めんそおち、うたびみせえ(い)びいん
A政治家(しいじくぁ)ぬ人(ちゅ)ん達(ちゃあ)や、沖縄人(うちなあんちゅ)ぬ言(ゆ)し、良(ゆ)う、うんぬかみそおち、うたびみそおり
 政治家ぬ人ん達や、沖縄人ぬ言し、良う、うんぬかてぃ、うたびみそり
B去年(くず)お、見い考(かんげ)えし、うたびみそおち、にふぇえでえ(い)びる。
 去年お、見い考えみそおち、うたびみそおち、にふぇえでえ(い)びる。
C来年(やあ)ん、葉書(はがち)、書ち、うたびみせえ(い)びり
 来年ん、葉書、書ちみそうち、うたびみせえ(い)びり
Dさり、今日(ちゅう)や、十六日祭(じゅうるくにちい)ぬ御願(うぐぁん)でえ(い)びる。取(とぅ)い受きてぃ、うたびみせえ(い)びり

註:「見い考え」は「世話」の意味。「見い考えすん」で、「世話する」。「十六日際」は旧暦1月16日に行われる祖先の正月。

第49講 対目上語 そのU「みせえいびいん」 2010/11/16
@あら、おじいさん、気をつけて、歩いてくださいね。
Aお婆さん、早々と、お越しください ね。
Bあそこの お母さまは、すっかり、お痩せになってしまっていますね。
Cこの叔父さまは、医者でいらっしゃいます。
Dあの家の主人は、今はお忙しいです。
@いえたい、たんめえ、良(ゆう)し、歩っちみせえ(い)びり よおたい。
Aぱあぱあ、早々(へえべえ)とぅ、いめんせえ(い)びり よお。
Bあまぬ あやあ前(めえ)や、けえようがりとおみせえ(い)びいん やあ。

Cくまぬ叔父(をぅざ)さあや、医者やみせえ(い)びいん
Dあぬ家(やあ)ぬ主(ぬうし)え、今(なま)あ、忙(いちゅな)さみせえ(い)びいん
【解説】
 前講の対目上語「みせえん」に丁寧語やびいん」が付く場合の用法です。
 「みせえん」を日本語の「なさる」や「いらっしゃる」に対応した語として訳するとすれば、「なさいます」や「いらっしゃいます」の意味になります。
 身内の目上に対しては、目上語「みせえん」で十分ですが、普段付き合いの無い比較的遠い(普段付き合いの薄い)目上に対しては、この用法を用いる方が無難でしょう。必ずしも明確な基準があるわけではないので、各人の感覚で使い分けることになります。ですが、大衆を面前にした挨拶や演説などの場合もこの用法を使うことが望まれます。
 
「やびいん」は、前語の語尾音によって、「行ちゃびいん(行きます)」、「食(か)なびいん(食べます)」、「あんやいびいん(そうです)」などと、「やびいん」語頭の「や」が「ゃ」や「い」になったり、略されたしますが、「みせえん」に付く場合は大方、語頭の「や」が略されたり、「い」になったりします。例文では「や」の変音である「い」は()で括っていますが、略音されることが多いためです。

例文@いえたい」は「いぇえたい」と表記される場合もありますが、実際は「ye」であり、「いえ」も「いぇ」もより近い五十音で工夫して、表わしているだけです。意味は、「あら」や「あのう」で訳される呼びかけ言葉ですが、実際のニュアンスは異なります。「たい」は女性語(使用者)で、男性が使う場合は「いぇさり」と「さり」を使います。同じく「よおたい」も女性語で男性語は「よおさい」となります。「さい」や「やい」も敬語(対目上語)の一種であり、別講でも紹介します。それぞれ「さり」及び「たり」ともなります。
 「良うし」は直訳すれば「良く」ですが、ここでは「気をつけて」の意味です。話しことばで良く使う「良うしよお」は「気をつけてよ」です。
 「たんめえ」は「うしゅめえ(御主前)」とも言います。
 「みせえん」の命令形は「みそおり」また「みそおれえ」ですが、丁寧語を付けると「みせえびり」と、丁寧語の方を命令形にします。「みせえびれえ」も使うことは使いますが、くだけた表現になるからか、丁寧語が付く場合は、前者を多く傾向にあります。
例文A 「ぱあぱあ」は「はあめえ(婆前)」とも言います。「いめんせえびり」(いらっしゃいませ))は「めんせえびり」でもよいですが、前者がより敬語となります。ちなみに、「めんそれ」は日本語では「いらっしゃい」の意味であり、「いらっしゃいませ」にするには、この「いめんせえびり」が適切かも知れません。
例文B 「あやあ」は、ゆかっちゅう(学術用語では「士族」?沖縄には武士階級は存在しなかったので、強いていえば「貴族」の方が近い)言葉で「母親」の意味です。庶民は「あんまあ」です。
例文C 「をぅざさあ」は「叔父、伯父」の意味です。ちなみに、「伯母、叔母」は「をぅまばあ」です。それぞれ「うざさあ」、「うばまあ」と表記されることもありますが、「wu」を「をぅ」と表記する事体が定着してないと考えられる以上、間違いとは言えません。「てぃ、でぃ、とぅ、どぅ」などを大文字と小文字を合体させた「琉球文字」も発明されていますが、この「wu」含め前述の「ye」や「yi」(女性は主里や那覇では「ゐなぐ」ですが、地方によっては「yiなぐ」となる)等はありません。
例文D 「主え」は私は「ぬうしえ」と表記していますが、「ぬーせー」や「ぬうせえ」の表記もあります。なぜかといえば、次の例を挙げると分かりやすいかもしれません。例えば、
 「テレビは見ない」は沖縄語では実際の発音は、「テレベー ンダン」です。これを「テレベー見だん」あるいは「テレビえ見だん」と表記すれば、「テレビ」という名詞を「テレベ」などと変形して表記することになります。これを私の場合は、オリジナルの語形で表記するようにしているのですが、助詞の前にくる名詞の語尾音が表記が違うので、議論が分かれるところでしょう。しかし、表記と実音が違う例はいくらでもあります。
【応用問題】
次の沖縄語文を丁寧語を使う文に直しなさい。
@あぬ人ちゅ)お、まあぬ学校(ぐぁっこう)ぬ先生(しんしい)やみせえが。
Aまちやぬ主(すう)や、ひっちい、銭(じん)ぬさんみん、しみせえん。
Bあんまあ達(たあ)や、ゆんたくすしが、ましやみせえん。
Cまあさむんや、ようんなあ、うさがみそおり。
Dあぬ女(ゐなぐ)お、今(なま)ん、若さみせえん やあ。

答え:
@あぬ人お、まあぬ学校ぬ先生やみせえ(い)びいが。

Aまちやぬ主や、ひっちい、銭ぬさんみん、しみせえ(い)びいん

Bあんまあ達や、いいくる、ゆんたくすしがましやみせえ(い)びいん

Cまあさむんや、ようなあ、うさがみせえ(い)びり
Dあぬ女お、今ん、若さみせえ(い)びいん やあ。

第48講 対目上語そのT「みせえん」 2010/10/30
@あのお方は、どなたでいらっしゃいますか。
 あのお方は、校長先生でいらっしゃいます。
Aあなたがたの伯母は、なんて、美しいのでしょう。
 伯母の母も、美人でいらっしゃいました。
Bお爺さん、どうぞ、この御馳走を頂いてください。


Cお魚はいかがでしょうか。
 お魚を買っていただけませんか。
Dあんたたちのお母さんは、何を持っていらっしゃるのですか。
 わたしどもの母は、大事な瓶水を持っているのです。
@あぬ人(ちゅ)お、誰(たあ)やみせえが。
 あぬ人お、校長先生(しんしい)やみせえん
Aいったあ伯母(うば)まあや、あんし、ちゅらさみせえる
 伯母まあぬ女(ゐなぐ)ぬ親(をぅや)ん、ちゅらかあぎやみせえたん
B御主前(うしゅめえ)、どおでぃんくぬくぁっちい、うさがみそおり
 御主前、どおでぃん、くぬくぁっちい、うさがいみそおり
 御主前、どおでぃん、くぬくぁっちい、うさがてぃ、呉みそおり
C魚(いゆ)、買(こ)おいみそおれえ
 魚、買おいみそおり
Dいったああんまあや、何(ぬう)、持(む)っちょおみせえが
 我ったああんまあや、あたら瓶水(びんしい)どぅ持ちょおみせえる
【解説】
 目上に対する敬語には基本的には4通り(別講で説明)ありますが、今回はそのうちの「みせえん」を紹介します。
 「みせえん」は、話題の対象になっている人物が目上である場合に使います。丁寧語(文)は、話し相手に敬意を示す場合に使いますので、その差は日本語の場合と殆ど同じです。丁寧語(文)とは、この講座で既に紹介しているように、「やびいん」(現代では文中では「いびいん」に変化することが多い」)を使う文のことで、日本語の「です、ます体」に相当します。
 

 対目上語は、単独用いる場合は、「言う」、「食べる」などの意味の動詞ですが、動詞に続く場合は、「なさる」、「でいらっしゃる」の意味」となります。いずれも目上に対して使う敬語です。
@目上の存在状態を示す存在動詞
A目上の動作に対する動詞
B目上を形容する形容詞に付き
日本語の「でいらっしゃる」、「なさる」などに相当します。

 対目上語は、沖縄語の重要な一角を占めています。理屈上は単純明快な理屈で成り立っているで、紙面で勉強する文については問題ありませんが、機会があれば(環境的には厳しいですが)、目上の方に接して、挑戦してみましょう。

 「みせえん」が各用言に付く場合の形は次の通りです。

 @存在動詞に付く場合、「や+みせえん(で+いらっしゃる)」 過去形は「や+みせえ+たん」です。なお、存在名詞の前は殆どは名詞です。例:「強(ちゅう)ばあ+や+みせえん」、「頑丈(がんじゅう)+や+みせえん(元気でいらっしゃる)」等。
 A動詞に付く場合、「歩っち+みせえん」、「し+みせえん」、「読み+みせえん」、「分かい+みせえん」等。ただ、「し+みせえん」が命令形となる場合は、「し+んそおり」、「し+んそおれえ」などと、「みせえん」の命令形「みそおり」の語頭が多くは「ん」になります。変化させない人もいます。
 なお、町の土産品店等でよく見かける「めんそおれ」は「め(参)+みそおれえ」もやはり「みそれえ」の語頭が「ん」に変化したものです。そのまま慣用化し、もはや、「めみそおれえ」と言う人は見かけません。
 また、進行形に付く場合は、それぞれ、「歩っちょお+みせえん」、「そお+みせえん」、「分かとお+みせえん」、「読どお+みせえん」となります。過去形は「みせえたん」にすればよいです。
 B形容詞に付く場合、「忙(いっちゅな)さ+みせえん」、「大(ま)ぎさ+みせえん」等。

文例@ 「みせえん」が存在動詞(日本語の形容動詞にほぼ対応)に付く場合の例です。
文例A 形容詞に付く場合の例です。
文例B 動詞に付く場合の例です。「うさがゆん」とういう動詞事自体も「食べる」の敬語です。「呉(くぃ)みそおり」自体は「呉り(呉れ)」の敬語(目上語)ですが、動詞に続く場合は、「〜してください」という意味の敬語になります。「〜(動詞)、取(とぅ)らし」も同じです。「取らしみそおり」、「取らしんそおり」という言い方も田舎では健在ですが、「呉みそおり」、「呉みそおれえ」の言い方が大勢を占めるようになってきています。なお、「御主前」は「たん前」ともいいます。
文例C 「魚(いゆ)」は、糸満など地方では「ゆう」とも言います。「買おいみそおり」は済まし言葉であり、「買おいみそおれえ」は、ややくだけた言い方ですかが、「めんそれえ」が市民権を得たように、後者の言い方が優勢になっています。しかし、祈り言葉などでは、「見守(みいまん)どおってぃ、うたびみそおり」(見守ってください)などのように、前者の言い方になります。
文例D 動詞の進行形に付く場合の例です。「瓶水」とは、「携帯用御願セット」の事です。酒瓶、水、生米(ミハナ)等を備えるように作らた箱です。「打ち紙(後生のお金)」、御香なども収納できるようになっています。



 日本語文では過去形で表わす文を、沖縄語に直訳すると変な沖縄語になることがあります。例えば、「独立した言語」を「独立さる言語」と訳せば、誰もが首を傾げますが、「独そおる言語(独立している言語)」と進行形で訳せば、誰もが納得します。沖縄語は、特に日本語を訳する場合に感じるのですが、案外論理性のある言語だという事が分かります。

【余計な一言】
 沖縄語の対目上語は、難しいと思われていますが、目上の者に対する語であるという事を念頭におけば、上述のように話し現場での「やりくり」の面倒さは想定されるものの、理論上は単純です。
 相手が目上の者であるかどうか定かでなかったり、咄嗟には出てこなかったり、あるいは、別に述べる「ううふう」や「おうほう」など受け答えする際の返事と組み合わせて使用することが面倒だということもあります。
 対目上語そのものが複雑怪奇で、難しいわけではありません。昨今は、若者にとって沖縄語を話す機会もなく、ましてや、目上の人たちは、かつての標準語励行運動お引きずっていて、若者に対しては日本語で接してきます。若者から沖縄語で話しかけるのも難しい状況にあります。
 話し相手が目上である場合は、通常は丁寧語を使い、さらに相手の動作や状態については目上語を使わなければならなりませんので、どの文で目上語になり、どの文を丁寧語で済ますかは、文章にする場合は、容易ですが、慣れてなければ、話しことばでは少し混乱することがあります。

【さらに一言】
 さて、目上語は目上の動作や状態について使うのですが、目上の身体の部位(髪、手足、爪等)についてはどうなのでしょうか。
 文中で、対象となっている身体の部位が主語になっている場合は、次の例文のように、丁寧語で十分でしょう。
 「御主前(うしゅめえ)ぬ手(てぃい)や長さいびいん やあ(お爺さんの手は長いです ね)」。
 しかし、目上が主語になっている場合は、
 「御主前や、手ぬ長さみせえん やあ(お爺さんは、手が長くていらっしゃる ね)」と、目上語にします。
 
 ちょっと、難しいかもしれませんが、少し考えれば、目上の個々の身体部位に敬意を払うのではなく、あくまで、敬意を払っているのは、目上の人格に対してですから。

 なお、文章語においては、特殊なケースを除けば、書き手と個々の話題の者との上下関係を逐一表現する必要もなく、丁寧文で十分だと考えます。
 ただし、上述の考えが定まらない時期の私の過去の作品の中の地の文の中に、目上語が使われているケースがあることをご承知おきください。
 
【応用問題】
次文を目上語「みせえん」を使って次の文を直しましょう。
@あら、おばあさん、お元気でいらっしゃいますか。
Aおばあさんは、いつも。お若くていらっしますね。
Bどうぞ、この廊下をお通りください。
C母は、今、裏座でお休みなさっています。
Dお客様は、あちらに行かれてください。


答え:
@あいな、ぱあぱあ、御頑丈(うがんじゅう)やみせえみ。
Aぱあぱあや、いつん、若さみせえんやあ。
Bどうでぃん、くぬ縁(いいん)から、う通(とぅう)いみそおり
Cあんまあや、今(なま)あ、くちゃんじ、ゆくとおみせえん
Dう客(ちゃく)お、あまんかい、めんそおり

第47講 「やん(である)」と「あらん(でない、違う)」 2010/10/14
@あそこの家は、今日は七夜のお祝いである
 あそこの家は、今日は七夜のお祝いです
 あの家主は、悪い人ではない
 あの家主は、悪い人ではありません
A親は三味線弾きでいらっしゃる
 だが、子は、何でもない
 親は三味線弾きでいらっしゃいます
 ですが、子は何でもありません
Bここは与那城ではなく、屋慶名という所
 ここは与那城ではありませんで、屋慶名という所です
C給料は、会社にとっては、出費だし、労働者にとっては、収入である
 給料は、会社にとっては、出費であるし、労働者にとっては収入です
D最近のアイパッドというのは、本でもないし、パソコンでもない
 最近のアイパッドというのは、本でもないし、パソコンでもありません
@あまぬ家(やあ)や、今日(ちゅう)や満産祝儀(まんさんすうじ)やん
 あまぬ家や、今日や満産祝儀やいびいん。(丁寧)
 あぬ家ぬ主(ぬうし)え、やなむんやあらん
 あぬ家ぬ主え、やなむんやあいびらん。(丁寧)
A親(をぅや)あ、三味線(さんしん)弾ちゃあやみせえん。(対目上)
 やしが、子(くぁ)あ、何(ぬう)ん、あみそおらん
 親あ、三味線弾ちゃあやみせえいびいん。(対目上+丁寧)
 やいびいしが、子あ、何ん、あみせえいびらん。(丁寧)
Bくまあ、与那城(ゆなぐしく)やあらん、屋慶名(やきな)す所(とぅくる)どぅやる
 くまあ、与那城やあいびらん、屋慶名す所どぅやいびいる
C手間(てぃま)あ、会社(くぁいしゃ)にとぅてえ、出(ん)じる前(めえ)やい、働(はたら)ちゃあにとぅてえ入り前やん
 手間あ、会社(くぁいしゃ)にとぅてえ、出(ん)じる前やい、働ちゃあにとぅてえ入り前(みい)やいびいん
Dくぬ頃(ぐる)んしぬアイパッドんでしえ、本(ふん)やあらんあい、パソコンぬんあらん
 近頃ぬアイパッドんでしえ、本やあらんあい、パソコンぬんあいびらん
【解説】
 日本語の「〜だ、〜である」は「〜やん」です。その丁寧語(です)は「〜やいびいん」となり、対目上語は「〜やみせえん」となります。文中に強調を表わす助詞「どぅ」や「る」がある場合は、それを受けて、それぞれ「〜やる」、「〜やいびいる」、「〜やみせえる」連体形で結びます。この用法を「係り結び」といいます。「係り結び」は日本語の古文にもあります。例:「〜ぞ、〜連体形」、「〜こそ、已然形」。
 前講で説明しましたように、「やん」の否定の形は「〜あらん(又あらぬ)」となります。「あらん」は「あん」の未然形に否定助詞が付いている形なのですが、「あん」の否定形ではありません。「あん」の否定形は「無(ね)えん」または「無えらん」です。参考:前講。「あらぬ」は「あらん」の「古い形?」というより、ちゃんとした言い方なのですが、「あらん」が圧倒的に多く用いられていることは周知の通りです。
 今回は「やん」や「あらん」の過去形は紹介していませんが、別にて回ご説明いたします。
 なお、「やん」は拙書『実践うちなあぐち教本』では、存在動詞と呼称しています。意味的には日本語の形容動詞と似ていますが、活用が動詞的であるのに加え、事物の存在状態を表わしているからでもあります。
 「あらん」はまた、「違う」という意味にも用いられます。
 例:「くりえ、あらん」→「これは違う」。「あらんどお」→「違うよ」。「あらんさに」→「違うだろうが」。
 「あねえ、あらん」は「そうじゃない、そうではない」などに意味になります。

例文@ 「すうじ」は沖縄語で「祝い事」を表わし、「祝儀」から来た語と考えられています。丁寧文の「やいびいん」は「やん」の連用形「や」に丁寧助動詞「やびいん」が付いたものです。ですから、本来は「や+やびいん」となるところを、「や連音を避けて、「やびいん」の頭の「や」が「い」に変わったものです。
 「成びいん」を「成びいん」、「成とおびいん」を「成とおびいん」と発音する人もいる事は周知の通りです。
 「あらん」の丁寧文である「あいびらん」は、丁寧助動詞「やびいん」の否定形を用いてその否定形とします。「あいびらん」も同じく「あやびらん」でも構いません。古風で上品な言い方かもしれませんが、現代は「あいびらん」の方が多く用いられているようです。

例文A 「やみせえん」は存在動詞「やん」の連用形「や」に対目上語(尊敬語)である「みせえん」が付いたものです。対目上語については、あらためて、後日説明しますが、ここでは、目上の人(者)の状態や動作を表わす語(動詞、助動詞、存在動詞、形容詞など)につきます。「あらん」の対目上語は「あみそおらん」です。「あみせえらん」という言う人もいます。さらに丁寧語を付ける場合は、「あみせえ+いびらん」となります。多くは、「いびらん」の「い」が脱落し、「あみせえ+びらん」となっています。ここでも、古風で上品な言い方に直すとすれば「あみせえびらん」となります。

例文B 文中ぬ強調を表わす「どぅ」がある場合、「やん」や「やいびいん」が連体形で結ばれる例です。

例文C 「出じる前」は「出じり前」また「出じふぁ」とも言います。なお、紛らわしい語に「入り目(み)」というのがありますが、これは「出費」という意味です。

例文D 「〜あらんあい」は「〜でないし」と、接続文が続く用法です。ちなみに、「やん」に接続文が続く場合は、「〜やい」となります。例:「くりん、やい、ありん、やん」(これでもあるし、あれでもある)。
 
【応用問題】
次のうちなあぐちを日本語文に直しなさい。
@あい、くりえ、我(わあ)むんどぅやしが、汝(いゃあ)むのお、あらんどお。
Aありえ、星え、あらん、飛行機どぅやる。
Bあらぬ、あらぬ、うりえ、そうむんやあらぬ。
C今(なま)あ、なあだ、秋(あち)え、あらん、夏(なち)どぅやる。
Dはんたぬ上(ゐい)や、風所(かじどぅくる)んやい、すじ所(どぅくる)んやん。

答え:
@あれ、これは、僕のでって、君のじゃないよ。

Aあれは、星ではない、飛行だ。
B違う違う、それは本物ではない。
C今は、まだ秋ではない、夏である。

D崖の上は、風が強い所でもあるし、涼しい所でもある。

第46講 「ある」と「ない」 2010/9/28
@あの人は知恵がありますが、情がありません
 
 あの人は知恵はあるが、情は無い
Aあの女は容姿は悪いけど、ハートはあるよ。
 あの女は容姿は悪いですけど、ハートはありますよ。
B君の故郷には田んぼはあるか
 田んぼは無いけど、畑ならあるさ
 あなたの故郷には田んぼはありますか
 田んぼはありませんが、畑ならありますよ。
C腹が減った!食べ物は無いか
Dそこには、何もないのか
@あぬ人(ちょ)お、じんぶんや、あいびいしが、情(なさき)え、無えやびらん
 あぬ人お、じんぶのお、あしが、情え、無えん(無えらん)。
Aあぬ女(ゐなぐ)お、かあぎえ、無えらんしが、肝(ちむ)お、あんどお。
 あぬ女お、かあぎえ、無えやびらんしが、肝お、あいびいんどお。
Bいったあしまんかい、田(たあ)ぶっくぁぬ、あみ
 田ぶっくぁあ、無えらん(無えん)しが、畑(はる、はたき)やれえ、あさ
 うんじゅなあたあしまんかい、田ぶっくぁぬ、あいびいみいみ
 田ぶっくぁあ、無えやびらんしが、畑やれえ、あいびいんどお。
Cやあさぬ!食(か)み物(むん)や、無えらに? 
Dんまんかいや、何(ぬう)ん、無えらん(無えん)どぅ、あみ
【解説】
 日本語の「ある」は「あん」で、丁寧語は「あいびいん」です。「無い」は「無えん」または「無えらん」です。丁寧はいずれも「無えやびらん」ですが、まれに「無えびらん」とする人もいます。日本語の「ない」の丁寧語は「ありません」や「ないです」となりますが、この辺は沖縄語とは、大分趣が異なります。
 沖縄語の「無えん」は未然形のカタチをした「無え+らん」が存在することです。未然形に否定を表わす「らん」をつけると否定の否定で肯定の意味になるわけでもなく、意味は全く同じです。
 したがって、何も未然形のカタチを持つ必要もないと思われるのですが、昔は使い分けていたのかどうか、私には知る由もありません。殆どは語呂で使い分けているだけです。
 おかしなことに、「あん」とその丁寧語の「あいびいん」の否定形と思われる「あらん」と「あいびらん」があるのですが、それはカタチだけのことで、実際は「やん(である、だ)」とその丁寧語「やいびいん(です)」の否定語なのです。これについては、次講でお話いたします。

例文@「じんぶん」は「知恵」の他に、「思慮分別」、「常識」等の意味あります。「存分」という説もあります。派生語の「じんぶなあ」は「じんぶんのある人」のことです。「じんぶん持ちゃあ」は「じんぶなあ」より少し格が上がるとの説もありますが、「じんぶなあ」を少し丁寧に表現した語と解釈すれば良いかもしれません。「じんぶんや」はヤ系係助詞の「のお」を用いて「じぶんのお」とも言います。
例文A「かあぎ」は「容姿、顔立ち」のことです。「ちゅらかあぎい」は「美人」、「やなかあぎい」はその反対です。
例文B日本語の「君」は単数形ですので「汝(やあ、いやあ)」でも間違いではありませんが、「君の故郷」などという場合は、概ね複数形の「いったあ」を使うほうが無難です。
例文C「やあさぬ」は言いきり形(終止形の「やあさん」より強い表現です。「やあさぬ、ふしがらん(腹が減ってどうしようもない)」、「やあさぬ、ならん(腹が減ってならぬ)」などと、元々は後続文があったと思われます。後続文を略することで、余韻を感じさせる強い表現になったものと思われます。私はこれを「接続用法」または「余韻用法」などと称しています。勿論、他の形容詞にも同じ用法が成立します。例「ふぃいさぬ(寒くて)」、「ちびらあさぬ(素晴らしくて)」等。
例文D「無えらん どぅ あみ」という表現は丸暗記したほうが得です。日本語で強いて訳すると「無いのであるか」です。この「あみ(あるか)」は「行かん どぅ あみ(行かないのであるか)」などと、他の動詞との組み合わせも使います。「どぅ」は強調を表わす助詞です。そういえば、外国人が「ないか」という日本語を「無い あるか」という表現する人がいますが、少し似ていませんか。
【応用問題】
次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
@あこに休憩所はありますか
Aあそこには、ありません。ここにあります
B君は千円も無いのか
Cあの子は聞き分けもない
D沖縄にも戦前には軽便鉄道があったが、今は無い

答え:
@あまんかい、ゆくい処(どぅくる)ぬ、あいびいみ
Aあまんかいや、無えやびらん。くまんかい、あいびいん
B汝(いやあ、やあ)や、千円(しんい)ぬん無えらんどぅあみ
Cあぬ子(くぁ)あ、聞(ち)ち分きん、無えらん
Dうちなあんかいん、戦前(いくさめえ)や軽便(けえびん)ぬあたしが、今(なま)あ、無えらん(無えん)

第45講 〜より、〜。2010/8/26
@塩より酢を摂った方がよいです。
A船がが揺れるより、飛行機が揺れる方が、よけいに、怖いよ。
B美しいものより、しっかりしたものが、ずっと良い。
C見るより、踊れ。
D車に乗って行くより、歩いて行った方が、健康に良いですよ。
@塩(まあす)やか、酢(しい)摂(とぅ)ゆしえ、ましやいびいん。
A船(ふに)ぬくげえゆしやか、飛行機(ひこうち)ぬくげえしえ、ゆくん、怖(うとぅる)さん。
Bちゅらさしやか、そうらさしえ、じょうい、ましやん。(しょうらさん)
C見(ん)だやか、舞(も)うり。
D車乗(くるまぬ)てぃ行(い)ちゅしやか、歩(あ)っち行ちゅしえ、胴(どぅう)がなかなやびいんどお。
【解説】
以前は「ゆか」と言っていたとのことです。地域によっては、「へえか」、「ゆいか」となります。「かやあ」と伸ばす人もいますが、伸ばしているというより、「よりは」の「は」(係助詞)に対応する「」が付いたものです。この「」はヤ系係助詞ですから、「やか」という人もいます。「やかん」の「ん」は日本語の「も」に対応するものですから、「よりも」の意味になります。通常は名詞(用言を名詞化した語を含む)に付きますが、例文Cのように、直接動詞の付く場合は、動詞の未然形に付きます。
 それでは、「やかあ」、「やかあ」、「やかん」を上の例文に応用してみましょう。
@塩やかあ、酢摂いしえ、ましやいびいん。(塩よりは、酢を摂ったほうがよいです)
A船ぬくげえゆしやかや、飛行機ぬくげえしえ、ゆくん、怖さん。(船が揺れるよりは、飛行機が揺れるのが怖いです)
Bちゅらさしやかん、そうらさしえ、じょうい、ましやん。(美しいものよりも、しっかりしたのものが良いです)

例文@「まし」は日本語の「まし」の意味もありますが、「我(わん)ねえ汝(いゃあ)が、まし」という場合は「私はあなたが好き」という意味なり、「どれが良いですか(じるお、ましやいびいが)」という場合は「どれが良いですか」又は「どれにしますか」などの意味になります。
例文A「ちゅらさし」は形容詞「ちゅらさん(美しい)」から派生した名詞「美しいもの」の意味になります。文中の「そうらさし」も「そうらさん(しょうらさん)(立派な、ちゃんとした、しっかりした)」から派生した名詞です。形容詞終止形の語尾部分が「ん」を「し」に置き換えれば、形容名詞となります。「ちゅらさ」も名詞になりますが、この場合は「美しさ」という意味になります。「じょうい」は「とても」の意味です。
例文C「見だ やか」は「やか」が動詞に付く場合の形です。
例文D動詞から派生した名詞に付く場合の形です。「行ちゅん(行く)」に終止形語尾部分を「し」に置き換えれば、動名詞となります。「胴がなかなゆん(体が丈夫である)」は「胴がらかなゆん」とも言います。「胴がな」は「からだ」の意味ですが、単独では用いることは稀で(通常は「胴」または「からた」のみ)、例文にあるように「かなゆん(かなう、丈夫だ)」との組み合わせで用います。
なお、「胴」は私の当て字です。精神的自分である場合は「自(どぅう)」を、肉体的自分である場合は「胴(どぅう)」を当てています。
【応用問題】
次の日本語を沖縄語文に直しなさい。
@肉よりも魚を多くたべよ。
A夏の暑さよりは、冬の寒さは凌ぎやすいです。

Bクーラーを点けるより、窓を開けようじゃないか。
C道理をわきまえない人よりも、実直な人こそ良いのである。
Dただで買うより、金を出して買った方が良いです。


答え:
@肉(しし)やかん、魚(いゆ)多(うふ)く、食(か)み(わ)。
A夏(なち)ぬ暑(あち)さやかや(又はやかあ)、冬ぬ寒(ふぃい)さあ、凌(しぬ)じい易っさいびいん。
Bクーラー点(ち)きらやか、窓(まどぅ)開(あ)きらな。
C曲ぐりとおる人(ちゅ)やかん、真っとうばな人(ちゅ)どぅましやる。
Dいちゃんだし買(こ)うらやか、銭(じん)出(ん)じゃち、買うゆしえましやいびいん。

*「曲ぐりゆん」は「道義をわきまえない」などの意味。派生名詞に「まぐり者(わからずや、道義をわきまえない者)」、「まぐらあ(前語と同じ意味)」など。

第44講 〜だのに(〜なのに、〜ものを)、〜。2010/8/24
@日が落ちたので、もう誰も来ないよ。

A高離島は苦労を知らせる所なので、誰が二度と行くものか。
B気分が悪いので、少し、休みましょうよ。
C誰も掃き掃除しないから、庭は汚れっぱなしです。

D働かないのに、手間賃が貰えるものか。
@太陽(てぃいだ)ぬ落(う)てぃとおるむ(ん)ぬ、なあ、来(ち)ゃあびらんさ。
A高離島(たかはなりじま)りや物知(むぬし)らし所(どくる)やるむ(ん)ぬ、誰(たあ)が、又とぅ、行ちゅみ。
Bあんまさるむ(ん)ぬ、ちゅてえや、憩(ゆく)とおちゃびらな。
C誰(たあ)ん、掃(ほう)ちさんむ(ん)ぬ、庭(なあ)や、ちゃあ汚(ゆぐり)いそおいびいん。
Dあがかんむ(ん)ぬ、手間(てぃま)ぬ得(い)いらりいみ。
【解説】
 少し、文語的ではありますが、口語でも平気で多く使われている表現です。主には「〜むぬ」が多く使われますが、口ごもったように聞こえないように、「〜むんぬ」と強調していうこともあります。「物(むぬ)」や「者(むぬ)」が「むん」ともなるように、「〜むん」とも言います。
 なお、この表現は、第12講「〜くとぅ」や13講のような「〜やくとぅ」などの言い方もできることはできます。


例文@「太陽」は「てぃだ」とも「てぃいだ」とも言います。
例文A「高離島」というのは、古典民謡「高離節」から拝借しました。それには「高離島や、ものしらしどころ、にや、もの知やべたん、わたちたぼうれ」(野村流工工四続巻より)とあります。
口語で書き直すと、「高離島や、むぬ知らしどぅくる、なあ、むぬ知やびたん、わたちたぼうり」となります。
日本語訳では「高離島は(苦労を)知らせるところ、もう、(十分苦労するということが)分かりました。(どうか、本島に)渡してください。」
「知やがたん」は「知ゆん」の丁寧文をさらに過去文にしたものですが、通常では、「分かやびたん」というのは一般的となりました
例文B「あんまさん」は「気分が悪い、体調が悪い、体がきつい、煩わしい、面倒だ」などの意味があります。
例文C「掃ちかち」の「かち」は作業のこと。「ちゃあ〜」は「〜し続ける」の意味の副詞で、日本語とは逆に動詞の前に付ます。「ちゃあ〜」は「〜し続ける、〜しっぱなし」等の意味の副詞で動詞や動名詞および状態を表わす名詞等の前に付く。「ちゃああびい(喋りっぱなし)」、「ちゃあ頑丈(ずっと元気)」、「ちゃあしい(し続け)」等。同じ発音で「如何(ちゃあ)」もあるが、文脈で区別できる。「ちゃあすが(どうするか)」、「ちゃあやが(どうなのか)」、「ちゃあん成らん(どうしようもない)」等。
例文D「あがちゅん」は「労働する」「はかどる」などの意味があります。
【応用問題】
「〜む(ん)ぬ」または「〜むん」を使って、次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
@まぶしいから、戸を閉めました。
A昇り降りがきついので、その荷物は運べません。

Bクーラーも就けないのに、寝れるものかねえ。
Cそのゴキブリは汚いので、触れません。
D我喜屋監督が監督しているんだもの、興南が優勝するのは当然だ。


答え:
@目光(みいふぃちゃ)らさるむんぬ、戸(はしる)閉みやびたん。
A昇(ぬぶ)たい降(う)りたいぬあんまさるむん、うぬ荷(にい)や、かやあさらびらん。
Bクーラーん点(ち)きらんむぬ、寝(に)んだりいんなあ。
Cうぬふぃいらあや、はごうさるむん、触(さ)あらりやびらん。
D我喜屋監督ぬぬかぐさみとおるむぬ、興南が優勝すしえ、当たい前どぅやる。

第43講 〜しないと、〜V。2010/7/29
@酒はたっぷり注がない、不平を言われるよ。
A行き慣れない、道に迷うよ。
B空気を読まない、嫌われます。
C無愛想にしなけれ、美人ですけど。
D結婚しないと、一人前じゃないよ。
@酒(さき)え、じぱっとぅ、注(ち)がんあれえ、じいぐいさりんどお。
A行ちい慣りらんあれえ、道ざあま成ゆしが。
Bざあん無(ね)えらんあれえ、はごうささりやびいん。
Cかまじし喰(く)うらんあれえ、ちゅらかあぎやみせえしが。
D妻(とぅじ)んとぅめえらんあれえ、一人前(いちにんめえ)やあらんどお。
【解説】
 前41講および42講と同じ意味の文章の形です。「あれえ」の「れえ」は、第17講で紹介した条件や仮定を表わす「れえ」と同じものです。「あ」は「あん(有る)」の条件形です。日本語に直訳すると、「〜ない、あれば」などと、変になりますが、良く使う文型です。

例文@「じいぐい(不平)」に関連して「じいひゃあぐい(不平たらたら)」、「じいぐやあ」、「じいぐいむん」(いずれも、不平を言う者)」などがあります。
例文A「道ざあま成ゆん(道に迷う)」は慣用句として覚えましょう。
例文B「ざあん無えん」の「ざあ」は『沖縄語辞典』では「座の意か」とあります。確かに、「座(場)の雰囲気も(考え)無い」という意味ではありますが…。
例文C無愛想な人のことは「かまじさあ」と言います。
例文D沖縄語に「にいびちすん」というのがありますが、「結婚(またはその祝いそのもの)をする」という意味の方が強く、普通に「結婚する」という意味では「妻とぅめえゆん」(女性なら「夫(うとぅ)とぅめえゆん」)という言い方の方がより適切かと思われます。ちなみに、「結婚している」は「妻(または夫)持っちょおん」となります。逆立ちしても「にいびちそおん」とは言いません。

強調助詞「どぅ+ん」を使う場合。(「どぅ」が強調助詞で、「ん」は日本語の「も」に対応する係助詞です。)「どぅ」は常に前の語を強調しますがこの種の文では、強調というより語調を整えたり(間を取る)する意味合いの方が強いかもしれません。私は字数を節約しなければならない論文を書くときとはまあり使用せず、小噺を書くときは語呂を楽しみながら好んで使います。

@酒(さき)え、じぱっとぅ、注(ち)がんどぅんあれえ、じいぐいさりんどお。
A行ちい慣りらんどぅんあれえ、道ざあま成ゆしが。
Bざあん無(ね)えらんどぅんあれえ、はごうささりやびいん。
Cかまじし喰(く)うらんどぅんあれえ、ちゅらかあぎやみせえしが。
D妻(とぅじ)んとぅめえらんどぅんあれえ、一人前(いちにんめえ)やあらんどお。


【余計な一言】
「かまじし(不愛想)」の「元の意味は何か」と沖縄市でうちなあぐちのサークル活動をされている先輩に訊かれたことがありますが答えられませんでした。「かまじし」を「喰う」とは、よほど、「喰うに耐えないもの」の意味なのでしょうが、この「喰うに耐えないもの」とは何でしょうか。「釜肉?」、「窯獅子?」それとも???。ご存知の方は教えてください。
【応用問題】
次の沖縄語文を日本語文に直しなさい。
@戸(はしる)開きらんあれえ、息切(いじち)りゆんどお。
A地(じい)や、とおみらんあれえ、家(やあ)や建てぃららん。
B気(ち)がきらんあれえ、試験のお通やびらん。
C早(ふぇえ)く、温(ぬく)たまらんあれえ、ふぃずるかんじゃあまあゆしが。
D良(ゆ)う、噛(か)なあち、食(か)まんあれえ、肥(くぇ)えゆんどお。


@戸を開けないと、息苦しいよお。

A地面は均さないと、家は建てられない。

B精を出さないと、試験は受かりません。
C早く、温まらないと、悪寒に見舞われるけど。

D良く噛んで食べないと、太るぞ。

第42講 〜しないと、〜U。2010/7/23
@草は枯らさない、燃えないよ。
Aかがまない、床下は覗けません。
B絵は、よほどの興味が無い、描けません。
C包帯で巻いておかない、しみて痛むよ。
Dしっかりしない、お灸を据えられることになるけど。
@草(くさ)あ、枯(か)らさんとお、燃(め)えらんどお。
A屈(かが)まらんとお、床下(ゆかさ)あ、すう見(み)や、ないびらん。
B絵(いい)や、すうまんとお、描ちゆうさびらん。
C包帯(ふうてえ)し、巻ちょおかんとお、すうむんどお。
Dしょう入らんとお、灸(やあちゅう)、焼かりいしが。
【解説】「〜しないと、〜」の別バージョンです。中部では前講同様に使用頻度は多いですが、首里那覇辺りでの使用頻度については、私は把握しておりません。
 
例文@「草あ」は「草は」。語尾がア行である名詞に付くヤ系係助詞(「や」、「あ」、「え」、「(の)お」)は普通は「あ」になります。「草や」でも良いですが文語調になります。口語(話しことば)で「や」を使う場合は、これが付く名詞語尾が母音や伸ばし音である場合においてです。それ以外は殆ど使いません。『沖縄語辞典』では、ヤ系助詞は「や(ja)」のみが紹介されています。「や」以外の係助詞は名詞語尾の長音のように考える表記(例「草ー」)が主流となっている事情があるからでしょうか。読者のみなさんは学者などの意見を参考に自分の表記スタイルを作ってください(参考「余計な一言」)。ちなみに私は学者ではありません。それがゆえに(学者でないために)、長音を母音で表記する日本語の表記法に従っているだけです。ヤ系係助詞については、再度、講を独立させてご紹介いたします。
例文A「床下」は「ゆかしちゃ」ではなく「ゆかさ」となります。誤植ではありません。
例文B「すうむん」は「夢中になる、大いに興味がある」などの意味の動詞です。「すうみ」は「興味」という意味の名詞です。
例文C「すうむん」は上の「すうむん」と同音ですが、「染みる、染みて痛む」などの意味の別の動詞です。
例文D「しょう」は人間の精神の基礎をなすものなのでしょうか。「しょう入っちょおん(しっかりしている、賢い)」、「しょうん無えん(精神的に危なっかしい、賢くない、芯が抜けている)」などの使い方をします。

【余計な一言】
 沖縄語の表記法は、長音を棒線記号「ー」でする表記が多いですが、私は上の係助詞の説説明を含み語の構成を示しやすい日本語式表記でなされるべきと一貫して、主張し続けています。しかしながら、主張することと、押し付けることとは別ですから、読者の方は自由に自分の好みと判断で選択してくださいと述べているのです。
【応用問題】
次の沖縄語文を日本語文に直しなさい。
@うぬ茶(ちゃあ)や、早(ふぇえ)く飲(ぬ)まんとお、温(ぬる)っくぃゆんどお。
Aうふ叫びいさんとお、聞(ち)ちぐりさいびいんどお。
B急(いす)がんとお、夜(ゆう)ぬけえ、ゆっくぃいゆしが。
C座(ざあ)やはねえかさんとお、面白(うむ)くん無(ね)えらんどお。
Dうぬ水、ゆてぃらんとお、けえ、あんでぃゆんどお。

答え:
@そのお茶は、早く飲まないと、温んでしまうよ。

A大声で喋らないと、聞きづらいですよ。
B急がないと、夜が更けてしまうけど。
C座はにぎやかにしないと、面白くないよ。
Dその水はこぼさないと、溢れてしまうよ。

第41講 〜しないと、〜。2010/7/21
@君がしない(やらない)、誰がやるのか。
A沖縄語も習わない、いけないよ。
B台風が来ない、珊瑚は死滅してしまうけど。
C薬を飲まない、良くならないよ。
D早く決めない、はかどりません。
@汝(いやあ)が、さんでえ、誰(たあ)が、すが。
Aうちなあぐちん、習(なら)らんでえ、成いびらんどお。
B台風(ううかじ)ん、来(く)うんでえ、珊瑚(さんぐ)お、けえ死ぬしが。
C薬(くすい)飲(ぬ)まんでえ、ましえならんどお。
D早(ふぇえ)く決(ち)わみらんでえ、前(めえ)あがちん成いびらん。
【解説】
 「〜しないと、〜だ、〜する」という意味の構文に相当する「〜んでえ、〜」は、実際は「〜動詞未然形+否定助詞(ん)+んでえ、〜」つまり、「〜さ+ん+んでえ」という文型ですが、「ん」の連続を嫌って、例文のような文型になっています。この講では、太字は「でえ」の部分のみにしておきました。そういえば、第19講の「〜んでぃ」も「ん抜き」の「〜でぃ」もありましたよね。

 意味もニュアンスも全く同じ構文に次のようなものがありますが、次回と次々回に紹介します。
〜とお」を使用する例       @汝が、さんとお、誰がすが。
〜さんあれえ」を使用する例  A汝が、さんあれえ、誰がすが。
くどい言い方としては「〜さんどぅんあれえ」があります。「どぅ」は前語を強調する助詞で、文中の殆どの語に付きます。話者達は無意識に日常茶判事に使用していますので、嫌でも覚えておく必要があります。

例文A「習らんでえ」は「習あんでえ」でも構いません。同じ否定文です。
例文B「けえ」は「〜しまう」の意味の副詞で、動詞の前につきます。「ちい」という副詞も同じ意味ですが、「ちい」を使う動詞は「いしゆん」、「けえらすん」など少ないです。
例文C「ましなゆん」(良くなる、改善する)における「まし」は、「ましやん」(ましである、好きである)の語幹「まし」と同じものです。
例文D「決める」は、ついうっかり、日本語風に「決みゆん」などと使う人もいますが、「ちわみゆん」が正しいです。「ちみゆん」は「(何かを)短く切る」という意味です。「前あがち」は「(働くことが)前進すること、はかどること」の意味で、「あがちゅん」は「労働する、はかどる」という意味があります。

【余計な一言】
 「さんでえ」はこの「さんどぅんあれえ」から発達したものだとも考えられます。「にふぇええでえびる」や「良い正月でえびる」の「でえびる」も「どぅやいびいる」から音的に発達してきたものです。
 もう一言。私は文章語では、基本的には、オーソドックスな「んでぃ」や「んでえ」を使うように心がけていますが、ときとき、わざと、といいより、「でぃ」、「でえ」というバリエーションもあることを残しておく必要にかられて、使うこともありますが、編集者や校正担当に誤植ではないかと、余計な心配をすることあがあります。
【応用問題】
次の日本文を上の文を参考に沖縄語文に直しなさい。
@晴れないと、洗濯物は乾きませんよ。
A夏の夜はクーラーを点けないと、眠れません。
B注文しないと、商品は作りません。
C人が集まらなければ、商売はできません。
D彼はせかさないと、何もしないのだけど。

答え:
@晴りらんでえ、洗え衣や、乾(かあ)らちゃいらんどお。
A夏(なち)ぬ夜(ゆる)お、クーラー点(ち)きらんでえ、寝(に)んだりやびらん。
Bあちれえらんでえ、品(しな)あ、作(つく)やびらん。
C人(ちゅ)ぬ揃(す)りらんでえ、商(あちね)えや、成いびらん。
D彼(あり)え、あぎまあさんでえ、何(ぬう)んさんしが。
第40講  あれもしよう、これもしよう。2010/7/17
@あれもしよう、これもしようで、目眩がする。
A本も読もう、新聞も読もうで、忙しい。

B散髪もする、髭も剃るで、安い手間賃と引き合わないよ。
C今日は木も切る、草も刈るで、忙しい一日だよ。

D眼科にも行く、歯医者にも行くで、ああ、うっとおしい。
@ありん、さあやあ、くりん、さあやあ、目暗(みいくら)がんそおん。
A書物(しむち)ん読(ゆ)まやあ、新聞(しんぶ)ぬん読ま(ゆ)やあ、忙(いちゅな)さん。
B断髪(だんぱち)ん切(ち)みらやあ、髭(ふぃじ)ん剃(す)らやあ、安手間小(やしでぃまぐぁあ)とぅ合たらんさ。
C今日(ちゅう)や、木(きい)ん切(ち)らやあ、草ん刈らやあ、ひっちい、忙しむんやさ。
D眼屋(みいやあ)んかいん行かやあ、歯屋(はあ)んかい行かやあ、あっせ、あんましむん。
【解説】
 「ありんさやあ、くりんさやあ」は日本語では、一応、最もニュアンスが近いと思われる「あれもしよう、これもしよう」などと、訳していますが、実際は、日本語には訳はできません。逆訳すると、「ありさい、くりさい(あれをしたり、これをしたり)」(第21講)、「ありんすん、くりんすん(あれもする、これもする)」など複数の候補文がでてきます。この文は実際、使いながらニュアンスを掴むしかないかもしれません。
 「ありんさあやあ」と単文になると、末の「やあ」が感嘆詞となり、「あれをしようねえ」という意味になってしまいます。(実際は、この重ね文における「やあ」は感嘆詞の「やあ」に比べて、語調が弱いので区別できるとは思いますが…。)

例文@「目暗がん」(目眩い)は、「くくとぅみんぐぁあ」、「くくとぅみんぐぃい」とも言います。
例文A「新聞ぬん」は「ん」は日本語の「も」に対応する助詞ですが、沖縄語では前語の語尾が「ん」である場合は「しんぶぬん」と、前語尾「ん」と結合して「ぬん」となります。あるいは、助詞「ん」はそのままで、前語の語尾が「ぬ」に変音すると考えても構いません。私は名詞はなるべく、本来の形で表記したいと考えている(消極的支持=消去法的支持*)ことから、前者のような説明をしています。
例文B「散髪する」を慣用的に「断髪切みゆん」と言います。「切みゆん」は主には「切って短くすること」の意味に使うようです。「切る」は普通は「切(ち)ゆん」です。「安手間小(ぐぁあ)」の「手間」は「手間賃」の意味です。「小」は小さいもの、少ないもの、可愛らしいもの、小ばかにしたものなどに使います。
例文C「ひっちい」は「日中、一日中」の意味です。
例文D「あっせ」は「あいええなあ」など、様々なバリエーションがあります。「あんましむん」は肉体的にも精神的にも辛い思いや感情があるときに使います。

【注】語形保存表記:テレビは見ない」は「テレベー、ンダン」、または「テレベー、ンーダン」などと言いますが、これを「テレベー、見だん」と「テレビえ、見だん」の何れかを選択しなければならないとしたら、前者の「テレベー」の形を説明するより、「テレビえ」を説明した法が文法的説明がし易いという消極的な考えから、私は後者の表記法を支持しています。発音通りでないという後者にも不具合はありますが、様式化された書きことばの確立を目指すという考えから、後者を選択するものです。当然、読者の皆さんは各自の考えの通りでよいです。

【余計な一言】
 この「やあ」は用言の未然形に付いていることは確かですが、接続的な意味を表わす品詞(接続形)として確定しているかどうかは、不明です。とういうのも、前述のように、「〜しようねえ」という「話しことば短文」から発達した重ね文であると考えられるからです。そのようの解釈すれば、この「やあ」は単に感嘆詞の類ともいえます。「やあ」抜きでも文は成立するからです。「ありんさ、くりんさ」(意味は全く同じです)。しかしながら、確立された構文の一種と考えるのであれば、「接続助詞」であるとも考えられます。あるいは、「発達途上」にあるとも考えられます?だからなのでしょうか、この「やあ」のこのような使い方に関する説明は『沖縄語辞典』にはありません。
【応用問題】
次の沖縄語文を日本語文に直しなさい。
@乳(ちい)ん飲(ぬ)まさやあ、檻褸(かこう)換(け)えらやあ、若あんまあたあや忙(いちゅな)しむんやんやあ。
A文(ぶ)ぬん書かやあ、意味ん調(しら)びらやあ、自一人(どぅうちゅい)し、諸(むる)さんでえならん。
B墨(しみ)ん習らやあ、塾んかいん行かやあ、今(なま)ぬ童(わらば)たあや、遊(あし)ぶる暇(ふぃま)ん無(ね)えやびらん。
Cたんかあ祝(ゆう)え*んじ、赤(あか)ん子(ぐぁ)ぬ、ありん取らやあ、くりん取らやあ、可笑しむんやさ。
Dこおぐん曲がらやあ、歯(はあ)ん抜(ぬ)ぎらやあ、年(とぅし)え、取(とぅ)い欲(ぶ)しゃくん無(ね)えらんむんやさ。
注:満一年の誕生祝いでは、机や敷物の上に仏飯、算盤、鉛筆、お金など、様々な品を並べて、赤ん坊に取らせる。取った品によって、赤ん坊の将来や性格を占う。

答え:
@乳もあげる、おしめも替えるで、若い母親達は忙しいもんだねえ。
A文も書く、意味も調べる、全部、自分ひとりでしなければならない。
B習字も習う、塾にも行くで、今の子供達は遊ぶ暇もないです。
C満一年祝いで、赤ん坊は、あれも取るこれも取るで、可笑しこと。
D腰も曲がる、歯も抜けるで、年は取りたくないものだよ。

第39講 〜しながら、〜するU 2010/7/9
@これは話を聴きながら、書いたものです。
             (書いたものだよ)
A歌は労働しながら、歌うものですよ。
B酒を飲みながら、煙草は吸わないで。

C民謡を習いながら、沖縄語の勉強をしています。
 民謡を習いながら、沖縄語の勉強をしているよ。

D彼女は映画を見ながら、涙を落としていました。
@くりえ、話聴(はなしち)ちがちい、書ちゃるむぬやいびいん。
                        (書ちゃるむんやさ)
A歌あ、仕事(しくち)さがちい、歌ゆるむんやいびいんよお。
B酒(さき)飲まがちい、煙草(たばく)お吹かんけえ。
               (煙草お、吹くなけえ)
C葉唄(ふぁあうた)習(なら)いがちい、うちなあぐちぬ勉強(びんちょう)そおいびいん。
 葉唄習がちい、うちなあぐちぬ勉強そおんどお。
D彼女(あり)え、映画(いいが)見(ん)じがちい、涙(なだ)落(う)とぅちょおたん。
                   (見じがちい
【解説】
 「〜ながら、〜」という文は前講の「〜がなあ」もこの「〜がちい(がしい)」も殆ど同じ意味です。ただ、後者の場合は副詞を作る接尾語「なあ」を付けることによって、その文があたかも副詞であるかのようになることです。ニュアンス的にも「〜がなあ」に比べ、副詞的用法のに匂いがします。地方によっては、「〜ちい」が「〜しい」になります。
 「〜がなあ」同様、存在動詞「やん」が絡んでいるため、地方によっては、「やん」の連用形「や」が「い」に変音し、「〜いがちい、〜いがしい」という形を取ります(例は下を参照)。(沖縄語では「や」が「い」に変音する例は多くあります。(例:ややびいん→やいびいん、取ゆん」→取いん等。「や」音はどちらかといえば首里語系です(那覇語系でも「や」音のままの場合もありますので、入り乱れているといえます)。
 
例文@「話聴ちいがちい」でも良いです。「むぬやいびいん」は、もちろん「むんやいびいん」でもOKです。
例文A「仕事しいがちい」でも良いです。「仕事さ」の「さ」は「しや」の変音と考えられます。
例文B「酒飲みいがちい」でも良いです。「飲」の「ま」は「飲みや」の変音と考えられます。
例文C「葉唄」は「民謡」でも勿論良いです。「うちなあぐち」の「うちなあ」はおもろさうしでは「おきなわ」「あきなわ」などと標記されています。組踊以前の琉球古文はすべて五母音式標記だからです。これを琉球音式(三母音式、)に変換法則に従って変換すると、「うちなあ」となります。(変換法則、あ→あ、い→い、う→い、え→い、お→う、語尾「わ」→あ、語尾「り」→い、拗音については「琉球語音による漢語の発音」を参照してください)

以下は、「なあ」を付けた場合を含む表現のバリエーション。あなたの地元でよく耳にするのはどれですか。私のところでは、婚族の関係もあって、すっかり混合しています。
@聴ちゃがちいなあ。聴ちいがちいなあ。聴ちいがしいなあ。聴ちゃがしいなあ。
Aさがちいなあ。しいがちいなあ。しいがしいなあ。さがしいなあ。
B飲まがちいなあ。飲みいがちいなあ。飲みいがしいなあ。飲まがしいなあ。
C習やがちいなあ。習いがちいなあ。習いがしいなあ。習やがしいなあ。
D見じゃがちいなあ。見じいがちいなあ。見じいがしいなあ。見じゃがしいなあ。

語尾に「なあ」を使う副詞例:
「ようんなあ」「ひっちいなあ」など。
【応用問題】
次の日本語文を沖縄語文になおしなさい。
@妻は赤子をあやしながら、おしめを換えていた。

A怒りながら、話するものではない。
Bこの病気は薬を飲みながら、治しますよ。
C考えながら、働け。
D節約しつつ、お金を貯めよ。

答え:
@妻(とぅじ)え、赤子(あかんぐぁ)しかさがちい、檻褸(かこう)換(け)えとおたん。
Aわじわじいさがちい、話すぬむのおあらん。
Bくぬ病(やんめえ)や、薬(くすい)飲(ぬ)まがちい、治さびいさ。
C考えやがちい、あがけえ。
Dあがねえやがちい、銭(じん)や貯みり。
 あがねえいがちいなあ、銭(じ)のお貯みれえ。

第38講 〜しながら、〜する。2010/7/8
@私はラジオを聴きながら、掃き掃除をします。
A母は食事をしながら、おしゃべりしていらっしゃいます。
B妹は電話をしながら、メモをとっています。
C父は頭を掻きながら、詫びていました。


D従弟は重いものを持ちながら、体を鍛えています。
E子どもは叫びながら、走り去った。
@我(わん)ねえ、ラジオ聴(ち)ちゃがなあ、掃(ほう)ちかちさびいん。
Aあんまあや、むぬ食(か)まがなあ、ゆんたくそおみせえん。(対目上)

B妹(うみっとぅ)お、電話(でぃんわ)さがなあ、むぬ書ちょおん。
Cすうや、頭(ちぶる)掻ちがなあ、いいわきとおみせえたん。
             いいわきとおたん。
D従弟(いちく)お、重物(んぶむん)持(む)ちがなあ、胴(どぅう)頑丈(がんじゅう)らちょおいびいん。
E童(わらび)え、叫(あ)びがなあ、走(はあ)ええなてぃ去(は)いたん。
【解説】
 「〜しながら」は「〜がなあ」となります。「がなあ」の前の動詞は、連用形+存在動詞(日本語の形容動詞にほぼ相当)の連用形「や」が結合したものと考えられます。例えば「がなあ(しながら)」の「」は「しや」が「」に、「聴ちゃがなあ」の「ちゃ」は「聴ちやがなあ」に、「飲まなあ」の「」は「飲みやがなあ」の「みや」が「ま」となっている考えれます。「叫(あ)びゆん」などのユン動詞における「叫びやがなあ」というのが本来の形だと考えられるからです(いつもの通り私論です)。いつもの通り難しい話は右の耳から左の耳へ聞き流しましょう。
 なお、「がなあ」について『沖縄語辞典』では「接尾」と説明されていますが、私は寧ろ接続助詞の類だと考えています。
 また、同じような意味を表わす「〜がちい、〜がしい(地方語)」は別講で紹介します。
 
例文@「掃ちかち」の「かち」は「〜仕事」を表わす語。「すすいかち」は「拭き掃除」、「用事(ゆうじ)かち」は「用事」。
例文B「妹」は通常は「弟」と同じく単に「うっとぅ」または「ゐなぐうっとぅ」と言いますが、ここでは、今では少数派の「うみっとぅ」にしました。男女の別を表わしたいからです。ちなみに、「うみない(姉妹、お姉さま、妹様)」は士族の兄弟から言う場合の敬称。沖縄では姉妹は兄弟の守り神という考えからこのような敬称が発達?したのでしょうか。
例文C「いいわきゆん(言い訳ゆん)」は沖縄語では「詫びる」「謝る」などに転じています。
例文E「走ええなてぃ去いたん(走り去った)」は慣用句として覚えましょう。沖縄語から日本語への直訳は「走り合い 成り 去る」と意味不明?状態になります。日本語から沖縄語への直訳は「走てぃ去ゆん」は文法的には問題ありませんが、そういう言い方は絶対にありません。元々、「走(は)ゆん」(ユン動詞)は人間には使わないからです。「月ぬ走いや馬ぬ走い」などと、人間以外に使います。人間には必ず、「走(はあ)ええなゆん」、「走ええすん」などと使います。前者は「走ええ」を名詞に、後者は動詞の「語幹」にしています。
 ちなみに、「はゆん」を人間に使う場合は、「去る」という意味になってしまうのです。(この場合の「はゆん(去ゆん)」は『沖縄語辞典』には載っていません。)
 なぜ、このように変ちくりんようになったのかは分かりません。
【応用問題】
次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
@彼はお金もありながら、ケチだな。
A叔母と相談しながら、決めたいと思います。

B女は時計を見ながら、待っていました。

C目を閉じながら、片足で立ってごらん。
Dよそ見をしながら、運転するものではない。

答え
@彼(あり)え、銭(じ)ぬん、有いがなあ、いやさあやっさあ。
A叔母(うば)まあとぅ相談(そうだん)さがなあ、決(ち)わみらな(または「決わみら」)んでぃ、思(うみ)とおいびいん。
B女(ゐなぐ)お、時計(とぅちい)見(ん)じゃがなあ、待(ま)っちょおいびいたん。
C目(みい)閉(くう)やがなあ、片足(かたふぃさ)し、立っちんでぃ。
D横見(ゆくみ)さがなあ、車歩っかするむのおあらん。

注:@「けち」には、普通は上の「いやさあ」と「いびらあ」を良く使いますが、「握(にじ)らあ」、「銭五十(じんぐんじゅう)」等もあります。「握らあ」は金を握り締めて離そうとしない者、「銭五十」とは「五十文(一厘)でも惜しむことの」例えからきています。後者のニつは、目に見えるようで分かりやすいが、今はあまり使わなくなりました。
C「立っちんでぃ」は「立っちんでえ」、また地方によっては「立っちんまあ」などとも言います。
D「車歩っかすん」は「車運転すん」でもよいです。

第37講 あの子は勉強しないで、遊んでばかりいるよ。 2010/7/6
@今夏は、海には行かずに、山へ行きます。

A肉は食べない、魚をたべましょう。
Bあの子は勉強はしない、遊んでばかりいるよ。

C三味線は弾かずに、歌だけ歌います。
D自分勝手なことをしない、人のいうことを聴きなさい。
@今度(くんどぅ)ぬ夏(なち)え、海んかいや行かんようい、山んかい行ちゃびいん。
A肉(しし)え食(か)まんようい、魚食(いゆか)なびら。
Bあぬ童(わらび)え、勉強(びんちょう)やさんようい、ふぃっちい遊(あし)どおさ。
C三味線(さんしん)や弾(ひ)かんようい、歌びけん歌やびいん。
D自勝手(どぅうがてぃい)さんようい、人(ちゅ)ぬ言(ゆ)し、聴(ち)けえ。
【解説】
 「〜しないで、〜する」は、「動詞終止形+ようい、〜すん」という形の文になります。前回(第36講)の「〜な、〜」は、主には「原因と逆接敵な結果」とを表わす文でしたが、今回は必ずしも「原因と逆接結果」ではないので、少しニュアンスがことなります。文の内容(文脈)によっては、いずれの文でもよい場合はがあります。

例文@「今度(くんどぅ)」は沖縄語では、「今度」の意味もありますが、話しことばでは、「今年」の意味にも使われます。民謡や文語では、「今年むづくい(今年の作物)」という風に、「今年(くとぅし)」も使います。ちなみに去年は「くず」ですが、日本古語の「こぞ」と同じですね。一昨年は「んちゅ」、「んちゅ」の前の年、つまり四年前は「」ゆとぅ」と言います。
例文A「肉(しし)」は.日本古語そのままです。魚(「いゆ」または「ゆう」)は北京語の「yu」と同じです。
例文B「ふぃっちい、ひっちい」は「一日、終日」の意味ですが、転じて、「しょっちゅう、ずっと」という意味にも使われます。
例文D「自(どぅう)」は私の当て字です。「胴」を当てる人もいますが、私は精神的自分は「自」で肉体的自分つまり自分の体は「胴」を当てています。
【応用問題】
次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
@髪を切らずに、伸ばしています。
A薬はつけずに、傷が治ったよ。
B化粧もしないで、行くつもりですか。
           (いらしゃるつもりですか)

C酒を飲むなら、車を運転しないで、行ってくださいよ。
D意味も分からず、協力しました。

答え
@髪(からじ)切(ち)らんようい、伸(ぬ)ばちょおいびいん。
A薬(くすい)や、なしらんようい、傷(きじ)ぬ治(のお)とおんどお。
B面作らんようい、行ちゅる積(ち)むええどぅやみせえみ。(目上)
 面んしださんようい、行ちゅる積むええどぅやみせえんなあ。(目上)
 面作いんさんようい、行ちゅる積むええどぅやみせえびいみ。(目上)
 面(ちら)んしださんようい、行ちゅる積むええどぅやんなあ。(目下)
C酒(さき)飲(ぬ)むらあ、車運転さんようい、めんそおれえ。
D意味ん分からんようい、加勢(かしい)さびたん。

第36講 草も取らず、その畑は荒れています。 2010/6/14
@雨も降ら、野菜が枯れてしまった。
A飯も食わ、痩せてしまった。
B文字も分から、勉強もできません。
C草も取ら、その畑は荒れています。
D髭も剃ら、老人のようです。
Eお金がな、何も買えません。
@雨(あみ)ん、降ら、野菜(やせえ)や、けえ枯りとおん。
Aむぬん、食(か)ま、けえようがりとおん。
B字(じい)ん分から、勉強んしいゆうさびらん。
C草ん取(とぅ)ら、うぬ畑(はる)お、さぼうりとおいびいん。
D髭(ひじ)ん、剃(す)ら、年寄(とぅす)いぬ如(ぐと)おいびいん。
E銭(じん)ぬ無(ね)えら、何(ぬう)ん買(こ)ういゆうさびらん。
【解説】
 文の接続(順接)の説明をしているつもりでしたが、ここしばらくは、動詞の接続形(補助連用形)の説明になってしまいました。動詞は後、一種類「セエン動詞」のみを残していますが、後日、「尊敬語」という講で、まとめて説明いたします。今回から、逆接の説明をいたします。解説は難しいと思っている方は、例文のみを繰り返し読んでください。むしろ、その方が上達は早いかもしれません。
 今回は「〜せず、〜になった」は、沖縄語では、「〜さ、〜んかいなとおん」という形になります。主には、「前文が原因(〜なの)で、後文の結果になった」という逆接文ですが、必ずしも原因と結果という接続を表わすとは限りません。
 例:「雨え降らな、ちゃあ晴りいそおん」→「雨は降らず、ずっと、晴れています」。

例文@葉野菜は特に「青葉(おおは)」とも言います。「けえ」は動詞の前に付く副詞で「〜してしまう、〜なってしまう」などの意味を表わします。
例文A沖縄語の「むぬ」は「物、者」の他に「食べ物」の意味もあります。
例文B「如おいびいん」は「如おん」の進行形(持続態)です。「〜ぬ如おいびいん」はやや古めかしい言い方ですが、同義語の「〜ねえそおん」と並んで多く使います。「〜ねえん」を使う場合の文は「髭ん剃らな、年寄いねえそおん」となります。

【余計な一言】
小学館の『新選古語辞典改定新版』には、「な」について、「打消しの助動詞「ず」の古い未然形」と説明されています。沖縄の日常語には、はまだ日本の上代語が残っているわけです。
【応用問題】
次の日本文を沖縄語に直しなさい。
@髪も洗わず、フケ だらけ になっています。
A咳が止まらず、病院へ行きました。
B練習もせず、負けてしまった。
C働きもせず、追い出された。
D薬は飲まず、病気は余計に悪化しました。


@髪(からじ)ん、洗らな、いりち ぶったあ 成とおいびいん。
Aさっくいぬ止まらな、病院ぬんかい、行ちゃびたん。
B練習んさな、けえ負きとおんん。
C働ちいんさな、追ゐ)い放(ほう)らったん。
D薬(くすい)や飲(ぬ)まな、病(やんめえ)や、たった、悪っさなとおいびいん。
注:「たった」の代わり「ゆくん」でもよい。

第35講 「もう帰る」と言って出て行きました(ユン動詞) 2010/5/24
@「もう帰るよ」と、言って、出てゆきました。

Aそんなことを言って大丈夫ですか。
 
Bそれを必ず買うと言って、言うことを聞きません。


Cそうだと言っても、分からない。
D言うべきことは言ってから、辞めるべきです。
@「なあ帰(けえ)ゆんどお」んでぃ、言(い)ち、出(ん)じてぃ行ちゃびたん。
Aうんな事(くとぅ)言ち、支(ちけ)え無(ね)えやびらに。
 うんな事言ち、支え無えらに。(非丁寧文)
Bうり必(かんな)じ、買(こ)うゆんでぃ言ち、言しん聞(ち)ちゃびらん。
 うり必じ、買うゆんでぃ言ち、言しん聞かん。(非丁寧文)

Cあんやんでぃ言ちん、分からん。
D言いびちいやしえ、言ちから、辞(や)みいちいやいびいん。
【解説】
 この講では、「言(ゆ)ん」の接続形について説明します。
 動詞「言ん」は、終止形が「ユン」否定形が「イャン」接続形(補助連用形)が「イチ」の形をしています。否定形の形からヤ行で活用しますので、拙書『実践うちなあぐち教本』ではラ行ユ活用としていますが、これに該当する動詞は「言ん」しかないことと、古い形である「言(い)ゆん」の否定形は「言らん」(ラ行)であり、少ないとはいえ、まだ存続していることから、ここではユン動詞と呼称します。組踊などでは、「いゆん」、「ゆふん」などと表記されている場合もあります。

 また、本来は「そのように言う」の意味の「あん(し)言ん」が変化し「あい言ん」で「言う」の意味となっている地域もあります。
例:「彼(あ)りんかいん、あい言ちょおきよお」(彼にも言っていてね)
  「誰(たあ)んかい、あいやんきよお」(誰にも言わないでよ)

『沖縄語辞典』では「不規則」とあります。
 「来ゅうん」といい、この「言ん」といい、頻度の高いと思われる動詞でありながら、妙に崩れているには何かわけでもあるでしょうか。
 上の@とBの接続用法は、実際は、「んでぃち」と「言」が接続助詞「でぃ」に吸収されて、全体があたかも「んでぃち」という接続助詞のように使われています。ですから、@、Bの用法は多少くどい言い方でもあり、また丁寧な言い方であるとも言えます。

 下は上の@〜Bと同じ接続の意味を表わす別の言い方です。
言ちゃあに、言ちゃあま、言ちゃあい。 
【応用問題】
次の沖縄語を日本語に直しなさい。
@あぬ人(ちゅ)お、ちゃっさ、言ちん分からんどお。
Aあぬ童(わらべ)え、何んでぃ言ち、むさげえとおが。
B歯(はあ)ぬ痛(や)むんでぃ言ち、泣ちょおいびいん。


@あの人は、いくら言っても分からないよ。
Aあの子は、何と言って、騒いでいるのか。
B歯が痛いと言って、泣いています。

第34講 沖縄は台風が多くて大変です。(マンドオン動詞) 2010/5/5
@沖縄は台風が多く大変です。
 沖縄には台風が多く大変だ。
A図書館は本だらけです。
 図書館は本が本だらけだ。
B古城の中は木が生い茂っています。
 古城の中には木が生い茂っている。

C野菜が多いのなら、少し分けておくれ。
D草が多くても、刈ろうとしない。
E草が多いということだから、刈るのである。
@うちなあや、台風(ううかじ)ぬまんでぃ、でえじやいびいん。
 うちなあや、台風ぬまんでぃでえじやん。
A図書館や本ぬまんぃ、ぐぁさぐぁさやいびいん。
 図書館や本ぬまんでぃ、ぐぁさぐぁさ。
B城(ぐしく)ぬ中(なあか)あ、木(きい)ぬ生(み)いまんでぃ、ふしがりやびらん
 城ぬ中あ、木ぬ生みまでぃ、ふしがらん。
C野菜(やせえ)ぬまんどおてぃから、いふぇえ分きてぃ呉(くぃ)みそおり。
D草ぬまんどおてぃん、刈らんでぃんさん。
E草ぬ生いまんどおてぃから、刈いるする。
【解説】
 「たくさんある、多い」という意味を表わす「まんどおん」という動詞は、進行形(持続態)と接続形(補助連用形)のみがあります。進行形については後日説明します。『沖縄語辞典』(国立国語研究所)には「持続態のみを用いる」とありますが、終止形がないことを意味していると思われます。さらに同書には接続形(補助連用形)として、「=ti」としていますが、この用法は、第31講(シムン動詞)で説明したように、上の「でぃ(di)」とは別系統の用法です。@〜Bまでの用法と、C〜Eの用法は別系統であることは一目瞭然です。
 
 研究者も混乱させるほど、面白い動詞です。動詞とはいえ、日本語にはいちいち「多く有る」と訳すより単に「多い」と訳されます。否定形は無いので、「いきらさん(すくない)」という別の形容詞で表現したり、「まんでえねえん、まんでえねえらん(多くない)」という動詞(日本語では形容詞)で表現したりします。 「多(うふ)くあん」という別語でも代用は可能ですが、淡白で物足りない表現になってしまいます。

例文A「まんでぃ、ぐぁさぐぁさ」の「そこら辺一帯に多くあるさま」のことを表わす言い回し(慣用句)です。「ぐぁさぐぁさ」の次に来るべき「あん(ある)」や「やん(である)」などが略された副詞です。
例文B「生いまんでぃ」も慣用句として覚えた方がよいでしょう。他例「採(とぅ)いまんでぃ(多く採って)」、「降いまんでぃ(多く降って)」等。
例文C「刈らんでぃんさん」という言い回しは準慣用句として覚えましょう。他例「取らんでぃんさん(取ろうともしない)」、「飲まんでぃんさん(飲もうともしない)」
例文D「まんどおてぃから、刈いるする」の日本語への訳は実は微妙です。「草が多いのであれば、刈る方が良い」、「草が多いという事であれば、刈らねばなるまい」とも意訳できます。「刈いる」の「る」は強調助詞「どぅ」の清音で「刈いるどぅする」でも良いです。次にくる動詞などの用言はこれを受けて、(ここでは「すん」を「する」で)連体形で結びます。
 直訳も意訳も難しいのは、私の日本語力が乏しいからでしょうか。この用法も準慣用句として覚えた方が良いです。他例は「寒(ふぃ)いさてぃから、閉みいるする」、「まあさてぃから、食みいどぅする」など。とかく、頻繁に強調助詞を使う沖縄語の日本語訳は「通訳」泣かせです。

【マンドオン動詞例】「まんどおん」のみです。

【余計な一言】
 もし、「まんどおん」が完全な動詞だとしてその終止形の存在を予測するとすれば、「まんむん(満ちる)」(首里語では「まんぬん?」)という形かも知れません。
【応用問題】
 次の沖縄語文を日本文に直しなさい。
@うちなあんかいや、今(なま)ん不発弾(ふはちだん)ぬまんでぃ、でえじやいびいん。
A雨(あみ)ぬ降いまんでぃ、にりとおいびいん。
B白髪(しらぎ)ぬまんでぃ、年寄(とぅす)いぬ如(ぐと)おん。
Cう客(ちゃく)ぬ来(ち)いまんでぃ、いそうさいびいん。


@沖縄にはいまだに、不発弾が多くて、大変です。

A雨が多くて、嫌になっています。
B白髪が多くて、年寄りのようです。
Cお客さんが大勢来て、嬉しいです。

第33講  可愛がっていた犬はもう死んでいません(シヌン動詞)。2010/4/22
@可愛がっていた犬は、もう死んでいません。

A猫は死んでも、お墓には入れません。
B死んでしまってからは、反省のしようもありません。
@愛(か)なさそおたる犬(いん)や、なあ死じ居(をぅ)らんなとおいびいん。
A猫(まやあ)や、死じん、墓んかいや入りやびらん。
Bけえ、死じからあ、斟酌(しんしゃく)すぬ事(くとぅ)ん、ないびらん。
【解説】
 動詞「死ぬん」否定形が「死なん」接続形(補助連用形)が「死じ」となります。『沖縄語辞典』には、活用を説明する箇所には「不規則」とのみ記されています。
 「死ぬん」は人の死に対しても用いないわけではありません。ですが、やはり人の死は特別なのでしょうか、「まあすん」という語を使います。
 拙書『実践うちなあぐち教本』には「ヌン活用(動詞)」となっていますが、次の理由から「シヌン動詞」と改めさせていただきます。
 一つには、該当する動詞が「死ぬん」しかないこと。
 二つには首里語系では終止形が「ヌン」となる那覇語系の「ムン動詞(例:那覇語「読むん」→首里語「読ぬん」)」を説明する際、紛らわしいこと。

文例B「斟酌(=反省)」は日本語の「斟酌」から転じたものです。

【シヌン動詞例】前述のように「死ぬん」だけです。

【余計な一言そのT】
 私が子供の頃は、女性とりわけ老女は「死ぬ」という言葉に敏感でした。昔の女性は言葉には魔力があると信じていたでしょう。うっかり、子供が「死」という言葉を発しようものなら、血相を変えて「その言葉を使うな」と叱られたものです。
 ですから、自分の夫の死に対しても、決して「死」という言葉を使わず、「目閉うとおん(目を閉じた)」などと表現したものです。2年前、80歳過ぎる私の従姉の夫が亡くなった時などは、彼女は、私に「ちゅらすがいけえしみてえんどお(美しく着飾ってしまったよ)」と連絡をくれました。私は空気を読んで、決して意味を問いただすことをせず、お悔やみだけを言いました。
 また、都会では、「唐旅とかハワイ(またフランス)んかい、もうちゃん(ハワイ(またはフランス)へ行った)」などと言ったそうです。病気になることさえも「寝んとおん(寝ている)」と間接的な表現をしたものです。
 ちなみに、王様(御主加那志前)の死については、「御過(うし)じりみせえん(過ぎ去りたまう)」とか「御籠(うく)むいみせえん(御籠もりあそばす)」などと、やはり間接表現をします。

【余計な一言そのU】「死ぬん」の丁寧な言い方である「まあすん」は日本語ではさしずめ「亡くなる」ということになるでしょうか。サンスクリット語やその系列であるヒンディー語では「死」や「死ぬ」を表わす語として、「marana」(マラナ、マラニャ)があります。音的には「シヌ」よりも「まあすん」に近いです。「死ぬ」を北から入ってきた言葉(いわゆる日本祖語)とするなら、「まあすん」はそれ以前にアジアから入ってきたより古い言葉だとは言えないでしょうか。
【応用問題】
 次の沖縄語を日本語に直しなさい。
@死じからあ、むぬ考えやならん。
A床下(ゆかさ)んじ、鼠(ゑんちゅ)ぬ死じ、はごうさん。


@死んでからは、物考えができない。
A床下で、鼠が死んで、汚い。

第32講 ここに来てみてください。(チュウン動詞) 2010/4/16
@ここに来てみてください。
A家に来て、ご飯を食べました。
B友だちが来て、挨拶をしました。
@くまんかい来(ち)なあびれえ。
A家(やあ)んかい、むぬ食(か)なびたん。
B友(どぅし)ぬ、挨拶(ええさち)さびたん。
【解説】
 動詞「来(ち)ゅうん」は、終止形が「チュウン」、否定形が「クウン」、接続形(補助連用形)が「〜チ」の形をします。『沖縄語辞典』(国立国語研究所)には「不規則」と表示されています。この形をとるのは「来ゅうん」だけです。地方によっては、否定形が「来らん」の形もあることから、古い形は「来(く)ゆん」だったのではないかと想像もできますが、確認はできていません。比較的古い形を残すと思われる糸満語(多くは首里那覇語のchがその古音kのままである)では「くうん」の形となり、首里那覇語系の終止形と表面的には同じです。実際は、イントネーションが異なるので糸満人には区別できます。

文例@ 「来なあびれえ」の「なあびれえ」(「見(な)あびれえ)はそれ自体あまり意味のない補助動詞です。非丁寧文は「来ぬうん」ですが、「来見じゅん」も多く使われます。逆にこの丁寧文である「来見じゃびいん」は殆ど使われません。同じ意味の「来なあびり」は済まし言葉です。
文例A 「むぬ(物)」には複数の意味があります。ここでは「食べ物」のことです。「むぬん分からん」は「物事(道理)を知らない」という意味です。

 なお、次は上の接続と同じ意味を表わします。
 来ゃあま、来ゃあに、来ゃあい
【応用問題】
次の沖縄語文を日本語文に直しなさい。
@童(わらび)連(そ)うてぃとぅらせえ。
A太郎(たるう)や沖縄(うちなあ)んかい戻(むどぅ)てぃ、仕事(しくち)そおん。
B朝あ、早々(へえべえ)とぅ来、茶小(ちゃあぐぁあ)やてぃん飲(ぬ)みよお。

答え:
@子供を連れて来てください。
A太郎は沖縄に戻って来て、仕事をしています。

B朝は早々と、来て、お茶でも飲んでよ。

第31講 君が良くても僕は良くないよ(シムン動詞)。2010/4/3
@私も行ってよいのだったら、行かねば。
A君が良くても、僕には良くないよ。
Bそれでも、良いの(か)?。
Cここで、車を運転しても良ければ(運転するのだが?)
@我(わん)にん行(ん)じん、済(し)むてぃから、行ちいどぅする。
A汝(やあ)があ、済むてぃん、我ねえ済まんどお。
Bあんしん、済むてぃい?。
Cくまんじ、車歩っかちん済むてぃから(?)。
【解説】
 動詞「済むん」は否定形が「済まん」、終止形は「済むん」ですが、接続形(補助連用形)は、「済むてぃ」と特異な形をしています。首里語では「済ぬん」ですが、否定形及び補助連用形は那覇語系に同じです。他の動詞のように、「食でぃ行ちゅん」という接続用法は無く、接続助詞「から(日本語の「から」と同じ)」、「ん(日本語の「も)に同じ」につながる場合のみの限定的な接続用法であることから、私自身当初は、接続形は無いものと考えていましたが、限定でも接続用法であることに変わりないので、「済むてぃ」の形を接続形(補助連用形)と捕らえています。また、「済むてぃ」の「てぃ」は動詞の一部ではなく、助詞なのではないかとも疑ったこともありましたが、拙書「実践うちなあぐち教本」を世に出す頃には、やはり動詞の一部として、私の頭の中で整理しています。ただ、「〜てぃから'は、他の用言(動詞、助動詞、形容詞)に付いて、「〜だったら、〜なら」などと、条件や仮定などを意味する用法もある(例:「行ちゅてぃから、忙さてぃから」)ことから、依然、接続助詞の一部をなしているとも考えらることを言っておかなければなりません。
 この「〜てぃ」用法は他の動詞にもあり、後日説明します。

文例@「行ちいどぅする」の「どう」は「行ちゅん」を強調する助詞なので、接続する動詞「すん」は連体形「する」で結ぶ。このような文では、「行けば良い」とか「行かねばなるまい」などと、「良い条件だから、実行すべき」だとのニュアンスのある文体です。ネイティブ話者には何でもありませんが、構文慣用句として覚えた方が良いです。
文例B「済むてぃい」などと接続形(補助連用形)の語尾に同音の母音を連ねると(要するに伸ばし音にすると)、(慣用的に)疑問を表わします。他の動詞でも同じです。この用法については別講で説明します。
文例Cネイティブ話者には何でもない文ですが、日本語化しにくい文です。文例B同様、中途半端な疑問文でもあるような、無いような曖昧な文です。問いかけ文であることには違いありません。理屈より慣用句として覚えた方が良いです。

【シムン動詞例】
シムン動詞は「済むん」だけです。首里語では「済ぬん」となります。「済む」、「終わる」という意味のほかに、「良い」という意味もありますが、『沖縄語辞典』では「良い」という意味があることには触れられていません。

注1:『沖縄語辞典』(国語国立研究書)(殆どは首里語)には、活用については「=man、=di」とのみ掲載(説明)されています。それだけでは前講のムン動詞と同じ扱いのように思われますが、実際の活用は例文にもあるように、「済むんでぃ」となっています。この説明では、他の動詞の説明を総合的に勘案しれば、接続形(補助連用形)は「済むでぃ」という形ぬなるのかと、混乱また勘違いされてしまいます。しかし、実際の例文では、「sinundi ?umutoomi 食ぬんでぃ思とおみ(済むとおもっているのか)」となっています。この例文にある「済むんでぃ」はこれまで説明した接続形(補助連用形の)文構造とは別のもので、「済むん+でぃ」と分解され、「でぃ」は動詞の一部ではなく、明らかな接続助詞なのです(参考 第20講

首里語で「同じ形をしている(と思われる)動詞を比較してみれば、「済ぬん(済むん)」の掲載内容につていて、『沖縄語辞典』が不適切であることが分かります。下例。()内は首里語。
終止形       →否定形     →接続形       →終止形+接続助詞
読むん(読ぬん)→読まん(読まん)→読でぃ(読でぃ)  →読むん(読ぬん)+(ん)でぃ
                  読むてぃ(読ぬてぃ)
済むん(済ぬん)→済まん(済まん)→×   (×   )→済むん(済ぬん)+(ん)でぃ
                  済むてぃ(済ぬてぃ)
                       
 上の×印は存在しないという意味です。つまり、『沖縄語辞典』では、「接続形」のつもりで、「終止形+接続助詞」を例に挙げていることになります。なお、接続助詞「んでぃ」は、前語尾が「ん」である場合は「でぃ」となります。前語尾が「ん」でなくても、口語では既に「ん」は脱落して使用される傾向にあります。(私はなるべく「んでぃ」と表記するように心がけていますが、うっかり「でぃ」となっていることがありますが、決して間違いではありません)

注2:「済ますん」(済ます)という動詞もあります。スン・チ動詞(参考 第24講)であり、「済まち」という接続形(補助連用形)と混同されがちです。

注3:この動詞の説明について、説明の後半にあるように、異論があるかも知れませんが、あったとしても、論じる人の頭(私含む)が変わっているのであって、「済むん」という動詞自体が変わってしまうわけではないのでご安心ください。
【応用問題】次の沖縄語を日本語文の直しなさい。
@病(やんめえ)やてぃん、コーヒーや飲(ぬ)でぃん済むてぃから。
A高さてぃん済むてぃから、買ういどぅする。

@病気でも、コーヒーは飲んでも良いのだとか。
A高くても良いのなら、買えばよい。

第30講 薬を飲んでから水は飲もう(ムン動詞) 2010/3/18
@たくさんの本を読ん、勉強できる子になりました。
A海水を汲んきます。
B今日は頭が痛く、どうしようもありません。
C昼飯はここで食べから帰ってね。

D薬を飲んから、水は飲もう。
@ちゃさきいぬ本(ふん)読でぃ、出来(でぃき)やあなとおいびいん。
A海水汲(うみみじく)でぃ、来(ち)ゃあびいん。
B今日(ちゅう)や頭(ちぶる)ぬ病(や)でぃ、ふしがりやびらん。
C朝飯(あさばん)や、くまんじ食(か)でぃから、戻(むどぅ)りよお。
 朝飯のお、くまんじ、うさがてぃから、戻いみそおりよおさい。(参考、対目上)
D薬(くすい)や飲ぃから、水(みじ)え飲(ぬ)まな。
【解説】
 終止形が「〜ムン」、否定形が「〜マン」、接続形(補助連用形)が「〜ディ」の形を成す動詞をムン動詞と私は呼称しています。
 ただし、ムン動詞は首里語では上の形がそれぞれ、「〜ヌン」、「〜マン」、「〜ディ」となるので、ムン動詞という呼称は相応しくありません。また、「済むん(済む、良い)」も終止形はムン動詞と同じ形ですが、接続形(補助連用形)(補助連用形)が別形の二種類あります(済むんでぃ、済むてぃ)ので、厳密に言えば、このグループには属しません。強いて入れるとすれば、グループ内の変則動詞として扱うことになるでしょう。「済むん」については後日説明させていだだきます。
 
例文@「ちゃっさきい」は「多く、沢山」という意味。「いちゃっさきい」という言い方もあります。「出来やあ」は「出来る人」の意味から転じて、「良く出来る子や人」、「頭の良い子や人」などの意味としても使われます。概ね首里以南ではD音とR音の区別をしないことが多いので、りきやあ」とも言います。
例文A沖縄語口語では目的を表わす助詞(日本語の「を」)に対応する助詞を殆ど使わないので、「海水汲でぃ」などという表記になります。私は多くの場合において、「海水、汲でぃ」などと、読点で両語を離していますが、「正しい表記」として確立されているわけではありません。両語をくっ付けても、離しても、紛らわしいことに変わりはありません。文語では「ゆ(よ)」を使いますが、口語で実際に使わないので、特別な事情(論文など厳密な論理性を要求される場合など)が無い限り、使わないことにこしたことはないと思っています。
例文B沖縄語の「やむん」というのは日本語の「病む」に対応する語ですが、「痛い」という意味のあります。
例文C「あさばん」は今の昼飯の事。朝食は「すていむてぃむん」、「すてぃむてぃい」、「してぃみてぃい」などという。その丁寧語は「すてぃむてぃぶん」。昔は日に二食しか食べなかったといわれ、早めの食事を「朝飯」と言い、遅めの食事を「ゆうばん(夕飯)」と言ったという。後からとるようになった朝食は「朝」を意味する「すてぃむてぃ」に「むん(飯)」を付けて造語したのであろうか。
例文D「飲まな」の「な」は勧誘などを表わす終助詞で未然形に付く。「行かな」、「遊ばな」で「行こうよ」、「遊ぼうよ」などの意味となる。

 なお、 次は上の接続と同じ意味を表わす文例です。
例文@の場合 読まあま、読まあに、読まあい
例文Aの場合 汲まあま、汲まあに、汲まあい
例文Bの場合 病まあま、病まあに、病まあい
例文Cの場合 食まあま、食まあに、食まあい
例文Dの場合 飲まあま、飲まあに、飲まあい

【ムン動詞例】

くくむん(口に含む)、悔やむん(悔やむ)、囲むん(囲む)、澄むん(澄む)、沈むん(沈む)、古むん(古む)、止むん(止む)、しかむん(怯える、臆病になる)、温むん(温む)、産むん(産む)、編むん(編む)、食(か)むん(食べる)、飲むん(飲む)、読むん(読む)、わじゃむん(顔をしかめる、皺が寄る)、病むん(病む、痛む)、まじむん(積む)、盗むん(盗む)、かちゃむん(掻く)、住(し)むん(住む)、積(ち)むん(積む)、摘(ち)むん(摘む)、詰(ち)むん(詰める)、抓(ち)ぬん(抓る、文語)、汲むん(汲む)、組むん(組む)、くむん(履物などを履く)、くぬむん(考案する計画する、企てる)、見込むん(見込む)、踏み込むん(踏み込む)、数(ゆ)むん(数える)、涼(すだ)むん(涼む)など。
【応用問題】次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
@太郎は腕を組んで考えました。
Aお客は靴を履いて外出しました。

B赤子は顔をしかめて、泣いています。
C雨が止み、日が射しました。
答え
@太郎(たるう)や腕(うでぃ)組でぃ、考えやびたん。
Aう客(ちゃく)お、靴(ふや)履(く)でぃ、出(じ)やびたん。
 う客や、靴(ふや)履(く)でぃ、出(ん)じみそおちゃん。(対目上)
B赤子(あかんぐぁ)あ、わじゃでぃ、泣ちょおいびいん。
C雨(あみ)ぬ止でぃ、太陽(でぃだ)ぬ出(ん)じやびたん。

第29講 帽子を被って外出しました。(ダ行ジュン・ティ動詞)2010/3/4
@もう、寝、良い夢でも見てみましょうよ。
A日差しが強いので、帽子を被っ、外出しました。
B打ち紙は燃やしから、手を合わせましょうよ。
C母はにこにこ笑っ、僕をみた。
D子供が障子紙を破っ、親に叱られた。
@なあ、寝(に)んてぃ、良い夢(いみ)やてぃん、見ち見(な)あびらな。
A太陽(てぃだ)ぬ強(つう)さぬ、帽子被(かん)てぃ、出(ん)じやびたん。
B打ち紙(かび)え、炙(あん)てぃから、手(てぃい)うさあさびらな。
Cあんまあや、笑(われ)えかんてぃ、我(わん)、見(ん)ちょおたん。
D童(わらび)ぬ、明かい紙(かび)、破(やん)てぃ、親(をぅや)なかいぬらあったん。
【解説】
 動詞接続形(補助連用形)の説明がだらだらと続いていますが、しばらくの辛抱です。接続形(補助連用形)の形はついでに動詞の種類をも説明しなければならないことから、時間を要しているのです。
 今回は、ダ行ジュン・ティ動詞です。終止形が「〜ジュン」、否定形が「〜ダン」、接続形(補助連用形)が「〜ティ」の形をした動詞を僕はダ行ジュン・ディ動詞と呼んでいます。

例文@「見あびらな」は「見(ぬ)うん」の丁寧の形です。さらに丁寧助動詞「びいん」は未然形(びいん→びら)になっています。「見あびら」ここでは、補助動詞であり、「見る」という意味がないことは、日本語の場合も同じです(=見てみる)。「な」は勧誘などを表わす終助詞です。
例文B「打ち紙」は後生のお金です。仏壇前で燃やすことによって、ご先祖さまに「仕送り」します。仏壇に手うさあしに来る親戚は、たいていは打ち紙一枚を持参して、仏壇主に預けます。「炙(あん)じゅん」は「あぶじゅん」とも言います。「手うさあすん」はここでは「仏壇に手を合わせる」という意味です。沖縄では「火ヌ神」や聖地備え付けの香炉などには、通常「をぅがむん(うがむん)」と言いますが、「手うさあすん」と言う人も居り、間違いではありません。
例文C「笑えかんじゅん」は普通は「笑えかんてぃ小すん」(スン・シ動詞)と、「可愛らしく」表現しますので、この形ではあまり使いません。
例文D障子は日本古語では「明かり障子」(『古語辞典』小学館)です。「明かり」の部分が「明かい」と沖縄語になりました。日本語語尾の「り」が琉球語音では「い」に変わります。例:首里(しゅい)、森(むい)、通り(通い)、お祭り(うまちい)等。「うまちい」は、ちまた表記では「ウマチー」となっています。

 なお、 次は上の接続と同じ意味を表わす文例です。
例文@の場合 寝んじゃあま、寝んじゃあに、寝んじゃあい
例文Aの場合 被じゃあま、被じゃあに、被じゃあい
例文Bの場合 炙じゃあま、炙じゃあに、炙じゃあい
例文Cの場合 笑えかんじゃあま、笑えかんじゃあに、笑えかんじゃあい
例文Dの場合 破じゃあま、破じゃあに、破じゃあい

【ダ行ジュン・ティ動詞例】
寝んじゅん(寝る)、被じゅん(被る)、炙(あん)じゅん(炙る、燃やす、「あぶじゅん」ともいう)、破(やん)じゅん(破る)、ふぃちやんじゅん(誘惑などして堕落させる、悪へ誘う)、取いやんじゅん(しくじる、失敗する)、笑えかんじゅん(にこにこ笑う)等で少ない。
【応用問題】次の沖縄語文を日本語文に直しなさい。
@一夜(ちゅゆる)お、寝んてぃから、考えらな。
Aむんじゅる笠被てぃ、舞うやびたん。
B手あんてぃ、温たまゆん。
C試験取いやんてぃ、童え、泣ちょおたん。
Dあぬ男あ、女ふぃちやんてぃ、肝病まちょおん。
答え:
@一晩は、寝てから考えようかな。
Aむんじゅる笠を被って、踊った。
B手を火にかざして、温まった。
C試験に失敗して、子供は泣いていました。
Dあの男は、女を堕落させて、胸を痛めている。

第28講 二人は生涯の愛の契りを結び結婚しました。(ブン・ディ動詞) 2010/2/24
@おじいさんが転ん、ひざを痛めました。

A冬になると、宮古にサシバが飛んきます。

B服は畳ん仕舞いましょう。




C川には大きな桃が浮かん、流れています。
D二人は生涯の愛の契りを結結婚しました。
@御主前(うすめえ)ぬ、転(くる)でぃ、ちんし、やまちぇえみせえん。(対目上)
A冬ないねえ、宮古(なあく)んかい、サシバぬ飛(とぅ)でぃ、来(ち)ゃあびいん。
B衣(ち)のお、たくでぃ、かじみれえ。
 衣(ちん)や、たくでぃから、かじみんそおれえ(かじみんそおり)。(対目上)
 衣や、たくでぃから、かじみてぃ呉(くぃ)みそおり(呉みそおれえ)。(対目上)
 衣や、たくでぃから、かじみやびれえ。丁寧
C川(かあら)んかいや、まぎ桃(むむ)ぬ浮かでぃ、流りとおいびいん。
D二人(たい)や、生ち身とぅとぅうみ思(うみ)がなさすんでぃぬ契(ちじ)り、結(むし)でぃ、にいびちさびたん。
【解説】
 終止形が「〜ブン」、否定形が「〜バン」、接続形(補助連用形)が「〜ディ」の形をしている動詞をブン・ディ動詞と私は仕訳しています。

例文@ 「ちんし、やまちぇえみせえん」は「ちんし、やまちぇえん」の対目上語です。口語沖縄語では日本語の目的を表わす助詞「を」に対応する語は用いません。文語では「ゆ」を使うことがあります。
例文B 「衣(ちん)」に付く係助詞は、語尾が「ん」ですので、「や」または「のお」となり、それぞれ「ちんや」、「ちのお」となります。後者は前語語尾「N」と係助詞「O」が結合して、「のお」となるいう説明でも可能です。

 なお、 次は上の接続と同じ意味を表わす文例です。
例文@の場合 かさじゃあま、かさじゃあに、かさじゃあい
例文Aの場合 剥じゃあま、剥じゃあに、剥ぐじゃあい
例文Bの場合 漕じゃあま、漕じゃあに、漕じゃあい
例文Cの場合 扇じゃあま、扇じゃあに、扇じゃあい
例文Dの場合 ぬじゃあま、ぬじゃあに、ぬじゃあい

【ブンディ動詞例】
 飛(とぅ)ぶん(飛ぶ)、呼(ゆ)ぶん(呼ぶ)、むたぶん(弄ぶ)、転(くる)ぶん(転ぶ)、並ぶん(並ぶ)、滅ぶん(滅ぶ)、結(むし)ぶん(結ぶ)、畳(たく)ぶん(畳む)、浮かぶん(浮かぶ)、忍(しぬ)ぶん(忍ぶ)などです。

【沖縄冗語】
「黒豚(くるぶた)が転ぶたん」という冗語があります。もちろん、黒豚にはアグーというちゃんとした呼称がありますから、厳密に言えば、ちゃんとしたうちなあぐちではありませんが、「転ぶたん」という語とかけて楽しむだけでも良いじゃないですか。「アグーが転ぶたん」とか「くるうゎあが転ぶたん」では、冗語になりませんから。
応用問題:次の日本語文を沖縄語文になおしなさい。
@おばあさんも呼んで来てね。
A皆、そこに並んで、ごらん。
B琉球が滅んでも、琉球人は居る。
Cあら、そんなにもまで、この虫をもてあそんで。
D誰にも見られないように、忍んで来てちょうだい。
答え:
@婆前(はあめえ)ん呼でぃ、来(く)うよお。
A皆(んな)、くまんかい並でぃんでぃ。
B琉球(るうちゅう)ぬ滅でぃん、琉球人や居(をぅ)ん。
Cあい、あんすかなあんでぃん、うぬ虫むたでぃ
D誰(たあ)にん、見(ん)だらんねえし、忍でぃめんそうれえ。
  〜忍でぃ、い参(も)り。
  〜忍でぃ、参(もお)れえ。
注「誰にん」は「誰なかいん」でも良いです。

第27講 サバニを漕いで、来ました(ガ行ジュン・ジ動詞)。2010/2/15
@サトウキビの葉を切り落とし来るね。
A皮を剥い、おいていてください。





Bサバニを漕い、糸満から北谷まできました。
C暑いから、扇で扇いくれませんかね。


D眼鏡をはずし、見てごらん。
 眼鏡をはずし、見てください。
@ううじ葉(ばあ)、かさ、来(く)うい。
A皮(かあ)剥、置(う)ちょおち呉(くぃ)みそおれえ。(対目上)
 皮剥、置ちょおち呉みそおり。(上同)
 皮剥、置ちょおちみそおれえ。(上同)
 皮剥、置ちょおちみそおり。(上同)
 皮剥、置ちょおかれえ。(上同)
 皮剥、置ちょおちゃびれえ。(単に丁寧)
Bサバニ、漕(くう)、糸満から北谷までぃ来ゃあびたん。(丁寧)
C暑さくとぅ、扇(おうじ)さあに、扇とぅらんさんなあ。
 暑さいびいくとぅ、扇さあに、扇呉みそおらんなあ。(対目上)
 暑いいびいくとぅ扇し、扇みそおらに。(対目上)
D眼鏡(がんちょう)、ぬ、見(ん)ちんでぃ。
 眼鏡、ぬ、見じみそおり。(対目上)
 眼鏡、ぬ、見じ呉みそおり。(対目上)
【解説】ガ行ジュン・ディ動詞の場合の接続形(補助連用形)です。終止形が「〜ジュン」、否定形が「〜ガン」、接続形(補助連用形)が「〜ジ」の形をしている動詞を私は自身の頭を整理するためにガ行ジュン・ディ動詞と名付けています。

なお、 次は上の接続と同じ意味を表わす文例です。
例文@の場合 かさじゃあま、かさじゃあに、かさじゃあい
例文Aの場合 剥じゃあま、剥じゃあに、剥ぐじゃあい
例文Bの場合 漕じゃあま、漕じゃあに、漕じゃあい
例文Cの場合 扇じゃあま、扇じゃあに、扇じゃあい
例文Dの場合 ぬじゃあま、ぬじゃあに、ぬじゃあい

例文@ 「来うい」の「い」疑問を含みますが私は感嘆詞として分類しています。「良いかい」の意味に対応する「とおい」における「い」も同じです。日本語の感嘆詞にも「ね」や「い」などのように疑問を含みながらも特別に疑問を表わす助詞としては扱われてないのと同じです。
例文A 対目上の表現について複数の文例を挙げています、この文例だけ複数の表現があるという訳ではなく、例文CやDについても同じように挙げることができます。目上文は折に触れて何度も取り上げてきた通りです。目上文とは目上の者に対する敬語のことを言います。

【動詞例】泳(ゐい)じゅん(泳ぐ)、はじゅん(船を造る)、注じゅん(注ぐ)、継じゅん(継ぐ)、ちんじゅん(紡ぐ)、跳ぬじゅん(跳ぶ、ジャンプする、跳び跳ねる。「とぅんじゅん」ともいう)、配じゅん(配る)、ううじゅん(あなどる、ゆすぐ)、肝ふじゅん(満足する)、きじゅん(混ぜる、攪拌する、皮肉を言う)、研じゅん(研ぐ)、ちるじゅん(連ねる、連続させる)、ちるじゅん(鳥などが交尾する。但し首里語では「ちるぶん」)、ぬじゅん(抜く、撮る、「撮る」と言う意味では『沖縄語辞典』には載っていません)などを数は少ないです。
応用問題 次の沖縄語文を日本語文に直しなさい。
@汚(ゆぐ)り衣(じん)や、強う強うとぅ、うう、洗り。
Aあぬ島んあきや泳、渡らりやびいん。
B上等写真、ぬ来うよお。
Cう菓子、童んちゃあんかい、配、取らしえ。
D山原船(やんまらあ)は、博物館(はくぶちくぁん)ぬんかい、かざてえん。
答え
@汚れた服は強めに濯いで洗え。
Aあの島には泳いで渡れます。
B良い写真を撮ってきてよ。
Cお菓子を子供らに配ってくれ。
D山原船を造って、博物館に展示してある。
第26講 今年の冬は温かく、雨も多いです。(ユン・ティ動詞) 2010/2/4
@今年の冬は温かく、雨も多いです。

Aあそこにあるお茶を取ってきてください。


Bこの子も、つれていってよ。
C今日は何を歌おうと、考えていますか。
 今日は何を歌おうと、考えているか。
Dあの会社の入社試験受けて、合格しました。
@今度(くんどぅ)ぬ冬お、温(ぬく)ばあってぃ、雨(あみ)ん多(うふ)さいびいん。
Aあまんかいあぬう茶、取(とぅ)てぃ来(ち)、呉(くぃ)みそおれえ。(対目上)
 あまんかいあぬう茶、取てぃ来、呉みそおり。(対目上、澄まし)
 あまんかいあぬう茶、取てぃ取らしえ。
Bうぬ童(わらび)ん、連(そ)うてぃ行けえ。
C今日(ちゅう)や、諸し、民謡歌てぃ、遊だん。
Dあぬ会社(くぁいしゃ)ぬ入社試験(にゅうしゃしきん)、受きてぃ合格さびたん。(丁寧)
解説:動詞の活用の形のうち、終止形が「〜ユン(イン)」、接続形(補助連用形)が「〜ティ」、否定形が「〜ラン」(ラ行)の形をしている動詞をラ行ユン(イン)・ティ動詞と私は分類しています。『沖縄語辞典』(国立国語研究所)にはこれらの動詞について、補足的に「=ran,=ti」と否定形と接続形(補助連用形)の形が表示されています。動詞のなかでは圧倒的多数派です。なお、終止形「ユン」の形は、一部の地方では「イン」となります。「ユン」は首里語の特徴とされていますが、屋取集落(首里士族の落集落)の影響もあって、「ユン」使いは首里から遠く離れた地方にも点在しています。

文例@ 動詞「温(ぬく)ばあゆん」の接続形(補助連用形)の文例です。日本語で「今年」は、沖縄語では口語では「今度(くんどぅ)」となります。日本語の「今度」は「今(く)ぬまあどぅ、今ぬまある」となります。「多さいびいん」は「多さ」に丁寧語「いびいん」を付けた丁寧語文です。「多さやびいん」と「いびいん」の古い形である「やびいん」を今も使う人もいます。
文例A 「あぬ」は動詞「あん」の修飾語法です。連体形「ある」を使い「ある茶」といっても良いです。但し口語では殆ど、前者を使います。「呉みそおれえ」は、すっかりお馴染みの形ですが「呉みそおり」が澄まし形です。勿論、口語でも用います。「取てぃ取らしんそおり」もあります。さて、糸満語では語尾「取ゆん」の命令形語尾「取り」や「取」の語尾が「ろ」に変わるので、糸満以外の人には、日本語の「取りましょう」の意味にも聞こえることもあります。

 なお、 次は上の接続と同じ意味を表わす文例です。
例文@の場合 温ばやあま、温ばやあに、温ばやあい
例文Aの場合 取やあま、取やあに、取やあい
例文Bの場合 連うやあま、連うやあに、連うやあい
例文Cの場合 歌やあま、歌やあに、歌やあい
例文Dの場合 受きやあま、受きやあに、受きやあい

【ユン・ティ動詞の例】
ああうゆん(合う)、あがねえゆん(節約する)、明かゆん(明らかになる)、明かがゆん(明るくなる)、あびゆん(叫ぶ、喋る)、あらがゆん(争う)、いゆん(座る)、得いゆん(得る)、ういじゆん(老い勝る)、ええゆん(乳、膿がでる)、おおゆん(喧嘩する)、かちみゆん(捕まえる)、かげえゆん(保護する)、かみゆん(頭のせる)、かめえゆん(探す、求める)、とぅめえゆん(探す、求める、「かめえゆん」と同じ)、ふぃらきゆん(しゃがむ)、けえゆん(変える、帰る)、かまゆん(構う)、きゆん(抵触する、矛盾する)、くじゆん(批判する)、くちゅぐゆん(くすぐる)、くめえきゆん(倹約する)、くくむゆん(蕾になる)、くなびゆん(並べる、比べる)、しじりゆん(火傷してただれる)、しじみゆん(片付ける)、しぴゆん(鼻をかむ)、しぷたゆん(湿る)、たきちきゆん(危篤状態になる)、たぶゆん(貯める)、はきゆん(弁償させる)、はんでぃゆん(はずれる)、みぐゆん(回る)、むゆん(守る)、ゆてぃゆん(こぼして捨てる)、わじゆん(怒る、沸騰する)、わんだゆん(面倒をみる)、ゐんちゃゆん(薄汚れる)、わんだありゆん(世話になる)。わざみゆん(皺が寄る)、わびゆん(ぐちをこぼす)、ゆたみゆん(ゆらゆら揺れる)など。てえゆん(絶える)、さるんでぃゆん(たがが緩む。「さらんでぃゆん」とも言う)等。

日本語の動詞語尾が「る」及び「う(古語は『ふ』)」となっているものは「する」を除き、概ねラ行ユン・ティ動詞になります。ただし、「見る」、「来る」、「知る」は音韻変化が著しく別の種類に分類します。「来る」は現代語では「チュウン」ですが、「くゆん」からの(口蓋化含む)変音と考えられます。また、「見る」は「ミユン」から「ヌウン」などを経て、「ンジュン」になったと考えられます。中間と思われる「ヌウン」は現代でも使用されています(私の母も使っていました)。「〜してみる」などのように「みる」を補助動詞とする丁寧文が「〜し、んじゃびら」ではなく、「〜し、なあびら」を圧倒的にしようするのは、「ヌウン」の影響です。
応用問題:次の沖縄語文を日本語に直しなさい。
@ヤマトゥんじ、儲(もう)きてぃ、来うよお。
A年取てぃ、頭ぬ毛が剥ぎてぃ、ふしがらん。
Bあんまあんかい、買うてぃ、うさがらせえ。
Cくまぬ温度お、開きてぃん、閉(く)うてぃん、同(い)ぬむんやいびいん。
D御主前(うすめえ)や、耳ぬ崩(くじ)りてぃ、むぬお聞(ち)ちゃびらん。
答え:
@本土で、儲けて、来てね。
A年取って、頭の毛が剥げて、どうしようもない。
Bお母さんに、買ってさしあげなさい。
Cここの温度は、開けても閉じても同じです。
Dおじいさんは、耳が遠くなって、聞こえません。
第25講 米を持って、きてください。2010/1/26
@お兄さん、そこの米を持っきてください。
Aバッターは、球を打、一塁に走った。
B弟は石垣に立っ、手を振っていました。

C彼等に勝っ、喜んでいます。
Dここで待っ、お休みになられてください。
@やっちいさい、うぬ米(くみ)、持(む)っ来(ち)、呉みそおり。(対目上)
Aバッターや、球打っ、一塁んかい、走(はあ)ええなたん。
B弟(うっと)お、石垣(いしがち)ぬ上(ゐい)んかい、立っ、手(てぃい)、振とおいびいたん。(単純丁寧)
Cあったあ んかい、勝っ、いそうさいびいん。(単純丁寧)
Dくまんじ、待っ、ゆくとおちみそおれえ。(対目上)
解説:下の例にある動詞群の接続形(補助連用形)です。終止形が「〜チュン」、否定形が「語幹+(っ)タン」とタ行であり、接続形(補助連用形)が「チ」となるので、私はタ行チュン・チ動詞としています。この動詞は下例のように数が少ないです。

例文@ 「呉みそおり」は対目上語で澄まし言葉(通常の話言葉でももちろん使用される)です。「呉みそおれえ」がくだけた言い方です。敬語だから「くだけて」はいけないということはありません。良く使われる「めんそおれ(いらっしゃい)」は「めんそおり」のくだけ言葉です。「いらっしゃいませ」に対応する挨拶言葉としてすっかり定着していますが、「いらっしゃいませ」に対応する言葉は実際には「いめんせえびり」です。「びり」は丁寧語「いびいん(やびいん)」の命令形「いびり」の「い」が取れてしまったものです。「めんせびり」と使う人もまだかなりいます。
例文A 「走ええなたん」は、こまかく言えば、「haayee+natan」ですが日本文字を借用している沖縄語には「ye」の表記がないので、「ええ」で済ましています。私は「yee」の部分は多く「合」を当てることがあります。
例文C 「彼等」に対応する沖縄語の指示代名詞複数形は実際は「あったあ」、「うったあ」、「くったあ」の三通りあります。逆にこれらに対応する日本語の「あいつら」、「そいつら」、「こいつら」の持つ語のニュアンスは沖縄語以上に上から目線過ぎます。
例文D 「ゆくとおちみそおれえ」は「ゆくとおちみそおり」でも良い。「ゆくとおかれえ」という敬語もありますが、後日説明します。

 なお、 次は上の接続と同じ意味を表わす文例です。
例文@の場合 持っちゃあま、持っちゃあに、持っちゃあい
例文Aの場合 打っちゃあま、打っちゃあに、打っちゃあい
例文Bの場合 立っちゃあま、立っちゃあに、立っちゃあい
例文Cの場合 勝っちゃあま、勝っちゃあに、勝っちゃあい
例文Dの場合 待っちゃあま、待っちゃあに、待っちゃあい

【タ行チュン・チ動詞例】打っちゅん(打つ)、立っちゅん(立つ)、待つっちゅん(待つ)、持っちゅん(持つ)、勝っちゅん(勝つ)などと少ない。

【余計な一言二言】 「兄」は沖縄語では例文@では「あふぃい」ですが、「やっちい」もあります。今日ではこの両者が普通です。現在は時代劇芝居以外では使われない「ゐきがしいざ」、「やくみい」などもあります。そのうち「やくみい」は「大屋子(うふやく)」、「親雲上(うやくむいペーチン)」んどと語源(大役=うふやく)を同じくするのではないかと勝手に思っています。
 敬語になると、もっと込み入ります。「うみきいぬ前(めえ)」、「思(うみ)しいざ」など。一番上の兄には「長(うふ)あふぃい」、「長(うふ)やっちい」などとなります。日本語の「長兄」に対応するのでしょうか。
応用問題:次の沖縄語を日本語に直しなさい。
@待っちん、待たらん運動会。
Aちゃっさ、打っちん、痛(や)まんさ。
B勝ってん負きてぃん同ぬむんやいびいさ。
C立っ歩っちゅしえ、あんまさいびいん。
D雨ぬ降とおくとぅ、傘持っ行ちゃびたん。
答え:
@待ちかねている運動会。(待ても待てない運動会)
Aいくら、打っても、痛くないよ。
B勝っても負けても同じですよ。
C立っ歩くのはつらいです。
D雨が降っていたので、傘を持っ行きました。

第24講 大事なものは隠しておきました。2010/1/18
@古い家を壊して、新しい家を建てました。
A子供を起こして、学校に行かした。
B大事なものは隠して、置きました。
C木を倒して、道を造ってある。
D火を燃やして、温まりました。
@古家(ふるやあ) 壊(くう)、新家(みいやあ)、建てぃやびたん。
A童(わらび)起(う)く、学校(ぐぁっこう)んかい、行かちゃん。
Bあたらさるむのお隠(くぁっくぁ)、置(う)ちぇえいびいん。
C木(きい)倒(とお)、道造(つく)てえん。
D火(ふぃい)燃(め)え、温(ぬく)たまやびたん。
解説:終止形(「壊す」、「起こす」、「隠す」など)語尾が「す」となっている日本語の動詞に対応する沖縄語の動詞がスン・チ動詞です。終止形が「スン」、接続形(補助連用形)「〜チ」の形であることから、私の頭の整理上、「スン・チ動詞」と名付けています。否定の形は「〜サン」です。日本語では「する」動詞も「〜す」動詞も、接続形(補助連用形)は「〜して」という形になりますが、沖縄語ではそれぞれ「シ」、「チ」と別形になります。

 なお、この接続形(補助連用形)は、同じ意味で別の形もありますので、下に紹介します。
例文の@場合 壊(くう)ちゃあま、壊ちゃあに、壊ちゃあい
例文Aの場合 起(う)くちゃあま、起くちゃあに、起くちゃあい
例文Bの場合 隠(くぁっくぁ)ちゃあま、隠ちゃあに、隠ちゃあい
例文Cの場合 倒(とお)ちゃあま、倒ちゃあに、倒ちゃあい
例文Dの場合 燃(め)えちゃあま、燃えちゃあに、燃えちゃあい

【スン・チ動詞の例】 合(ああ)すん(合わす)、あだあすん(どなりつける)、乾(かあ)らかすん(乾かす)、懲(くる)すん(懲らす)、たぬかすん(たぶらかす、誘惑する)、伸ばすん(伸ばす)、明かすん(明かす)、まあすん(回す、亡くなる)、ぬがあらすん(許す、逃れさせる)、みんぐぁすん(濁す)、飛(とぅ)ばすん(飛ばす)、許すん(許す)、飲(ぬ)ますん(飲ます)、取(とぅ)らすん(あげる)等。食ますん(食べさす)など使役を表わす動詞は殆どこのグループに入ります。

追記(2012/3/18)
 スン・シ動詞と次講のスン・ティ動詞の区別は解説にあるように、接続形(接続態、補助連用形)の形で区別しますが、『沖縄語辞典』(国立国語研究所)にはスン・シ動詞については、「不規則」表示になっており、スン・チ動詞は「接尾、=san,=ci」(表示の意味は表示順に、接尾語、否定形は「さん」、接続態は「ち」)と表示になっていますので、非話者には、実践的とはいえないそれだけの記述では、その区別が難しいです。
 両者の区別法は次の通りです。

スン・シ動詞=終止形語尾が「すん」、語幹が単独で名詞になりえるもの。たとえば、「やなあびいすん」、「やあさすん」、「断髪すん」等。邪道ですが、虎の巻的には、日本語動詞の語尾部分が概ね「〜する」になる動詞に対応する沖縄語動詞です。例:「運転する(→うんてぃんすん)」、「掃除する(→そうじすん)」、「得する(→とぅくすん)」
スン・チ動詞=上以外のスン動詞で、日本語動詞の語尾部分が概ね「〜す」になる動詞及び使役を表わし、語尾部分が「せる」になる動詞に対応する沖縄語動詞がそれに該当します。例:「照らす(→てぃらすん)」、「壊す(→くうすん)」、「倒す(→とおすん)」、「歩かせる(→歩っかすん)」、「持たせる(→持ったすん)」等。

註:スン・シ動詞が『沖縄語辞典』で接尾語(辞)扱いされているのは、前述のように語幹が名詞(動名詞含む)と組み合わさって用いられるからですが、厳密にいえば、「すん」は単独でも用いられるとの解釈もできます。例:「あんせえ、すみ(それでは、やるか」、「なあ、さんどお(もう、しないよ)」等。 
応用問題:次の日本語を沖縄語に直しなさい。
@部屋を明るくしてください。


Aお金を落としてしまいました。
B病気は治してから、頑張ればよい。
C借金を返して、ほっとしているよ。
Dどうか、雨を降らして賜れ。
答え:
@部屋、明かがら、取らしえ。
 部屋、明かがら、呉みそおり。(対目上)
 部屋、明かがら、取らしんそおり。(対目上)
A銭(じん)、落(う)とぅ、ねえやびらん。
B病(やんめえ)や治(のお)から、うみはまれえ済(し)むん。
Cうっか返(けえ)、うみなあくなとおさ。
Dどうでぃん、雨(あみ)降ら、たぼうり(注)。

注:「たぼうり」の使い方は後日、説明させていただきます。

第23講 私は沖縄で仕事をして、暮らしています。2010/1/10
@私は沖縄で仕事をして、暮らしています。
A男は彼女を妻にして、満足していた。
B弟は兄と勝負して、負けた。
C私たちは沖縄語を疎かにしてきた。
D子供らは、プールで潜って、遊んでいる。
@我ねえ、うちなあんじ、仕事(しくち)、暮らちょおいびいん。
A男(ゐきが)あ、彼女(あり)、妻(とぅじ)、肝ふじょおたん。
B弟(うっと)お、兄(しいざ)とぅ勝負(すうぶ)し、負きたん。
Cいがろうや、うちなあぐち、すそおん、来(ち)ゃん。
D童んちゃあや、プールんじ、潜(しい)み、遊(あし)どおん。
解説:本講では、「すん」の接続形(補助連用形)について説明します。日本語の「(名詞)する」に対応する動詞は、本来の首里語では「しゅん」ですが、圧倒的多くは「すん」ですので、ここでは「すん」とします。(拙書『実践うちなあぐち教本』に同様の説明と運用がなされています)
 『沖縄語辞典』(国立国語研究所)では、「すん」は「不規則」として扱われており、否定形、接続形(補助連用形)が示されておらず、該当する例文もありません。
 「試す」、「許す」に対応する沖縄語の動詞は、沖縄語では「試すん」、「許すん」となる「スン・チ動詞」であり、上の「(語幹が)名詞+すん」とは語尾部分(すん)が似ているだけで、実際には別形の動詞です。日本語の「〜をする」や「(名詞)する、例えば運転する」に対応する動詞が今講でとりあげる「スン(シュン)・シ」動詞であり、前者は「スン(シュン)・チ」動詞であると仕訳をすれば、分かりやすいでしょうか。
 「スン・シ動詞」と呼称する理由は、動詞終止形の「〜すん」と、接続形(補助連用形)の「〜(勝負)」の太字の部分を組み合わせたものです。私自身の頭でも動詞の分類ができるようにするための呼称です。もちろん、終止形、未然形、連用形、連体形、接続形(補助連用形)、命令形ともに同一の活用をします。
 スン・シ動詞の否定形は「さん」となります。

 なお、この接続形(補助連用形)は、同じ意味で別の形もありますので、下に紹介します。
例文の@場合 〜仕事さあま、〜仕事さあに、〜仕事さあい
例文Aの場合 〜妻さあま、〜妻さあに、〜妻さあい
例文Bの場合 〜勝負さあま、〜勝負さあに、〜勝負さあい
例文Cの場合 〜すそんさあま、〜すそおんさあに、すそおんさあい
例文Dの場合 〜潜みさあま、〜潜みさあに、〜潜みさあい

【スン・シ動詞例】 業+すん(やや専門的な仕事をする)、掃ちかち+すん(掃き掃除をする)、手むたあ+すん(手でいたずらをする)、ふんでえ+すん(我侭をする)、やなあびい+すん(悪いように喋る)、ごうぐち+すん(愚痴を言う)、くぁっちい+すん(ごちそうになる)、断髪+すん(散髪する)、ゆくしすん(嘘をつく)、ゆんたく+すん(おしゃべりする)、わじわじいすん(怒る)、涙くるくるうすん(涙で目が潤む)、運転すん(運転する)等。むぬ+すん((何か)ものをする)、きっちゃき+すん(つまづく)等。

追記(2012/3/18)
 スン・シ動詞と次講のスン・ティ動詞の区別は解説にあるように、接続形(接続態、補助連用形)の形で区別しますが、『沖縄語辞典』(国立国語研究所)にはスン・シ動詞については、「不規則」表示になっており、スン・チ動詞は「接尾、=san,=ci」(表示の意味は表示順に、接尾語、否定形は「さん」、接続態は「ち」)と表示になっていますので、非話者には、それだけでは実践的とは言いがたいその記述では、その区別が難しいです。
 両者の区別法は次の通りです。

スン・シ動詞=終止形語尾が「すん」、語幹が単独で名詞になりえるもの。たとえば、「やなあびいすん」、「やあさすん」、「断髪すん」等。邪道ですが、虎の巻的には、日本語動詞の語尾部分が概ね「〜する」になる動詞に対応する沖縄語動詞です。例:「運転する(→うんてぃんすん)」、「掃除する(→そうじすん)」、「得する(→とぅくすん)」
スン・チ動詞=上以外のスン動詞で、日本語動詞の語尾部分が概ね「〜す」になる動詞及び使役を表わし、語尾部分が「せる」になる動詞に対応する沖縄語動詞がそれに該当します。例:「照らす(→てぃらすん)」、「壊す(→くうすん)」、「倒す(→とおすん)」、「歩かせる(→歩っかすん)」、「持たせる(→持ったすん)」等。

註:スン・シ動詞が『沖縄語辞典』で接尾語(辞)扱いされているのは、前述のように語幹が名詞(動名詞含む)と組み合わさって用いられるからですが、厳密にいえば、「すん」は単独でも用いられるとの解釈もできます。例:「あんせえ、すみ(それでは、やるか」、「なあ、さんどお(もう、しないよ)」等。 
応用問題:次に日本語文を沖縄語に直しなさい。
@母は手枕して寝ていらっしゃる。
A彼は父に相談して、帰った。
B女たちはおしゃべりして、笑っていた。
C子供たちは、腹をすかして、しゃがんでいる。
Dお婆さんは、寒さの所為で体を丸め、家に閉じこもっている。
答え:
@あんまあや、手枕(てぃいまっくぁ)、寝(に)んとおみせえん。
A彼(あり)え、父(すう)んかい、相談、帰(け)えたん。
B女(ゐなぐ)んちゃあや、ゆんたく、笑とおたん。
C童(わらん)ちゃあや、やあさ、ふぃらきとおん。
D婆前(はあめえ)や、寒(ふぃ)いさ曲がい、家篭(やあぐ)まいそおん。

第22講 今から歩いて、行きます。(カ行チュン・チ動詞) 2010/1/5
@私は、今から歩いて行きます。
@'私は、今から歩いて行く。
@"私は、今から歩いて行くよ。
  私は、今から歩いて行くぞ。
A庭は掃いてから、床は拭いてね。
Bあの人を助けに行ってください。
C野菜は炒めて食べましょう。
D記事を書いて、疲れた。
@我ねえ、今(なま)から、歩っち、来ゃあびいん。(丁寧)
@'我ねえ、今から、歩っち、来ゅうん。
@"我ねえ、今から、歩っち、来ゅうさ。
  我ねえ、今から、歩っち、来ゅうんどお。
A庭(なあ)や掃(ほ)うちから、床あ拭きよお。
Bあぬ人(ちゅ)、助(たし)きいが、行(ん)じ、取らしえ。
C野菜(やせえ)や炒りち、食(か)なびら。
D記事書ち、くだんてぃたん。
解説:動詞が動詞などの用言に接続する形は日本語では連用形ですが、沖縄語では「食(か)みい欲しゃん」などの連用形とは別に、動詞から動詞へっ接続する場合は別の形をとります。これを接続形(補助連用形)と言います。沖縄語では面白いことに、その終止形、接続形(補助連用形)及び否定形(未然形)の「形」によって動詞が分類できるのです。今講の例文で使った動詞はすべてカ行チュン・チ(ジ)動詞という種類で、終止形が「〜チュン」接続形(補助連用形)が「チ」否定形が「〜カン」となっています。『沖縄語辞典』(国語国立研究所)にはすべての動詞について否定形と接続形(補助連用形)の形が表示されています。(例:haNcun (=kan、=ti)、比嘉流の表記になおすと、はんちゅん (〜かん、〜てぃ))。辞典における記号=は語幹(haNはん)です。
 
なぜに、カ行チュン・チ(ジ)動詞と名付けたかと言えば、否定の形「〜カン」がカ行であること、終止形が「〜チュン」、接続形(補助連用形)が「〜」であることから、これらの語句を組み合わせて、カ行チュン・チなど、私自身の頭を整理する上でつけた便宜上の呼称です。『沖縄語辞典』さえ活用できる環境にある人ならば、表示されている形から誰でも(沖縄語を知らない人でも)分類できます。
 ただ、例文Bにある「行ちゅん」という動詞は、接続形(補助連用形)だけが変則的に「〜ジ」となりますが、分類上は同一にしてあります。拙書『実践うちなあぐち教本』では、「カ行チュン・ジ動詞」として、独立させていますが、該当するのは「行ちゅん」ぐらいなものであることから同じグループにまとめてしまっているわけです。「変則」扱いが嫌だという人は、「行ちゅん」などをカ行チュン・ジ動詞として扱っても結構です…。
 はあなあ、難(むちか)さよう!。(ああ、もう、わずらわしいこと!)。
 ちなみに、カ行チュン・チ動詞の否定形は「〜かん」となります。
 でも難しくない感じないとっておきの方法があります。解説を読むのを飛ばして、ひたすら例文だけを丸暗記することです。
 当分は動詞の説明が続きます。悪しからず。

なお、この接続は、別の形もありますので、下に紹介します。
例文の@場合 〜歩っちゃあま、〜歩っちゃあに、〜歩っちゃあい
例文Aの場合 〜掃うちあま、〜掃うちゃあに、〜掃うちゃあに
例文Bの場合 〜行じゃあま、〜行じゃあに、〜行じゃあい
例文Cの場合 〜炒りちゃあま、〜炒りちゃあに、〜炒りちゃあい
例文Dの場合 〜書ちゃあま、〜書ちゃあに、〜書ちゃあい

 例文Cの「」食なびら」は「食まびら」とする人々もいます。

【カ行チュン・チ動詞例】佩(は)ちゅん(吐く、佩く、首にかける)。焼ちゅん(焼く)。聞(ち)ちゅん(聞く、聴く)、掃(ほ)うちゅん(掃く)、拭ちゅん(拭く)、驚(うどぅる)ちゅん(驚く)、泣ちゅん(泣く)、叩ちゅん(叩く)、動(んじゅ)ちゅん(動く)、吹ちゅん(吹く)、はばちゅん(はかどる)、浮ちゅん(浮く)、ふとぅちゅん(解く)、はねえちゅん(華やぐ)、炒(いり)ちゅん(炒める)、すびちゅん(しょ引く、連行する)、ゐいばちゅん(むかつく)等。たなびちゅん(水面などに広がる)。たとぅるちゅん(心や霊が迷う)など。
応用問題:次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
@風が吹き、雨が降った。
Aたまには民謡を聴いてみる。
B警察が泥棒を連衡して行った。
C豆腐を炒めて食べる。
D家が揺れ、電灯が消えた。
答え:
@風(かじ)ぬ吹ち、雨(あみ)ぬ降たん。
Aまるけえてえ、端唄(ふぁあうた)、聴(ち)ちんじゅん。
B警察(きいさち)ぬ盗人(ぬすどぅ)、すびち、行(ん)じゃん。
C豆腐、炒(いり)ち、食(か)むん。
D家(やあ)ぬゐいち、電灯(でぃんとう)ぬ消(ち)ゃあたん。

第21講 沖縄語を読んだ、書いた できる。2009/12/27
@沖縄語の文章を読んだ、書いた できる。
@'沖縄語の文章を読んだ書いた できます。
@"父は沖縄語の文章を読んだ書いた できます。

A明かりが点いた、消えたり しています。
B行った来たしても良いですよ。
C戸を開けた閉めた しないでください。
C'お爺さん、戸を開けた閉めた ならさないでください。
C"これ子供よ、戸を開けた閉めた しないでおくれ。

Dこの猫は、時々、逃げたりももする。
@うちなあぐちぬ文章、読だ、書ちゃ なゆん。
@'うちなあぐちぬ文章、読だ、書ちゃ ないびいん。(丁寧)
@"父(すう)や、うちなあぐちぬ文章、読だい、書ちゃい なみせえん。(対目上)
A明かがいぬ点(ち)ちゃ、消(ち)ゃあた そおいびいん。
B行(ん)じゃ、来(ち)ゃしん、済(し)まびいんどお。
Cはしる 開きた、閉みた さんけえ。
C御主前(うすめえ)た、'はしる 開きたい、閉(く)うた、しんそおらんけえ。(対目上)
C"いぇえ、童(わらび)よ、はしる 開きた、閉みた、さびらんけえ。(丁寧)
Dくぬ猫(まやあ)や、まるけえてぃ、逃(ふぃん、ひん)ぎたいんすん。
解説:日本語の「〜した」という語句は、沖縄語では「〜さ」となります。日本語の語尾にくる「り」は、沖縄語では、殆ど「い」となります。例えば、「通り→通(とぅう)い」、「くすり→くすい」、「森→むい」、「蟻→あい」、「雨降り→雨降い」、「鳥→とぅい」など。例外は「霧(ちり、無理(むり)」などです。但し、沖縄語は語尾の「り」を嫌うかと思えば、そうでもありません。例えば、オリジナルの沖縄語である「東(あがり)」、「西(いり)」など。あくまでも、日本語から沖縄語に変換される場合のみ発生する現象だといえます。参考「琉球語音による琉球漢音
 この語句は動詞から派生した名詞のように振舞っているため、再度動詞化するには、「なゆん(できる、なる)」とか「すん(する)」を添える必要があります。上の例文はすべてそうした再動詞化したものです。
なお、「受け答え」を意味すし、「慣用化」した「言ちゃいはんちゃい」も同類です。人によっては畳語として分類する人もいますが、畳語はあくまで、語調を考慮して意味のない語句をくっつけたものでなので、「いちゃい、はんちゃい」のように前語後語ともにも意味を持つ語句を畳語だということにすれば、「読だい書ちゃい」の類まで畳語だということになってしまいます。畳語例(後部の語が意味のないもの):「ゆんたくひんたく」、「ゆったいくぁったい」、「ゆながたさながた」、「しこういむこうい」、「たっくぁいむっくぁい」、「まちぶいかあぶい」等。
例文@「なゆん」はここでは「できる」の意味です。
例文D逃げたり」における係助詞「」は沖縄語では「」となります。「あれこれ」は「ありくり」。「欲しくあり」は「欲しゃあい」等。

沖縄冗語: 路線バスをめぐる次のようなジョークがあります。
「あぬバスお、何CCやが?」
「あぬバスお、止(とぅ)まてえCC(しいしい)」
応用問題:次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
@上った、降りたして、疲れるよ。
Aあれした、これしたりで、忙しい。
Bあまり、飲んだ食べたしたら、太るよ。
C朝は、支度した何したで、てんてこまいさ。
D夜通し、歌った踊ったしていたよ。
答え
@上(ぬぶ)た、降(う)りたし、くたんでぃとおっさあ。
Aありさ、くりさし、忙(いちゅ)なさん。
Bどぅく、飲(ぬ)だ食(くぁ)たい しいねえ、肥(くぇ)えゆんどお。
C朝あ、しこうた、何(ぬう)さい し、むさげえゆさ。
D夜明(ゆうあ)き通(どぅう)しい、歌た、舞(もう)たそおたんどお。

第20講 叔母は踊りを習おうと、頑張っています。2009/12/22
@叔母は、踊りを教えようと、頑張っています。



A何故、あの子は泣いているの。
Bあの子は歯が痛い、泣いています。
Cあの服は高いから、買わなかった。
D今日は良い天気だ、おじいさんは喜んでいます。
@叔母(うば)まあや、踊(をぅどぅ)い習(なら)あすんでぃち、うみはまとおみせえん。(対目上語)
@'叔母まあや、踊い習あすんでぃち、うみはまとおいびいん。(非目上、丁寧)
A何(ぬう)んでぃち、あぬ童(わらび)え、泣ちょおが。
B歯(はあ)ぬ痛(や)むんでぃち、童え、泣ちょおいびいん。
Cあぬ衣(ち)のお、高さんでぃち、買(こ)うらんたん。
D今日(ちゅう)や、良いうゎあちちやんでぃち、御主前(うすめえ)や、いそうさそおみせえん。(対目上)
解説:「んでぃいち」は前回の「んでぃ」が日本語の引用を表わす「と」に対応するのに対し、実は、「と+言って(ンディ言チ)」の意味です。「言(イ)」が略されている形ですが、「んでぃいち)」という形もあります。他に、「んでぃいちゃあい」、「んでぃいちゃあに」および「んでぃいちゃあま」のバリエーションもあります。元々は地域差だっと考えられます。私の文章語では、語調次第(読者諸君には強いてそのような考えをする必要はないと思われます)で、「んでぃ」か、「んでぃち」を使い分けています。時折、前述後半の三つについても思い出したように使ったりします。色んな語句があることを書き示すためで、決して読者を戸惑わすためではありませんので、ご容赦願います。
 前語の語尾が「ん」である場合は、「でぃち」となるのは、「んでぃ」の場合と同じです。
例文@:「踊い」は「舞(もう)い」とも言います。
例文A:日本語の「なぜ」は、沖縄語では、「何(ぬう)が」、「何(ぬ)が」も使いますが、多くは「何(ぬう)んでぃち」を使います。覚えるしかありません。どれを使うか悩む人に朗報があります。「何(ぬ)が何(ぬう)んでぃち」と重ねる言い回しは、実は普通かつ頻繁に使われています。この重ね語を使いましょう。話相手も「おぬし出来る」と関心するでしょう。
例文B:「泣いている」などの動詞の進行の形は後日、あたらめて、説明します。
例文C:「衣(ちん)」などのように、語尾が「ん」となる名詞に付く係助詞(日本語の「〜は」に対応)は、「や」または「のお」となります。「のお」を使う場合は、前語の語尾「ん(n)」が係助詞「のお(no)」に音吸収されて、「ちのお」となります。日本語の「〜は」に対応する係助詞は沖縄語では前語の語尾音によって、使い分けられます。「や」はどの語尾音にも使えるので前語語尾で使い分ける、「のお」、「あ」、「え」などは、ヤ系係助詞と呼ばれています。詳細は後日説明します。

突っ込み過ぎる一言:「でぃちゃあい」、「でぃちゃあに」、「でぃちゃあま」も実は根は一つです。diichaamaを起源とするならば、dichaanimnに変音したものであり、dichaaiが脱落したものとかんがえられます。dichaamaは比較的古い音を保存している那覇以南で多く聞かれます。また、m音がn音より古い証拠は多くあります。宮古のmyaakuからnaakuへ、宮城のmyaagusikuはnaagusikuへ、にふぇえでえびるはmifeedeebiruからnifeedeebiruへそれぞれ変化してきたことからも分かります。
応用問題:次の沖縄語文を日本語文に直しなさい。
@道、広(ふぃる)くなすんでぃちゃあい、普請そおん。
A靴(ふや)*くむんでぃちゃあに、ふぃらきおいびいん。
(*首里語では「くぬん」)
B得(い)い欲(ぶ)しゃんでぃちゃあま、取(とぅ)すうばあけえそおん。
Cやなむんやんでぃち、うっちゃん投ぎたん。
D早(ふぇえ)く決(ち)わみゆんでぃち、打ち合(ゃ)しいそおん。

@道を広くしようと、工事をしている。
A靴を履くと、しゃがんでいます。

B貰いたいと、取り勝負している。

C不良品じゃないかと、投げ捨てた。
D早く決めようと、相談しあっている。

第19講 もうすぐ、冬になると、父は言った。2009/12/15
@もうすぐ、冬になる、父は言った。
 もうすぐ、冬になると、父はおっしゃった。
A孫は、ありがとう、叫んだ。
 孫は、ありがとう、叫びました。
Bおじいさんは、首里城のデイゴの花は美しい、褒めた。
 おじいさんは、首里城のデイゴの花は美しい、褒められた。

Cこれが僕の新車だ、自慢した。
D病気が治った、母は笑った。
 病気が治った、母は笑いました。
@なあやがてぃ、冬んかいなゆんでぃ、父(すう)や言ちゃん。
 なあやがてぃ、冬なゆんでぃ、父や、みそおちゃん。(対目上)
A孫(んまか)あ、にふぇえでえびるんでぃ、あびたん。
 孫あ、にふぇえでえびるんでぃ、あびゆたん。(丁寧)
B御主前(うすめえ)御城(うぐすく)ぬディグぬ花あ、ちゅらさんでぃ、褒みたん。
 御主前や御城ぬディグぬ花あ、ちゅらんさんでぃ、褒みみそうちゃん。(対目上)
Cくりがる我新車(わあみいぐるま)やんでぃ、自慢(しまん)さん。
D病(やんめえ)ぬ治(のお)たんでぃ、あんまあや、笑たん。
 病ぬ治たんでぃ、あんまあや、笑いみそうちゃん。(対目上)
解説:日本語の引用を表わす助詞「と」は沖縄語では「んでぃ」を用います。但し、前語の語尾が「ん」の場合は、例文@BCDのように、「んでぃ」「ん」と連続するのを避けるため略されます。近年では、「ん」が略された「でぃ」のままでも「んでぃ」の意味で用いられることが多くなりました。組踊りでは「むで」または「んで」と表記されます。発音は現代と同じく「ンディ」です。
例:「大川の按司の国々の按司部討たんで、あらざらん事は色々に言立て」(大川敵討) (参考「200年前の琉球語散文」)
 「取付けて降参しめらむで、おの思ん子養てあん」(上同)
(注:組踊は日本語音で表記されていますが、演じられる場合は、琉球語音で発音されていることは組踊を鑑賞して分かる通りです。ちなみに、私の書きことばは日本語表記に準じる組踊表記の精神を基本としながらも、実音つまり琉球語音=着語音で表記していることは、ご存知の通りです。)
 なお、「んでぃ」とほぼ同じ意味を表わす「んでぃち」は次回に扱います。

例文@「おっしゃる」は「みせえん」ですが、「言みせえん」でも良いです。「みせえん」は「食べる」「言う」なのど対目上語です。(対目上語は敬語の一種でですが通常の丁寧語や謙譲語と区別するために私は特に対目上語と称しています。)
例文B首里城は単に「御城(うぐすく)」と称されていました。他の城は殆ど廃城となり、長年、首里城しか残っていなっかたことから、いつしか「固有名詞」で呼称する必要がなくなったからかも知れません。
例文C「自慢」は「どぅううやめえ(自敬めえ)」という語がありますが、この文の場合は「自慢」(沖縄語化している)が適切かと思われます。自慢癖のある人のことを「じまなあ(自慢なあ)」と言います。
例文D「病気」は「やんめえ」ですが、「病気(びょうち)」も沖縄語化しています。
応用問題:次の日本語を沖縄語文の直しなさい。
@太郎は三味線を習っている、話しています。
A叔母は八重山出身だ、語っています。
B太陽は今、落ちよう、しています。
Cビールを取って来い、叔父が言い付けた。
D君は誰だ、僕は叫んだ。
Eすると、君は僕のいとこだ、答えた。
答え
@太郎(たるう)や、三味線習たんでぃ、話そおん。
A叔母(うば)まあや、八重山人(いぇえまんちゅ)やんでぃ、語とおん。
Bてぃだあ、今(なま)、落(う)てぃらんでぃ、そおん。
Cビール買(こ)うてぃ、来わんでぃ、叔父(うざ)さあぬ言い付きたん。
D汝(いゃあ)や誰(たあ)やがんでぃ、我ねえあびたん。
Eあんされえ、汝や、我(わあ)いちくやんでぃ、いれえたん。

第18講 高いものなら、買えません(文の強調) 2009/12/6
@晴れるものなら、晴れ着を着るのだが。

 晴れるなら、晴れ着を着るのだが。
Aおしいいなら、食べますよ。
 おいしいものなら、食べるよ。
 おいしいものなら、食べます。
 
Bクリスマスになった、いても立っても居られない。


 くりスマスになった、いても立っても居られません。
Cまだ子供なら、分からないだろう。
 まだ子供なら、分からないでしょう。


D高いものなら、買えないよ。
 高いものなら、買えません。
@晴りいどぅんせえ、上衣(うゎあじ) 着(ち)ゆしがる。(〜どぅんさあ
 晴りいるむんどぅんやれえ、上衣 着ゆしが。(〜どぅんさあ
 晴りいるむんやれえ、上衣 着ゆしが。
Aまあさいどぅんせえ、食(か)なびいんどお。(〜どぅんさあ
 まあさむんやいどぅんせえ、食むんどお。(〜やいどぅんさあ
 まあさむんやいどぅんせえ、食なびいん。(〜どぅんさあ
 
Bクリスマスないどぅんせえ、居ちん立ってん 居ららん。(〜どぅんさあ)
 クリスマス(んかい)ないどぅんせえ、居ちん 立っちん、居らりやびらん。(〜どぅんさあ
Cなま童やいどぅんせえ、分からん筈(はじ)。(〜どぅんさあ
 なま童やいどぅんせえ、分かやびらん筈。(〜どぅんさあ
 (なまん童どぅやるむんぬ、分かやびらん筈)
 なま童やいどぅんせえ、分からん筈やいびいん。
D値高(でえだかあ)やいどぅんせえ、買うゆうさんさ。(〜どぅんさあ
 値高やいどぅんせえ、買うゆうさびらん。(〜どぅんさあ
 (値高(どぅ)やるむんぬ、買ういゆうさびらん)
解説:今回の文章は実はかなり上級の部類になります。前講の表現で代用できる言い回しが殆どだからです。ただ、前回の内容の続きみたいなものですので、あえて、取り扱いました。
 前講の「〜なら、〜れば」(「〜れえ、〜らあ」)の強調の形です。日本語では、条件文の強調体は明確な形をしておらず、文脈から強調の意味合いがあることを感じ取る(ニュアンス)だけです。しかし、沖縄語では例の強調を表わす助詞「どぅ」を用いるので、文章の形からも強調体であることが分かるのです。勿論、強調体を用いなくても、会話は成立します。
例えば例文@は「晴りいねえ、上衣着ゆしが」でも良いです。
 しかし、ネイティブ(話者)には、この用法は淡白すぎて物足りません。「どぅんせえ」はいわば「味濃(あじく)うたあ」の表現です。同じことを言い表すのに、沖縄語には、さまざまな言い回しがあって、覚えるのが大変という人もいますが、言い回しが多種類あるのは日本語も同じです。最初の段階では気に入った言い回しだけ覚えれば良いのです。
 前置きはさておき、日本語の「〜ものなら」にはニュアンス的に「〜なら」に強調がかかっています(あくまでニュアンスです)。これに対応する沖縄語は「〜どぅんせえ」「〜どぅんさあ」などです。使用されている「どぅ」は強調を表わす助詞です。そう、係り結び体(文)でお馴染みでうよね。「どぅ」は基本的にはどの語にもくっつく性質があります。
 例文の@及びBは動詞に「どぅんせえ」が場合の形です。(連用形に付く)
 例文のACDは名詞に「どぅんせえ」が付く場合の形です。存在動詞「やん」の連用形「やい」の後に「どぅんせえ」を続けます。
 例文Aは形容詞に付く場合はの形です(連用形に付く)。
 ただし、Aの2番目と3番目の例文のように、「まあさ+むん+やいどぅんせえ」とえ」などと、「むんもの)」などと名詞の形にしてから、名詞に付く形で「形容詞連用形+名詞+やいどぅんせえ」と付ける用法もあります。実はこの用法は「濃い味」のため、好んで多く使われます。
 例文CやDには「〜どぅやるむんぬ」、「〜やるむんぬ」の語が使われています。ほぼ同じ意味を表わす文例として付け足しておきましたが、この用例は後日改めて説明します。
例文@にある「上衣(うゎあじ、わあじ)」は「晴れ着」です。「上着」ではありません。

余計な講座:本業歯科医で芸人の小那覇舞天の漫談に「塩屋(すうやあ)ぬぱあぱあ」というのがあります。オリジナルではなく、小那覇バージョンですが、「どぅんせえ」という語句を次のように語呂合わせを遊んでいます。文としては「鳴いどぅんせえ」だけで良いのですが…。そこがお笑いなのです。
「とおたり、ぷっとぅかち、跳(とぅ)んじたるむのお、泊前道(とぅまいめみち)、塩屋(すうやあ)ぬぱあぱあぬやいびいしがたり。待ち待ちそおたる五月四日(ぐんぐぁちゆっか)ぬ爬竜勝負(はありいすうぶ)ん今日(ちゅう)けえなてぃ、あいええとお、朝から爬竜鉦(はありいかに)んコンコン鳴いどぅんするむんどぅんやいどぅんしいどぅんするむんどぅんやいどぅんしいどぅんせえ、とおなあ、くぬぱあぱあたあや、居(い)ちん立っちん寝(に)てぃん逆立ちしん居(をぅ)ららんむんぬ、嫁(ゆみ)ぬカマドゥウ連(そ)うやあに、爬竜見(に)いが行きわるないびいさたり。いぇええ、カマドゥウよう、カマドゥウ」(小那覇舞天「塩屋ぬぱあぱあ」より)
上の日本語訳:「さあさあ、ぴょんと登場いたしましたのは、泊前道の塩屋のばあちゃんでなのでありますがね。待ちかねていた五月四日の爬竜舟競争も、いよいよ今日になってしまい、あ〜らもう、爬竜舟競争の鉦もコンコン鳴ったりするもんだから、ほんとにもう、朝からこのばあちゃんたちは、居ても立っても、寝ても逆立ちしても居られないのだから、嫁のカマドゥウを連れて、爬竜舟競争を見物しに行かねばならないのですわよ。あのねええ、カマドゥウよ、カマドゥウったら」
応用問題:次の沖縄語文を日本語に直しなさい。
@言いどぅんせえ、くりがる、ちびらあさるむんやいびいる。
A怪我(きが)ぬ治(のお)いどぅんせえ、ましやしがる。
Bながにぬ痒(こう)さいどぅんせえ、妻(とぅじ)んかい掻かせえ。
Cあくび しいどぅんせえ、兄(しいざ)なかい ぬらありいんどお。

D明日(あちゃ)あ、にいびち祝儀やいどぅんせえ、行きわるないる。
答え:
@いわば、これこそ すばらしいものなのです。
A怪我がなおったら、良いものを。
B背中が痒いものなら、妻に掻かせよ。
Cあくびしようものなら、兄に怒られるぞ。

D明日は結婚祝いなのだったら、行かねばなるまい。

第17講 「楽器なら三味線が好きです」2009/11/25
@よろしければ、一緒に、行きましょう。

 よければ、一緒に、行こう。
A立ちゅなら、立て。
B美しければ、良いのだ。
 美しければ、良い。
C楽器なら、三味線が好きです。


D今晩の夕飯は、できれば、豆腐ちゃんぷるうが良いのではないですか。
E(そう)だったら、もう、やらない。
@良(ゆ)たさいびいらあ、まじゅん、行ちゃびら。(良たさいびいれえ
 良たさらあ、まじゅん、行か。(良たされえ
A立っちゅらあ、立てぃ。
Bちゅらさらあ、済みいどぅする。(ちゅらされえ) 
 ちゅらされえ、済むん。(ちゅらさらあ
C鳴物(ないむん)やれえ、三味線(さんしん)や、ましやいびいん。(鳴物やらあ
 鳴物やれえ、三味線どぅ、ましやいびいる。(強調、係り結び用法)
Dちゅうぬ夕飯(ゆうばん)や、ないれえ、豆腐ちゃんぷるうや、ましえあいびらに。(なれえ
E(あん)やらあ、なあ、さん。(やれえ
解説:「麩(ふう)、食(か)むらあ、福○寿ぬ麩どお(日本語:麩を食べるなら福○寿の麩だよ)」というTVのCMはお馴染みですね。日本語の「〜れば、〜なら」などは、沖縄語では、「〜らあ、〜れえ」で表わします。強めの条件を表わします。前述のCM、糸満のことわざ「手ぬ出じらあ〜」も「らあ」が使われていますが、「れえ」もかなり使いわれています。特に、文例Dにあるように、特に動詞「なゆん(ないん)」に付く場合は、語呂から殆ど「れえ」使いになります。この場合、「ないれえ」の「い」が脱落した「なれえ」も多く使われます。
文例@ 「行ちゃびら」、「行か」の用法は後日習います。
文例B 日本語の「良い」は、沖縄語では「済むん」となります。もちろん、「良たさん」でも構いませんが、「済むん」使いの方が普通です。
文例C 日本語では形容動詞を付けないのが普通ですが(あるいは形容動詞が略されているのか?)、沖縄語は必ず存在動詞(「やん」の「や」)を付け、「楽器+や+れえ」としなければなりません。例「君なら→汝(やあ)やれえ」、「飲み物なら→飲みむんやれえ」。
文例D 沖縄語の「なゆん」には、日本語の「成る」という意味もありますが、「できる」という意味にも使われます。組踊に「出来(でぃき)た、出来た」というセリフ(褒め言葉)がありますが、日本語の影響(否、日本語そのまま)であり、土着語では、「なとおん、なとおん」と言います。「ちゃんと、出来ているよ」という意味です。
文例E 「やらあ」は「あんやらあ」の「あん」が略されています。存在動詞「やん」は名詞や代名詞に付くのは普通ですが、「やらあ」のように、代名詞が略される用法もあります。日本語の「だったら」も「そうだったら」の「そう」が略されています。

余計な一言:沖縄語では文例Cにあるように、日本語の「好き」には「まし」が対応します。「好(し)ち」はあまり使いません。沖縄語の「まし」も日本語の「まし」と意味が重なる部分があります。日本語の「この方ましだ」は「くりがるましやる」となります。
 さて、南こうせつが沖縄にライブ演奏に来たときの話。こうせつがある沖縄の関係者に、「『君が好き』というのは沖縄方言で何と言う」と聞いたそうです。聞かれた沖縄人は、「汝(やあ)がまし」と教えたそうです。こうせつはライブで、ギターを掻き鳴らしながら、「君が好き」という歌詞の部分?を「やーがまし」と繰り返し叫びました。沖縄語を知らない世代の沖縄の若者たちは、「何で、自分のライブなのに、喧(やかま)しい」と言うんだろうと、白けた顔を見合わせながらも、手を叩き続けたそうです。、10年ぐらい前の話です。
応用問題:次の日本語文を沖縄語に直しなさい。
@この魚を食べるなら、あげますよ。
A来るなら、今、来い。
B頭が痛いなら、この薬を飲んでください。(対目上文で)

C拝むなら、ちゃんと、拝んでね。
D庭木なら、黒木が良いよ。
答え
@くぬ魚(いゆ) 食むらあ、うさぎやびいさ。
A来(ち)ゅうらあ、来(く)わ。
B頭(ちぶる)ぬ やむらあ、くぬ薬(くすい)飲(ぬ)でぃ呉(くぃ)みそおり。(対目上)
C拝(うが)むらあ、しかっとぅ、拝みよお。
D庭木(なあぎい)やれえ、黒木(くるち)や、ましどお。
 庭木やれえ、黒木え、ましどお。
 庭木やれえ、黒木どぅ、ましやる。(強調、係り結び用法)

注:文例Dにおける係助詞「や」と「え」については、後日習います。

第16講 「やれば、できる」 2009/11/20
@やれ、できます。
 やれ、できるよ。
A洗った、きれくなる。
B冬に なれ、寒くなる。(なる
C持った(持て)、軽いです。
 持った、軽いですよ。
D話せ、分かります。
 話せ、分かる。
Eごちそうすれ、機嫌も直るよ。
@しいねえ、ないびいん。(しい
 しいねえ、ないさ(なゆさ)。
A洗いえねえ、ちゅらくなゆん。(洗い
B冬んかい 成いねえ、ふぃいくなゆん。(成い
C持(む)っちいねえ、軽(が)っさいびいん。(持っちい
 持っちいねえ、軽っさいびいさ。
D語(かた)いねえ、分かやびいん。(語い
 話、しいねえ、分かゆん。
Eくぁっちい、食(か)みいねえ、肝(ちむ)ん直(のお)ゆさ。(食みいや)
解説:日本語の条件や仮定を表わすには助詞「」、「」、「」などに祖対応するのは、「ねえ」や「」です。すっかり有名になった「いちゃりば、兄弟(ちょうでえ)」という慣用句にある「ば」は日本語から借用した文語です(例、組踊「大川敵討」に「いきやへ、兄弟、何うち隔のあが(泊詞)」)。本島では実際の会話(口語)では用いません。
 文例中の()内「や」使いは都市部では殆ど耳にしなくなりました。地方では、まだ特に年配者の間では、まだ健在ですが、「ねえ」使いが優勢となりつつあります。日本語系では「わ(は)」、「や」、「ば」は、入れ替わったりすることもありますから、「や」は、あるいは、「ば」の化けたものなのかもしれません。助詞を日本語から借用するのは、八八八六の韻を踏む琉歌(るうか)などで、土着語の助詞では、韻がきれいに踏めないことから、日本語を借用するのが習慣化されたのです。
 糸満の諺、「意地ぬ出(ん)じらあ、手引き、手ぬ出(ん)じらあ、意地引き」にある「らあ」(直訳:意地が出れば手を引け、手が出れば、意地を引け。意訳:怒っても手を出すな、出が出しそうになったら、怒りを静めろ)は、どちらかと言えば、条件をより強く表わす意味合いがあり、日本語の「なら」に対応します。次回に説明します。

文語に使われるうちなあぐちの「ば」の例
「東(あがり)、明かがり、墨(しみ)習れが、行ちゅん。日本語訳→東(の空)が明るくなれば、墨(文字)を習いに行く。
応用問題:次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
@伯父は、6時になった、ウォーキングしに行きます。
A叔母は、朝起きた、掃き掃除をします。

B散髪すれ、さっぱりします。
C電灯を点ける、明るくなるよ。
D汗をかく、嫌なにおいがする。
答:
@伯父(うざ)さあや、5時ないねえ、ウォーキングしいが、行ちゃびいん。
A叔母(うば)まあや、朝、起(う)きいねえ、掃(ほう)ちかち しみせえん。(対目上)
B断髪(だんぱち)しいねえ、さっぱっとぅ、ないびいん。
C電灯点(ち)きいねえ、明(あ)かがゆさ。
D汗(あし)ぬ はいねえ、嫌(や)なかじゃすん。
第15講 「〜だが」、「〜だけど〜」、「だが、〜」、「〜しかし」 2009/11/14
@朝は良い天気だけど、午後は雨が降るかも。

A彼は年寄りだけど、白髪は少ない。
Bしかし、沖縄はまだ、暑いです。
Cだけど、来てください。
@朝(あさ)あ、うゎあちち やしが、昼後(ふぃるあと)お、雨(あみ)ぬ降いる筈(はじ)。
A彼(あり)え、年寄(とぅす)い やしが、白髪(しらぎ)え、いきらさん。
Bやしが、うちなあや、なあだ、暑(あち)さいびいん。
Cやしが、来(ち)とぅらせえ。
 やしが、めんそおれ。(対目上)
 やしが、めんそおり。(対目上、澄まし表現)
解説:やしが」は日本語も「だが「、「けれど」に対応します。第14講で習った「しが」が存在動詞(日本語の形容動詞に近い)に付く場合の用法だと言えます。文頭で用いれば、日本語の「しかし」という意味に対応します。
語句説明
うゎあちち=(良い)天気。やなうゎあちち(天気が悪いこと)。「わあちち」と発音する人もいます。
いきらさん=少ない。
暑さいびいん=暑いです。「暑さびいん」と混在します。特に存在動詞「やん」に「やびいん」を付けと「ややびいん」となるため、「や」の連続を嫌って、「やいびいん」となりますが、これが動詞や形容詞に付く場合も、そのまま「いびいん」と変化しつつあるのです(現在進行形)。
降いる筈=降るだろう、降るかもしれない。「降いぬ筈」とも言いますが、「降いる」と「降いぬ」は意味は同じですが、前者が体言に接続する連体形であるのに対し、後者は、無理に日本語に訳せば、「するもの(すぬむぬ)」や「行く人(行ちゅぬ人)」などにおける「」に相当します。もちろん、日本語にはそういう用法はないですよね。おもしろいことに沖縄語にはその用法が実在するのです。「降いる筈」の「降いる」は、降ゆん」の連体形であり、「降い」における「」は助詞です。私は、ごく普通に、前者を連体形用法、後者を修飾用法と呼んでいます。私的体験では、後者使用の方が圧倒的であり、連体用法はむしろ日本語の影響で使用が増えてきたのではかと推察しています。「降ゆる筈」とも言いますが、今は少数派のような気がします(私的独断と偏見上では)。
なあだ=まだ。糸満などでは、「まあだ」という地域があります。
応用問題:次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
@子供だけど、良く知っています。
A沖縄人だが、沖縄の歴史は分かりません。
Bしかし、これは僕の仕事だよ。
答え
@童(わらび) やしが、良(ゆ)う、知っちょおいびいん。
Aうちなあんちゅ やしが、うちなあぬ歴史え、分かやびらん。
Bやしが、くりえ、我(わあ)仕事(しくち)やさ。

注:仕事(しくち)は、文字通り日本語の「仕事」の意味ですが、「わざ」は、どちらかといえば、具体的な「個々の作業」を意味します。  

第14講「痩せているけど、いつも元気です」 2009/11/11
@母は、痩せているけど、いつも元気です。

A会社は近いけど、車に乗って行きます。
B風呂に入ったけど、直ぐに出たよ。

C僕は帰るけど、君はどうする。
D太陽は出ているけど、雨が降っているよ。
 
@あんまあや、ようがりとおみせえしが、何時(いち)ん、ちゃあがんじゅうやみせえびいん。(対目上+丁寧)
A会社あ近さしが、車んかい乗(ぬ)てぃ 行ちゃびいん。
B湯風呂(ゆふる)んかい入(い)っちゃしが、直(し)ぐに、出(ん)じたさ。
 湯風呂んかい入っちゃしが、直ぐに、出じたんどお。
C我(わん)ねえ、帰(けえ)ゆしが、汝(いゃあ)や、ちゃあすが。
D太陽(てぃだ)あ、照(てぃ)とおしが、雨(あみ)ぬ降とおんどお。
 太陽あ、照とおしが、雨ぬ降とおっさあ。
j解説:「〜しが」は、日本語の「〜けど」、「〜」などに対応する接続詞です。第12講で習った「〜くとぅ」が順接を表わすのに対し、「〜しが」は逆接を表わします。
@の例文は、「あんまあや、ようがりとおしが、ちゃあがんじゅうやみせえん」でも構いません。これが、対目上でなく、単に丁寧表現なら、「我ねえ、痩(よう)がりとおいびいしが、いちん、ちゃあがんじゅうやいびいん」となります(「自分」を目上扱いする必要がないので、主語を「我」に変えました)。対目上文と単なる丁寧文との違いを下の例文で確認してください。

 対目上  あんまあや ようがりとお(みせえ)しが、何時ん、ちゃあ がんじゅう やみせえ(びい)ん。(()内は省略しても良い)
 丁寧文 我ねえ ようがりとおしが 何時ん ちゃあがんじゅう やいびいん

沖縄語では「風呂」は慣用的に「湯風呂(文例A)」と言います。「あんまあ(母)」は庶民語で、士族語(ゆかっちゅ言葉)では、「あやあ」となります。
語句
ようがりゆん=痩せる。
応用問題:次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
@今日は、寒い、我慢できる。
Aテレビは、良く見るけど、本は読まない。
Bおばさんは、歳取っているけど、見かけは若いです。
C私は、痩せていのです、いつも元気です。
答え:
@今日(ちゅう)や、ふぃいさしが、にじらりいん。
Aテレビえ、良(ゆ)う、見(ん)じゅしが、本や読まん。
Bうばまあや、歳取(とぅしとぅ)とおしが、ばじょうや若さいびいん。
C我ねえ、ようがりてぃる居いびいしが、ちゃあがんじゅう、やいびいん。

第13講 「良い天気だから、海へ行きます」 2009/11/3
@今日は、良い天気だから、海へ行く。
A今日は、良い天気ですから、海へ行きます。

A彼は、医者だから、病気を治せる。
A'彼は、医者でいらっしゃいますから、病気を治せます。
Bこれは、毒だから、食べられない。
Cこの本は、好きでないから、読まない。
C'この本は、好きでありませんから、読みません。
Dだから、言ったじゃないか。
EQ「だからもう、やるなと言っただろ」
  A「だからよ」
 Q「君はまたも、失敗したわけ」
  A「だからよ
@今日(ちゅう)や、良いうゎあちちやくとぅ、海んかい行ちゅん。
@'今日や、良いうゎあちちやいびいくとぅ、海んかい行ちゃびいん。

A彼(あり)え、医者やくとぅ、病(やんめえ) 治(のお)しゆうすん(注1)。
A彼え、医者やみせえくとぅ、病 治しいすん。(対目上)
Bくりえ、毒(どぅく)やくとぅ、食(か)まらん。
Cくぬ書物(しむち)え、ましえあらんくとぅ、読(ゆ)まん。
C'くぬ書物え、ましえ あいびらんくとぅ、読なびらん(注2)。
Dやくとぅ、言ちゃのお あらに。(やくとぅ、言ちゃしえ)
EQ「やくとぅ なあ、さんけえんでぃ言ちゃのおあらに」(注3)
  A「やくとぅよ」
 Q「汝(いゃあ)や、またん、しいやんたるばあ」
  A「やくとぅよ
解説:日本語の「だから」も「だ」と「から」から成るように、沖縄語の「やくとぅ」も「や」と前講で習った「くとぅ」から成ります。「や」は「やん」を終止形とする存在動詞(日本語の形容動詞にほぼ対応する)です。要するに、前講の「くとぅ」が動詞や形容詞に付く場合の用法を説明しているのに対し、今講は、存在動詞に付く場合について、分けて説明しているだけです。存在動詞「やん」は後日、改めて説明しますが、関西弁の「そう」の「」(関東弁の「そう」の「」)に近く、沖縄語が関西語(日本語の古語)に近い関係にあることをうかがわせています。
 丁寧表現は「やいびいくとぅ」、表現する対象が目上の場合は、「やみせえくとぅ」または、「やらりいくとぅ」(首里、那覇では一般的ではないとされる)を使います。否定の形は、「あらんくとぅ」、「あいびらんくとぅ」(丁寧)、「やみせえらんくとぅ」などと、「やん」の否定の形に「くとぅ」が付く形となります。
 EのAは、日本語では見受けられない表現ですが、一応、形の上では日本語です。いわゆるウチナアヤマトゥグチです。失敗や間違いと指摘された場合に、言い訳する代わりに「だからよ」と言えば、喧嘩に発展しそうな会話でも切り上げさせる力があります。「だからよ」には、相手の指摘事項を認め、反省の意味が込められているからです。しかし、それだけで会話が完結してしまうのはヤマトゥンチュには奇妙でしょう。
注1:「しいゆうん」は「しいすん」とも言います。
注2:「読なびらん」は、主には首里や那覇地区に見受けられ、地方では、「読まびらん」とも言います。首里では「読む」の終止形は「読ぬん」で那覇語系では「読むん」(マ行で変化)なのに、こと、丁寧表現になったとたん、都市部(中央付近)では、那覇語系といえども、首里語の影響で、一部がナ行変化するのです。
注3:「さんけえ」は「すなけえ」とも言います。
応用問題:次の沖縄語文を日本語文に直しなさい。
彼(あり)え、陸上選手(りくじょうしんしゅ)やくとぅ、足(ふぃさ)ぬぐるさん。
くぬ実(ない)や、値高(でえだかあ)やいびいくとぅ、買(こう)やびらん。
くぬ問題や、出来(でぃき)やあ、あらんくとぅ、分からん。
あぬ人お、う年寄(とぅす)いやみせえくとぅ、白毛(しらぎ)ぬ生(みい)いとおいびいん。
答:
彼は、陸上選手だから、足が速い。

この果物は高いから、買いません。

この問題は、優等生じゃないから、分かりません。
あの人は、お年寄りでいらっしゃるから、白毛が生えています。

第12講 「今 来る(行く) から 待っていて」 2009/109/27
@今、行くから、待っていてください。


A今から、行くから、待っていて。
B明日、行くから、待っていてね。
C僕は、寒いから、服を着ます。
D僕も 寒いから 服を着る。
E今日は、暑いので、クーラーを点けるさ。
F珍しいから 持って 帰ります。
G頭が 痛いから、病院に行くよ。

Hこの服は、汚れているので、洗濯しようね。
@今(なま) 来(ち)ゅう くとぅ、待(ま)っちょおちみそおれえ。(対目上)
@'今、来ゅうくとぅ、待っちょおちみそおれえ。(対目上)
@"今、来ゅうくとぅ、待っちょおちゃびれえ。(単純丁寧)
A今から、来ゅうくとぅ、待っちょおけえ。
B明日(あちゃ)、来ぅうくとぅ、待っちょおけえ。
C我ねえ、ふぃいさくとぅ、衣(ちん)着やびいん。
D我にん、ふぃいさくとぅ、衣着ゆん。
E今日(ちゅう)や、暑(あち)さくとぅ、クーラー点きゆさ。
F珍(みじ)らさくとぅ、持っち、帰えやびいん。
G頭(ちぶる)病(や)んすくとぅ、病院ぬんかい 行ちゅんどお。
 (頭ぬやむくとぅ、病院ぬんかい 行ちゅんどお。)
Hくぬ衣のお、汚(ゆぐ)りとおくとぅ、洗濯(しんたく)さびらやあ。
解説:日本語の「〜するから、〜」や「〜ので、〜」は、沖縄語では、「〜くとぅ、〜」となります。
 文例Aにあるように、「今から」や「これから」「明日から」の「から」は、沖縄語でも「から」です。文例@、B及びHでは、動詞が進行の形になっている部分がありますが、進行形については、後日あらためて説明しますので、ここでは、鵜呑みにしてください。また、@の文例で、対目上文は、「待っちょおてぃ、くぃみそおり」、「待っちょおてぃくぃみそおれえ」も多く使われます。A例文の別バージョンとしては、「待ちょおれえ」もあり、その「すまし言葉」として、「待っちょおり」もあります。さらに、これに感嘆詞「よ」などを付け、「待っちょおりよ」もあります。日本語もそうですが、沖縄語の表現の多彩さは、日本語以上なのです。「習い沖縄語」は単調化されている可能性があるので、いくら習っても、聞きなれない沖縄語を耳にすることがあるのはその為です。まあ!気にしないでおきましょう。
 「〜だから」という、文例は、沖縄語では、厳密に言えば、上の例文にある「〜から」と同じ用法ですが、日本語の「だから」同様、慣用化しつつありますので、別途(次回)、説明します。
語句説明:「頭が痛い」は文例では、「頭病んすん」又は「頭(ちぶる)ぬ病むん」などと、日本語が形容詞で表わすのに対し、沖縄語では、動詞で表わします。

 ちょっと、厄介な説明をしなければなりません。文例@〜Bにあるように、日本語が「行く」になっているのに対し、沖縄語では、「来る」になっています。そう、沖縄語では、「行く」の感覚が逆になります。「私も行っていい?」は、「我にん、来(ち)ん、済(し)むん?」となります。本来は。ですが、昨今は、日本語の影響で、日本語的言い方でも変ではなくなりました。(追記(2009/11/22)11月21日付けの琉球新報のオピニオンワイドにも関係する話題が掲載されています。

余計な一言:
 NHKが1948年〜60年代にかけて、収録した各地のしまくとぅでは、「くぃみそおり」が一部「とぅらしんそおり」という言い方になっていますが、田舎ではむしろ、この言い方が普通であり、表現が多様でした。最近は、沖縄語の先生方が、首里や那覇の人が多いため、沖縄語の単純化とハイカラ化が進行してしまっているのが現状です。中には、首里の先生から習ったものと違うという理由で、田舎的言い回しを否定する極端なケースも見られます。もっとも、言語の単純化(ある方向への様式化)とハイカラ化は、戦後の日本語にも見受けられる現象です。そのため、北海道から沖縄までの小学生から大人まで、そして、素人からプロの書き手まで、殆ど同じ文体で文章を書くことができるようになったのはよいことですが…。それに、日本語を習う立場に在る外国人にもよいことです…かね。
応用問題:次の日本文を沖縄語に直しなさい。
 酒を飲むから、酔うのです。
 

 勉強しないから、何も理解できない。
 野菜が安かったから、買いました。

 名護は、遠いから、行きませんでした。
答:
 酒(さき) 飲むくとぅ、酔(ゐ)いやびいん。
 酒 飲むくとぅどぅ、酔いやびい。(強調、係り結び用法)
 酒 飲むくとぅ、酔いやびいる。(上に同じ)
 勉強(びんちょう) さんくとぅ、何(ぬう)ん 分からん。
 野菜(やせえ)や 安っさたくとぅ、買うやびたん。(丁寧)(注)
 野菜や、安っさたくとぅ、買うたん。(注)
 名護(なぐ)お、遠(とぅ)うさくとぅ、行ちゃびらんたん。(丁寧)(注)
 名護お、遠さくとぅ、行かんたん。(注)

注:過去文は後日、あたらめて説明します。 

第11講 「学校へ 勉強しに 行く」 2009/10/19
生徒は 学校へ 勉強し 行く。
先生は 勉強を教え いらっしゃる。
友だちが 本を借り 来ます。
僕は 映画館へ 映画を見 行くよ。
じゃあ、私は 用事し 出かけるさ。 
ご飯 食べ お出で。
薪 取り 来てよ。
母は 傘を置き、家に 戻られた。
生徒(しいと)お、学校んかい 勉強(びんちょう)しい 行ちゅん。
先生(しんしい)や、勉強習(なら)あしい めんせえん。(対目上)
どぅしぬ、本(ふん) 借い 来(ち)ゃあびいん。
我(わん)ねえ、映画館ぬんかい 映画見じい 行ちゅんどお。
あんせえ、我ねえ、用事(ゆうじ)しい 行ちゅさ。
むん 食(か)みい 来(く)わ。
たむん 取(とぅ)いが 来(く)うよお。
あんまあや 傘 置(う)ちい が 家(やあ)んかい 戻(むどぅ)いみそおちゃん。(対目上)
解説:「〜し に、行きます(来ます)」は、うちなあぐちでは、「〜い 、行ちゃびいん(来ゃあびいん)」となります。日本語の助詞「に」に対応する助詞が単純に「が」になるだけです。この文は、主には、「行ちゅん」、「来ゅうん」、「めんせえん(対目上)」、「戻(むとぅ)ゆん」、「帰(けえ)ゆん」、「もうゆん(対目上)」などの動詞に対して用いられますが、現代では、「あんまあや 童(わらび)んかい行逢(いちゃ)いが、大阪(ううざか)んかい、飛(とぅ)だん(母は子供に逢いに、大阪に飛んだ)」などという表現も可能です。
 また、下の応用問題のように、「〜しに。」などのように、文を打ち切る表現も日本語同様です。最後の文例は、うっかり、過去形になっていますが、過去形については後日、習います。
応用問題
Q「どちらへ お出かけですか」
Q「どちらへ お出かで ございますか」

 A「お買い物しにです」
Q’「あら、どちらへ」
 A’「買い物しに」 

Q「まあんかい やいびいが」
Q「まあんかい やみせえが」(対目上)
Q「まあんかい やみせえびいが」(対目上+丁寧)
 A「買(こう)い物(むん)しい、やいびいん」
Q’「あい、まあんかい?」
 A’「買い物しい

第10講「〜したい」 2009/10/12
ご馳走を 食べたいです。
魚を 食べたい。
旨いもんが 食べたいよ。
旨いもんが 食べたいなあ。

コーヒーを 飲みたい。
海に 行きたい。
沖縄語を 習いたい。
勉強をしたい。
勉強できる子に なりたい。
医者になりたい。
サバニを 漕ぎたい。
友だちを 呼びたい。
くぁっちい 食(か)みい 欲(ぶ)しゃ いびいん
魚(いゆ、ゆう) 食みい 欲しゃん
旨(まあ)さむんぬ 食みい 欲しゃんどお
旨さむんぬ 食みい 欲しゃっさあ

コーヒー 飲みい 欲しゃん
海んかい 行(い)ちい 欲しゃん
うちなあぐち 習(なれ)えい 欲しゃん
勉強(びんちょう) しい 欲しゃん
良(ゆ)う出来(でぃき)やあ ない欲しゃん
医者んかい ない欲しゃん
サバニ 漕(くう)じい 欲しゃん
どぅし 呼びい 欲しゃん
解説:@「〜したい」は日本語では、動詞連用形プラス助動詞「たい」で表わされる「希望」は、沖縄語では動詞連用形プラス形容詞「欲しゃん」で表わします。形容詞語尾は古くは「〜しゃん」の形をしていますが、今日では、那覇語系では「ちゅらさん」のように殆どが「さん」に変化しています。ところがこの「欲しゃん」は、首里語以外でも「しゃん」の形を留めています。かと思えば「欲さん」と発音する人もいます。「欲さん」にするか、「欲しゃん」にするかは、別に神経質になる必要はありません。文中の「ゆうでぃきやあ」は「ゆうりきやあ」とも発音されます。
A日本語の「〜を」に対応する助詞は、沖縄語の文語(書記語)では「ゆ」(表記は「よ」の場合もありますが、発音はやはり「ユ」)ですが、通常の会話では100%使いません。
余計な一言: 明治13年に、琉球人に日本語を教えるために沖縄県が出版した教科書『沖縄對話』には、「テガミ カチテーンデ ウムトウヤビーン(日本語=手紙ヲ 認メタフゴザイマス)」(上之巻 学校之部 第二回より。琉球語伝統表記《比嘉式表記》では、「手紙 書ちてえんでぃ 思とおやびいん」)」という表現があります。「書きたい」は上で見るように、本来は「書ちい欲しゃん」なのですが、『沖縄對話』では、「書ちてえ」、などと、単に、日本語を訛らせただけの沖縄語が散見されますので要注意です。元々、日本語を教えるための書物だったこともあり、沖縄語部分については、表現も表記も適当なところがあります。ただ、今日の「にふぇえでえびる」や「なあだ」が「みふぇえでえびる」、「まあだ」となっているなど、音韻変遷(M音がN音に)が伺える貴重な言語資料ではあります。(「まあだ」は、糸満語などに残るのみ。また「みふぇえ」は石垣島の「みいはいゆう」に名残をみる)
応用問題1:次の日本語文を沖縄語文の直しなさい。
 
 本を読みたいです。
 家に帰りたいなあ。
 爪を切りたいよ。
 仕事をしたい。

応用問題2:第1講から9講までの復習問題です。
 次の沖縄語の疑問文の( )内に適切な疑問助詞または推量助詞を記入せよ。
 @山んかい 行ちい欲しゃ( )?
 A汝(いゃあ)や 何(ぬう) 持っちゅ( )?
 Bやあさどぅ ある( )?
 Cジュース 飲(ぬ)ま()?
 D彼(あり)え、独一人者(どぅうちゅいむん)が や( )?
なお、上の日本語訳は、次の通り。
 @山に行きたいか。
 A君は何を持つか。
 Bお腹が空いているのか。
 Cジュースを飲まないか。
 D彼は独身なのだろうか。


 本(ふん) 読(ゆ)みい 欲しゃ いびいん。
 家(やあ)んかい 帰(けえ)い 欲しゃっさあ。
 爪(ちみ) 切(ち)みい 欲しゃんどお。
 仕事(しくち) しい欲しゃん。

答:

 
 @(み) 
 A(が)
 B(い) 
 C(に)
 D(ら)

弟9講 どちらへお出かけ? 2009/10/4
Q「どちらへお出かけで?」
 A「家にです」
Q'「どこへ行くの」
 A「家に」
Q「どこへ、お出かけるつもりで?」
 A「那覇の市場にです」
Q「お菓子を食べます?」
 A「結構です」
Q「お菓子を食べる?」
 A「結構」
Q「まあんかい やいびいくとぅ?」
 A「家んかい やいびいん」
Q'「まあんかい やくとぅ?」
 A'「家んかい」
Q「まあんかい(でぃ)ち、やいびいくとぅ?」
 A「那覇ぬ市場(まち)んかいち やいびいん」
Q「う菓子(くぁあし)、食なびいん?」
 A「済まびいさ」
Q'「菓子 食むん?」
 A'「済むさ」
解説:@「やくとぅ」は、「〜だから、〜」という意味を表わす接続詞助詞です。おそらく、元々は行為の動機や状態の原因を尋ねる疑問文だったのでしょうが、原因をまともに回答しないボケ回答の習慣からこのような奇妙な接続助詞で切り上げる沖縄語文が出来上がったのでしょうか?。日本語に直訳できません。にも拘らず、沖縄人は平気で直訳調の「日本語」を使います。例えば、「あんた、どこにだから?」、「どこにだからが」等。この「やくとぅ」を疑問文の代わりに使う場合は、一部の地域を除いて、疑問文にありがちな尻上がりの抑揚になりません。与勝半島のうちの字平安名以東の地域では、尻上がりで使用されることもあります。
A後半の「お菓子を食べます」以下の例文は、日本語や英語でも普通文の語尾を尻上がり抑揚にすることによって疑問文にすることができるように、沖縄語においても当然可能です。「まあんかい」は「まあんかいでぃち」の略文で、話し言葉では多用されています。つまりでぃちの発展語です。もちろん、文章語に使おうが個人の自由です。
Bなお、例文中の「食なびいん」は地域によっては「食まびいん」となります。「食なびいん」は首里語的なのですか、首里以外の地方でも広く使われています。但し、「食むん」の場合は首里では「食ぬん」となります。本土の方や沖縄の非話者の場合は、自分で選択すればよいでしょうか?
注:「やくとぅ」を使う接続文は後日、習います。うちなあヤマトぐちである「何でかね?」「だからよ!」とも関係あります。乞うご期待!
応用問題 次の沖縄語文を日本語に直しなさい。
Q「くりえ、何やいびいくとぅ?」
 A「童ぬ得いりむんやいびいさ」
Q'「くりえ、何やくとぅ」
 A'「童ぬ得いりむんやさ」
Q'「あい、まあんかい?」
 A'「親ぬ家んかい」
答え
Q「何ですか、これは」
 A「子供のおもちゃですよ」
Q'「何だ、これは」
 A'「子供のおもちゃさ」
Q’「あら、どちらへ?」
 A'「実家に」

第8講 あの畑は、君のものなの? 2009/9/27
Q「あの畑は、あなたのものなんですか(ね)」
 A「はい、あの畑は私のなんです」
Q'「あの畑は、君のものなの?」
 A'「ええ、僕のだよ」
Q「本を読んでいるのですか(ね)」


 A'「違います、漫画を読んでいるのですよ」
Q「この花は、きれくないですか」
 A「そうだね、きれいです」
Q「あぬ畑(はる)お、うんじゅがむんどぅやいびいんなあ
 A「いい、我(わあ)むんどぅやいびい
Q'「あぬ畑(はる)お、汝(いゃあ)むんどぅやんなあ
 A'「いい、我(わあ)むんや
Q「書物(しむち)どぅ読(ゆ)どおみせえびいんなあ」(対目上)
 「書物どぅ読どおみせえんなあ」(対目上)
 「書物どぅ読どおいびいんなあ」(普通丁寧)
 A「あいびらん、漫画(まんぐぁ)どぅ読どおいびいんどお
Q「くぬ花あ、ちゅらさあ ねえやびらんなあ
 (「くぬ花あ、ちゅらくお、ねえやびらんなあ」)
 A「やいびいんやあ、ちゅらさいびいん」
解説:またまた疑問を表わす別バージョンの文です。実に沖縄語の表現力は豊かです。文末に「なあ」(または「」)を使う疑問文は柔らかい疑問文となります。ですから、日本語訳では、「〜ね」という感嘆助詞を付けた方がニュアンスが近いのかもしれません。もともと、上の「なあ」自体も感嘆詞の一種だったのかもしれません?。「なあ」を使う疑問文は、強調を表わす係り結び用法(「どぅ〜連体形」用法)であっても、疑問助詞は、第3回で習った「」ではなく、そのまま、「なあ」を使います。右例文の8行目の例文にもあるように、たとえ、文中に強調を表わす「どぅ」(または「」)が使われていても、文末に「どお」などの感嘆助詞をつける場合は、動詞や形容詞などは連体形で結ばれることはありません。私はこれを感嘆詞優位の法則などと勝手に名付けています。
例 通常の強調文(係り結び)→「あいびらん、漫画(まんぐぁ)どぅ読どおいびいる」
   感嘆助詞が付く場合→「あいびらん、漫画どぅ読どおいびいんどお

 一体、この講座はいつまで、疑問文とか推量文とかばかりやるつもりなのでしょうかね。恐らく、次回ぐらいでは、このトンネルから抜けるでしょう。
応用問題:次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
Q「このパソコンは、壊れているのですか(ね)」
 A「ええ、壊れています」
Q「家までは、遠いですか」
Q'「家までは、遠いのかい」
 A「はい、遠いですよ」
 A'「いいえ、近いよ」
Q'「もう、行くの」
 A'「もう、行くよ」
 A'「もう、行こうね」

Q「くぬパソコンや、壊(くう)りてぃどぅ居(をぅ)いびいんなあ
 A「うう(又は「いい」)、壊りとおいびいん」
Q「家までえ、遠さいびいんなあ
Q'「家までえ、遠さんなあ
 A「うう、遠さいびいん」
 A'「いいい、近さんどお」(対等目下等)
Q'「なあ、行ちゅんなあ
 A'「なあ、行ちゅんどお」(「なあ、行ちゅさ」)
 A'「なあ、行かい」

注:上の最後の「なあ、行かい」の用法は後日、習います。

第7講 あれは、何だろうか 2009/9/21
Q「あれは、何でしょうか
Q'「あれは、何だろうか」
 A「さあ、たぶん、飛行機ではないでしょうか」
 A'「さあ、たぶん、飛行機ではないか」
Q「あの人は、誰なのでしょうか」
 A「校長なのでしょうか」
Q'「あの子は、どこの誰だろうか」
 A'「あの子は、あんたたちの隣の太郎君じゃないのか」

「メールは、来ているだろうか
「今年の冬は、寒いだろうか
Q「ありえ、何やいびいがや
 A「知ら、いやでぃん、飛行機(ひこうち)え、あいびらんがや
Q'「ありえ、何やがや
 A'「知ら、いやでぃん、飛行機えあらんがや
Q「あぬ人(ちゅ)お、誰(たあ)やみせえがや」(対目上)
 A「校長先生どぅやみせえがや」(対目上)
Q'「あぬ童え、まあぬ誰やがや
 A'「あぬ童え、いったあ隣ぬ太郎(たるう)やあらんがや

「メールお、来(ち)ょおがやあ
「今度ぬ冬お、ふぃいさがやあ
解説:@「がや」は「がやあ」とも発音されますが、特に文末に感嘆詞「や(日本語の「ね」に近い)」を付ける場合は、「がやあや」となります。疑問を表わすというより、前回の「が〜ら」と同じように、本来は推量を表わしましが、疑問文の代用として使われることは、「が〜ら」用法より定着しています。
A「が〜ら」が疑問文の代用となる場合、婉曲表現になるのに対し、「がや(あ)」は柔らかい疑問を表わすと言えるでしょうか。使い分けることに神経を使うことはありません。」
Bまた、文中に強調を表わす「どぅ(または「る」)」があっても、疑問詞「い」を用いず、そのまま「がや」が使われます。この場合の「どぅ(または「る」)」は日本語の「」〜なの」と訳した方がよいでしょう。例、沖縄語「くりどぅやがやあ」→日本語「これなのだろうか」
B話は変わりますが。都市部の一部では、「何がや(何かな)」の「」が脱落し、「何がや」と変化しつつあります。この「や」は日本語の形容動詞に近く、私は存在動詞と呼称しています。例、「誰がや」。
応用問題:次の日本語文を沖縄語文に直しなさい。
Q「魚と肉のどれがいいのでしょうか」
 A「魚が良いのでしょうか」
Q'「魚と肉とどれが良いか」
 A!「魚がよいだろう」
 A"「魚がよいだろうね」
答:
Q「魚(いゆ)とぅ肉(しし)とお、じるお、ましやいびいが」
 A「魚お、ましえ、あいびらんがや」
Q'「魚とぅ肉とお、じるお、ましやがあ」
 A'「魚お、ましえ、あらんがやあ」
 A"「魚お、ましえ、あらんがやあや」

第6講  もう秋になったのでしょうか 2009/9/11
 「もう、秋になったのでしょうか
 「もう、秋になったのだろうか」
 「あの人は、誰でしょう(か)」
 「あの人は、誰だろう(か)」


 「兄は いらっしゃるでしょうか」
 「弟は 来るだろうか」
 「外は 涼しいでしょうか」
 「外は 涼しいだろうか」
 「母は、どこに いらっしゃるのだろう」
 「あの子は どこへ 行くのだろう」
 「なあ、秋(あち)んかい なとおいびい
 「なあ、 秋んかい なとお
 「あぬ人(ちゅ)お、誰(たあ) やいびい
 「あぬ人お、誰 やみせえ」(対目上)
 「あぬ人お、誰 やんせえ」(対目上)
 「あぬ人お、誰が 
 「兄(しいざ)あ、めんせえ す(さびい)」(対目上)
 「弟(うっとぅ)お、来(ちい)い す
 「外(ふか)あ、しださ あいびい
 「外あ、しださ あ
 「あんまあや まあんかい めんせえ」(対目上)
 「あぬ童(わらび)え、まあんかい 行ちゅ
解説:上のような文構造を「が〜ら」用法といいいます。おっと、失礼!文法用語は覚えなくて良いです。上の「ら」を疑問助詞として扱う言語学者もいます。だが、上の例文は基本的には話し相手に返事を期待せず、独り言で完結する推量の類です。この推量助詞「ら」を使う場合は、推量の対象となる語句に疑問助詞「が」が付きます。状況に応じて、この「が〜ら」が疑問文として応用されることもあります。ドアの向こうでノックがして、内側から、「誰がやら(どなたかしら)」と尋ねる場合などがそうです。もちろん、通常の「誰やが」を使ってもよいのですが、尋ねて、万一、外に誰も居ないとも限りません。こんな場合は、婉曲的で柔らかい尋ね方がふさわしいのです。このようにきれいに形式化された婉曲表現の文構造は日本語には見当たりません。なお、「ら」は「らあ」でも良いです。
 日本語の「何やら」、「どうやら」なという語句など、はあるいは、そのカケラなのでしょうか、私は知りません。日本語の「誰かしら」は「誰か知らん」の変形した慣用句であって、語尾の「ら」は元々「知る」の未然形で、上の沖縄語の用法とは別のものです。
 糸満の民謡「白浜節」に我や 白浜ぬ 枯り松 やゆ(私は白浜の枯れ松なのだろうか)」という歌詞があります。「やゆら」は「やら」の文語です。日本語の「もう」は沖縄語では「なあ」ですが、組踊脚本では「にや」と(文語)表記されていることがあります。
余計な一言:「沖縄語は日本語の方言であるから文法は日本語と同じ」という考え方に洗脳されていては、うちなあぐちは文で覚えるより、単語だけ覚えれば良いという発想になりかねず、いつまでたっても、沖縄語を話すことも書くこともできないのです。
応用問題:次の日本語文を沖縄語文で表わしなさい。
 「何が どうなって いるのか、分からりません」

 「君のことを、覚えているだろうか」
答:
 「何(ぬう) 何(ぬう) なとおらあ、分からびらん」
 「何ぬ ちゃあ なとおらあ、分かやびらん」
 「汝(やあ)くとぅ、覚(うび)いてぃ、居(をぅ)

第5講 テレビは安くなかったですか 2009/9/6 
Q「テレビは 安く なかったです か
Q!「テレビえ 安く なかったか
 A「はい、安くなかったです」
 A'「はい、安くなかった」
 A"「はい、安くなかったよ」
 A"「うん、安くなかったさ」
   「うん、安くなかったなあ」
Q「テレビえ 安っさ あ ねえやびらんた み
Q' 「テレビえ 安っさあ ねえらんた み」
 A「ううう、安っさあ ねえやびらんたん」
 A'「いいい、安っさあ ねえらんたん」
 A"「いいい、安っさあ ねえらんたんどお」
 A"「いいい、安っさあ ねえらんたさ」
  「いいい、安っさあ ねえらんたっさあ」
解説:@前回は否定疑問文における疑問助詞は「に」を使うと説明しましたが、上の例文も同じ否定疑問文なのに、疑問助詞として「み」が使われています。一体どうなっているんでしょうか。良く見ると過去文です。過去文における否定疑問文における疑問助詞は、また「み」になるのです。何とややこしいことでしょうか。でも、現在文における疑問助詞は実は、否定助詞「ん」と本来の疑問助詞「み」が音韻結合して「に」になったと考えられます。例えば、「食ま(食べないか)」は「食まん+み」の「ん+み」が「に」になったのです。
Aさらに、今回、もう一つ、神経を悩ますルールをご説明しなければなりません。沖縄語では、否定疑問文に対する返事の「はい」「いいえ」が日本語とは逆になることです。日本語では質問の否定を肯定するから、返事は「はい」になりますが、沖縄語では、質問内容が肯定であろうが否定であろうが、答える内容が否定である場合は、「ううう(いいえ)」や「いいい(いいえ)」などを使うのです。つまり、英語と同じであると考えましょう。
応用問題:次の日本語文をうちなあぐちで表わしなさい。
Q「会社には行きませんでしたか」
Q'「会社には行かなかったか」
 A「ええ、会社には行きませんでした」
 A'「ええ、会社には行かなかった」
 A"「ええ、会社には行かなかったよ」
答:
Q「会社んかいや 行ちゃびらんたみ」」
 「会社んかいや めんそおらんたみ」(目上に対する文)
 「会社んかいや めんせえびらんたみ」(目上に対する文、丁寧)
 「会社んかいや もうらんたみ」(目上に対する文)
 「会社んかいや もうやびらんたみ」(目上に対する文、丁寧)
Q'「会社んかいや 行かんたみ」
 A「ううう、会社んかいや 行ちゃびらんたん」
 A'「いいい、会社んかいや 行かんたん」
 A"「いいい、会社んかいや 行かんたんどお」
もう一言:目上に対する文は後日、説明しますが、例文としては、少しづつ、用いていきます。日本語も色々と言い回しがありますが、沖縄語はその上を行きます。日本語は各民族語が混合を重ねる過程で単純化していったのだと考えられます。
 「沖縄語は日本語の下位方言」という考える人々は、どうしてこうも違うのかと悩むのでしょうか。

第4講  明日は、盆入りじゃないですか 2009/8/31
Q「明日は、盆入りじゃないですか
 A「そうです、盆入りです」
 A'「そうだよ、盆入りだよ」
Q「明日あ、御迎え(うんけえ)や あいびらに」
 A「やいびいん、御迎え やいびいん」
 A"「やんどお、御迎え やんどお」
解説:「〜じゃないのか」「〜ではないか」などと、否定文でかつ疑問文となっている場合の疑問助詞には「に」を使います。日本語では、疑問詞は、一括して、「か」が使われるのに対して、沖縄語では、第1回から見てきたように、疑問文の種類によって、「が」「み」「い」「に」などと、使用する疑問助詞を厳密に使い分けます。話者世代にとっては、無意識にできるばかりに、改めて説明すると、「そうなっているわけ」などと驚く程です。ましてや、話者でない世代や外国人にとっては、とても面倒臭い文法かも知れません。沖縄語の豊かさといってもよいかも。あきさみよなあ。でも、まだまだありますよ。呆れないで取っ組み合いしましょう。
応用問題:例によって、次の日本語文をうちなあぐちに直しなさい。
Q「あそこへ 行きませんか
Q!「あそこ へ 行かないか」
 A「行きます」
 A'「行く」
 A"「行くよ」「行くさ」

Q「今日は 暑く ないですか」
Q「今日は 暑く ないか」
 A「暑いです」
 A'「暑い」
 A"「暑いよ」「暑いさ」

Q「あま んかい 行ちゃ びらに
Q'「あま んかい 行か
 A「行ちゃびいん」
 A'「行ちゅん」
 A”「行ちゅんどお」または「行ちゅさ」

A「今日(ちゅう)や 暑さあ 無(ね)えやびら
A!「今日や 暑(あち)さあ 無えら
 Q「暑さいびいん」
 Q'「暑さん」
 Q"「暑さっさあ」「暑さんどお」

第3講 そうなんですか 2009/8/25 
Q:「そうなんですか」
 A「そうなんです(よ)」
 A"「そうなんだ(よ)」
Q:「あんどぅやいびいるい」
 A「あんどぅやいびいる」
 A"「あんどぅやる」
解説:@文末の「」は、文中に強調を表わす文で使われる疑問助詞です。強調文の場合は、不定疑問、特定疑問に関係なく、この疑問助詞「い」が使われます。強調文とは、文中に強調を表わす助詞「どぅ」や「る」がある文のことを言います。係り結び文とも言います。文中に強調助詞がある場合は述語などを表わす動詞や形容詞などの用言は必ず連体形で結びます。
 例:「あんまあがる見じゅる」(母こそ見るのである)
「どぅ」と「る」は実は同じ語句(沖縄語では、首里語含めて、D音とR音は殆ど、区別されない)で、多くは「どぅ」が用いられますが、直前の例文の前語が「が」た「でぃ」などのように濁音である場合や「ぬ」である場合は、「る」に置き換わります。「〜がる〜」、「〜でぃる〜」、「〜ぬる」など(もっとも、沖縄の首里那覇含む、中南部の人々は、r音とd音の区別はしない)。山内獏の詩にある有名なフレーズ、「うちなあぐちまでぃん、むる戦にさったるばす(沖縄語までも、全部、戦争にやられたわけか)」も強調疑問文です。文中に強調助詞「どぅ、る」はありませんが、文中の動詞連体形+「ばす(わけ)」が強調を表わしていると考えられます。
 なお、強調疑問詞を使わない場合は、丁寧文で「あんやいびいみ」、非丁寧文では、「あんやみ」となります。

追記:「ちゃあ がんじゅう(相変わらずお元気でしょうか)」や「とお(もう、いいか)」などにおける「」も同じ強調疑問詞です。文中では、強調を表わす「係り」がありませんが、言外にあると考えましょう。
応用問題:強調助詞を使って、次の日本語文をうちなあぐちで表しなさい。
Q「今日も暑いですか」
 A「はい、今日も暑いです(よ)」
Q”「あそこに行くわけか」
 A”「ええ、行くわけさ」

Q「今日(ちゅう)ん 暑さどぅあいびいる
 A「うう、今日ん 暑さどぅあいびいる」
Q”「あまんかいどぅ 行ちゅるばす
 A”「いい、行ちゅるばあやさ」
第2講  雨が降っていますか 2009/8/18
Q:「雨が降っていますか」(「雨がふっているか」)
A: 「はい、雨が降っています」
 
Q::「雨ぬ降とおいびいみ」(「雨ぬふとおみ」)
A:「うう、雨ぬ降とおいびん」(「いい(んん)、雨ぬ降とおん」)
  ついでに、
  「いい(んん)、雨ぬ降とおさ」(はい、雨が降ってるよ)
解説:@うちなあぐちでは、特定の状況、特定のものを尋ねる(問う)場合(5W1H以外の疑問文)には、疑問詞「み」を使います。日本語では不定も特定の疑問も疑問詞「か」で統一されていますが、うちなあぐちでは厳密に使い分けられます。オモシロイですよね。
A日本は上下関係がうるさいので、たまにイヤになることがありませんか。しかし、沖縄ではもっと、厳しいです。日本語の「はい」が上下関係によって、使い分けられているのです。目上の者と話する場合は、緊張してしまいます。これも言語習慣です。慣れてしまえば、何でもないのですが、うちなあぐちを知らずに育った現代のリベラル志向の若者さんも我慢して、目を通してください。
目上の者には「うう」、目下の者には、「いい」、目下の年長者には、「おお」、親しい者や目下には、「んん」などと使い分けます。
応用問題:次の日本語をうちなあぐちで表しなさい。
 Q「その肉は 安いですか」
  A「はい、安いですよ。一斤50円です」
 Q「もう、夜は 寒くなっていますか」
  A「はい、もう、寒くなりましたよ」

 Q「うぬ肉(しし)え、安っさいびい
  A「うう、安っさいびいんどお。一斤(いっちん)50円(ぐじゅういん)やいびいん」
 Q「なあ、夜(ゆる)お、ふぃいくなとおいびい
  A「うう、ふぃいくなとをいびいんどお」

第1講 これは何ですか 2009/8/14
Qこれは、何ですか」(「これは、何か」)
A「これは、食べ物です」
A'「これは、飲み物だ」
A"「これは、汁だよ」
Q「くりえ、何(ぬう)やいびいが」(「くりえ何やが」
A「くりえ、食(か)み物(むん)やいびいん」(丁寧文)
 ついでに、
A'「くりえ、飲(ぬ)み物やん」(非丁寧文)
A”「くりえ、汁やさ」
解説:@「これは」を表わす「くりえ)」は「くれえ」と表記することが多いです。ここで、指示代名詞も覚えてしまいましょう。
「これ」→「くり」、「それ」→「うり」、「あれ」→「あり」となります。
A右上の一番したの例文にあるように、文末に感嘆詞「さ」を付けることによって、くだけた会話文になります。(日本語も同じですよね)
Bうちなあぐちでは、何であるかを問う文、つまり文中に5W1H(「いつ」、「どこで」、「だれが」、「何を」、「どのように」)を表わす語句がある場合には不定疑問詞「が」を使います。日本語の「か」に対応します。
追記:有名な民謡「いったあ あんまあ まあかい(あんたの母さんどこにか)」における「が」も不定疑問詞です。「まあかいが」は「まあんかいやが」の「や」(存在動詞)が略されています。「組踊」には、「誰(たあ)が」という台詞が出てきますが、日本語の「誰が」という意味ではなく、「(そなたは)だれか」という意味です。「誰やが」の「や」(存在動詞)が略されています。
 面白い話を一つしましょう。うちなあぐちの「何(ぬ、ぬう)が」は、「何やが」のおける「や」が略されたものではありません。前者は日本語の「なぜ」という意味であり、後者は、「何か」という意味です。
応用問題:次の日本語文をうちなあぐちで表しなさい。
 Q「それは、何ですか」
  A「それは、野菜です」
 Q「どこへ行きまか」
  A「学校へ行きます」
 Q「ゴーヤーちゃんぷるうは どのように、作ったのですか」
  A「レシピの通り作りました」
 Q「どれにしますか(どれがよろしいでしょうか)」
  A「それにします」

 Q「うりえ、何やいびい
  A「うりえ、野菜(やせえ)やいびいん」
 Q「まあんかい、行ちゃびい
  A「学校んかい、行ちゃびいん」
 Q「ゴーヤーちゃんぷるう や ちゃあし しこうやびた
  A「レシピぬ通い しこうやびたん」
 Q「何や まし やいびい
  A「うりえ、ましやいびいん」