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方言か言語かU  (週刊レキオ 掲載 2006.06.22)
日本語版 うちなあぐち版
〜認識の違いが復興運動を左右する〜   

日本語学がいう琉球方言なる呼称はあくまで日本祖語に対する分類である。姉妹語である日本語についても、公平にも本土方言と呼称する。「しまくとぅば」は、本土の「お国ことば」に対応するものであって、言語として認識することに遠慮している。

 日琉同祖論や日本語学における琉球方言呼称等を引合にした「方言」呼称の定着にも拘らず、琉球語が言語として認識できる要件を備えている事実に蓋することはできない。

一、「両方言(本土と琉球)の差異は極めて大きく」「本土のどの方言ともまったく通じない」「琉球方言の」「最北端は奄美大島の北端であるが、その北の海には大きな言語の谷が走っている」(『沖縄語辞典』国立国語研究所)(大差異の存在)

二、琉球が独立国であった。(国家を形成)。

三、おもろさうし、組踊、琉歌、民謡等、独自の琉球語作品が多く存在する。(言語活動の存在)

四、県民の間には、ヤマトゥンチュに対してウチナアンチュという区別意識があり(主観的民族意識の存在)、嘗ては海外でもレキオ人等として日本人とは区別して認識されていた(客観的民族性の存在)。さらに独自の文化を築いていたこと。

 琉球語を言語として認識する事は、ひいては琉球人を一民族としてとらえる事を意味する故に、“琉球語は一の言語”であるという命題に躊躇する県民は少なくない。

 薩摩侵攻、廃藩置県、人類館事件、沖縄戦(本土防衛の為の捨石作戦)、戦後処理としての日本からの切り離し、復帰運動、今なお続く米軍基地の押付け等、沖縄だけが味わった苦難と悲惨な歴史の中でいつの間にか培われた琉球コンプレックスが大和志向を産み、民族たるを主張する意欲を苛まれ、その言語を方言として貶められたことに甘んじてきたのである。民族を主張する事は、忽ち日本人たる地位を失うことかと恐れる人もいる。民族感情は相対的(又階層的)なものであって、琉球民族は大和民族等と共に日本人を構成している。

 琉球語を言語として認識する場合は、民族意識を取り戻すことでもあり、その復興運動に際しては、本来の継承システムが過去の教育の責任により崩壊した今、教育行政等を筆頭に生きた言語として活用するための諸制度を確立する必要に迫られている。(日本語との住み分けは自然に確立されるであろう。)

 一方、方言として片付けられる場合は、多くは活動家の趣味任せとなり、関係機関の支援もケースバイケースとなろう。発展性は活動家数の増減次第である。復興活動家の中には言語として認識している人々も少なくないが、孤軍奮闘を強いられている状況にある。

最後に、言語の発展は書きことばの確立に負うところが大きいので、書きことばについて触れておきたい。組踊までは大和語に準じた表記がなされていたが、現在は主に「耳に忠実」というルールだけでなされている結果、語構成に無頓着である等、混乱状態にある。書きことばを確立した他の言語に見られるような文法的都合と視覚語的体裁を整えた表記法とは程遠いレベルにある。(例えば、「ナトーン」は「なとおん」等と表記すれば、「成と+居ん」だと説明できる。また英語のThis is a penを「耳に忠実」にカタカナ表記すれば、「ディス イズ ア ペン」より「ディーシーザーペーン」の表記が近い。)

人口の構成比から県民の半数がまだうちなあぐち世代であると推測される。復興を目指す取り組みは手遅れではない。後世はわが世代の動向について“見る目”を持っている。

注:字数等の関係で「週刊レキオ」と文言が違うところが若干あります

〜考えようぬ違えみが復興運動ぬしい道決わみゆん〜 

日本語学(にふんぐぐゎく)ぬゆる琉球方言(りゅうちゅうふうげん)んでぃゆる呼(ゆ)び名(なあ)や、まあまでぃん日本祖語(すぐ)んかい対(てえ)する分類どぅやる。姉妹語(しめえぐ)やる日本語にちいてぃん、公当(くうとう)なかい本土方言んでぃ呼ぶん。「しまくとぅば」や、本土(やまとぅ)ぬ「お国ことば」んかい対応(てえおう)すぬむんなてぃ、言語とぅしち認識すぬくとぅんかい、肝(ちむ)ぬ乗(ぬ)りらんふうじやん。

 日琉同祖論とぅか日本語学うとおてぃ琉球方言ぬ呼び名があぬたみなかい、琉球語が「方言」んでぃ呼ばっとをるむぬやしが、琉球語が言語とぅしち考えらりいる要件ぬ備(すな)わとをるくとぅゆ、見(ん)だんふうなあすぬくとおならん。

一、「両方言(本土と琉球)の差異は極めて大きく」「本土のどの方言ともまったく通じない」「琉球方言の」「最北端は奄美大島の北端であるが、その北の海には大きな言語の谷が走っている」(『沖縄語辞典』国立国語研究所)(大差異ぬあぬくとぅ)

二、琉球や独立国やたん。(国家ゆ形成)。

三、おもろさうし、組踊、琉歌、民謡等んでえ独自ぬ琉球語作品ぬまんどをん。(言語活動ぬあるくとぅ)

四、いが県民ぬんかいや、ヤマトゥンチュをウチナアンチュとお別(びち)やんでぃぬ考ぬあてぃ(主観的民族意識ぬ存在)、また早(へえ)こお、海外んじんレキオ人等とぅしち日本人とお別とぅさあい考えらっとをたるくとぅ(客観的民族性ぬ存在)。またうりから独(どぅう)なあくるぬぬ文化(ぶんくゎ)ゆ創(ちく)とをたるくとぅ。

 琉球語ゆ言語とぅしち考えゆるくとお、実(じゅん)ねえ琉球人ゆ一民族(みんずく)とぅしちかちみゆるくとぅぬ肝合(ちむええ)んかいないるたみなかい“琉球語や一ちぬ言語”やんでぃすぬ命題んかいうけえゆる県民や少(いきら)こおねえらん。

 薩摩侵攻、廃藩置県、人類館事件、沖縄戦(本土防衛ぬたみぬ捨石作戦)、戦後処理とぅしちぬ日本からぬ切(ち)り離し、復帰運動、今(なま)ちきてぃ続(ちじ)ちょをる米軍基地ぬ押付(うしち)きんでえ、沖縄びけんが味わてぃちゃる難義苦義(なんじくんじ)とぅあわりな歴史(りきし)ぬ中うとをてぃ、いちぬ間(みい)がやらまぎくなてちちゃる琉球コンプレックスが大和志向とぅなやい、自(どぅう)なあたあが独立民族やるくとぅ主張すぬ肝までぃんたっぴらかさってぃ、自(どぅう)ぬ言語ゆ方言とぅさあい扱(あちけ)えらってぃちゃるくとぅんかいん、やすんじてぃちゃるむぬどぅやる。民族ゆ主張すぬくとお、たでえまなかい日本人とぅしちぬ地位ゆ失ゆるくとぅんかいないがすらんでぃ、うとぅるさすぬ人(ちゅ)んをぅん。民族感情や相対的(又階層的)なむぬどぅやい、琉球民族や大和民族等とぅ共(とぅむ)に日本人構成そをるむんどぅやる。

 琉球語ゆ言語とぅしち考えゆるばそお、民族意識取(とぅ)い戻(むどぅ)するくとぅんやい、うぬ復興運動ぬ際(ちわ)あ、実(じゅん)にぬ継承(きいしょう)システムが早(へえ)くぬ教育ぬ責任(しきにん)にゆてぃ崩(くじ)りたる今、教育行政んでえゆ頭(かしら)とぅさあい、生ち言語とぅし使(ちか)ゆるたみぬ諸制度ゆ立てぃゆる必要ぬあぬくとぅあぎまあさっとをん。(日本語とぅぬ住み分あきいや、なんくるなてぃいちゅるはじ。)

 また、方言とぅさあい片付(かたぢ)きらりいるばすお、多(うふ)くお活動家(くゎつどうくゎ)ぬ勝手(かってぃ)んかいしみゆるくとんかいなやい、関係機関ぬ助(たし)きぬんケースバイケースとぅるないぬはじ。うぬ発展性や活動家数ぬ増減次第(しでえ)とぅなゆん。復興活動家ぬ中んかいや、独立言語とぅしち考えとをる人ん少こおねえらんしが、独一人(どぅうちゅい)難義(なんじ)しみらっとをる状況やん。

とぅずみに、言語ぬ発展や書ち言葉ぬ確立次第どぅやるむんやれえ、書ちくとぅばにちいてぃ言ちょをちい欲しゃん。組踊までえ、やまとぅぐちんかい似したる表記(ひょうち)ぬさっとをたしが、なまあ大概(てえげえ)や「聞(ち)ちゃる通(とぅう)い」んでぃゆるルールびけんしさってぃちゃるたみなかい、後(あとぅ)ぬうんじゅみ、語構成ぬくとぅんかいや頓着(とぅんちゃく)んさんとぅか、混乱状態ぬんかいあん。書ちくとぅば確立そをるゆすぬ言語ぬぐとぅ文法的都合とぅ視覚語的体裁(てえせえ)ゆ首尾しみとをる表記法とお、じょうい、いち足らあんレベルんかいどぅある。(例えれえ、「ナトーン」や「なとおん」等でぃち表記しいねえ、「成と+居ん」やんでぃち説明なゆん。また英語ぬThis is a penゆ「聞ちゃる通い」、カタカナ表記しいねえ、「ディス イズ ア ペン」やか「ディーシーザーペーン」ぬ表記ぬる近さる。)

人口ぬ構成比から県民ぬ半らびけんがなあだうちなあぐち世代やんでいち考えらりいん。復興目指すぬ取い組みや、にっかけえなとをるわけえあらん。後世やいが世代ぬ動向(どぅうくう)にちいてぃ“見じゅる目(みい)”を持(む)っちょをん。
注:字数等ぬ関係なかい「週刊レキオ」とぅ文言ぬ違とをるとぅくるぬくうてん小あいびいん。