2013年09月30日

第98講 意思を表わす「んち+やん」(―(する)つもりだ)

日本語

@今から、黍の葉を削ぎに行くつもりだ。
Aもう、酒は飲まない積もりだよ。
Bどちらへのお積もりですか。
C那覇の町に買い物しに行く積もりさ。
D彼も、一緒に、行くとの事だよ。

うちなあぐち

@今(なま)から、黍(ううじ)葉(ばあ)かさしいがんちやん。(んでぃちやん)
Aなあ、酒(さき)え、飲(ぬ)まんちやんどお。否定
Bまあんかいんちやいびいが。丁寧・疑問
C那覇(なあふぁ)ぬ町(まち)んかい買(こう)い物(むん)しいがんちやさ。
D彼(あり)ん、まじゅん、行(い)ちゅんちやんでぃさ。
  
【解説】「やん」は「である」等を表わす存在動詞としての意味の他に、「―の」を表わす助詞「んち」、「んでぃち」を伴って、「―(をする)つもりである」等と意思を表わす助動詞としての役割もあります。これらの二語、すなわち、「んでぃち」又は「んち」と「やん」は複合語又は慣用句のように、常に一体となって、この意味を表わします。したがって、、存在動詞「やん」の否定が「あらん」であるのに対し、例文Aのように、否定は動詞側で行なわれ、この「んちやん」はそのままの形を維持します。「んちやん」の側を否定にすると、「飲むんでぃちえ、あらん」となりますが、意味は、「飲むつもりではない」または「飲むという事ではない」等となり、前者が「飲まない決意」を表わすのに対し、後者は「とりあえず」と「一時的な考え」を表わします。なお、「んち」は、例文@の()にあるように、「んでぃち」のつづまったものですが、口語においては、「んち」使いが多いと思われます。
   
【応用問題】次の文の太字部分を「んちやん(んでぃちやん)」を使う文に直しなさい。必要に応じて他の語も直しなさい。

@やあんや勉強心掛(びんちょうくくりが)きゆる積合(ちむええ)やんどお。
A父(すう)や家建(やあた)てぃらんでぃ、考(かんげ)えとおみせえんでぃさ。
B親(をぅや)ぬ家(やあ)ん、とぅん回(まあ)い回いさなんでぃ思(うむ)とおん。
C今(なま)から後(あと)お、しい破(や)んぜじえ、さん積合(ちむええ)そおん。
Dなあ、誰(たあ)ん、頼(たる)がきらん考(かんげ)えそおいびいさ。

答え:
@やあんや勉強心か掛きゆんちやんどお。
A父や家建てぃゆんちやみせえんでぃさ。
B親ぬ家やとぅん回い回いすんちやん
C今から後お、しい破んじえ、さんちやん
Dなあ、誰ん、頼がきらんちやいびいさ。

日本語意訳:
@来年は勉強を励むつもりだよ。
A父は家を建て替えるつもりだとさ。
B実家も、ときどき立寄ってみるつもりだ。
C今後は失敗はしないつもりだ。
Dもう、誰も頼らないつもりですよ。
  
【話題-沖縄語におけるマ行とナ行の混在】
 なぜ、首里語では「読むん」が「読ぬん」となり、また「食まやびいん」等がなぜ、「食なびいん」となるのかという質問が多いです。読者の期待に副うような適切な答えになっているかどうかは読者が判断する事ですが、筆者は言語の習慣の違いからそうなっていると答えています。沖縄語には同地域でも古い語と新しい語が混在する他、地方間でも古音の多い地域と新音の多い地域があります(それが、語の変遷を知りえる環境になっています)。中でもマ行音とナ行音の混在は比較的多く、特に「みや」「まや」等が「な」に変形する例が多いです。「みふぇえでえびる」が「にふぇえでえびる」に変化したのは代表的な例です。

首里語以外→首里語
「飲むん」→「飲ぬん」(これは首里語のみ)
「飲まやびいん」→「飲なびいん」(首里語に影響された那覇語系地方語含む) 
「飲まびいん」→「飲なびん」(上同)

2013年09月17日

第97講 「振り」を表わす「なじき」、「なじきい」、「なじきゆん」

日本語

@お金があるというのは素振り、実は貧乏なのだ。
Aお腹が痛いというのは素振り、行きたがってないのではないのか。
B酒を飲む振りをしているが、白湯を飲んでいる。
C煙草を吸う振りして、君を見ている。
D結婚祝い口実にして、綺麗な服を買いました。
E出張を口実にして、旅行に行きました。

うちなあぐち

@銭(じん)ぬあんでぃしえ、なじき、実(じち)え、貧(ふぃん)相者(すうむん)どぅやる。
A腹(わた)やんとおんでぃしえなじき、行(い)かんぱあやしえ居(をぅ)らに。
B酒飲(さきぬ)みなじきいそおしが、白湯(さあゆう)どぅ飲(ぬ)どおる。
C煙草(たばく)吹(ふ)ちなじきいし、汝(やあ)どぅ見(ん)ちょおる。
Dにいびち祝儀(すうじ)なじきてぃ、ちゅら衣買(じんこ)うやびたん。
E出張(しゅっちょう)なじきてぃ、旅行(たび)んかい行(い)ちゃびたん。

【解説】
 「―の振り」「―する振り」「―を口実にして」は、それぞれ、「なじき」、「なじきい」、「なじきゆん(なじきいん)」を使います。
◆「なじき」:「素振り」、「振り」等の意味の名詞。士族語では「なじぃき」。
◆「なじきい」:「―する振り」の意味の接尾語で動詞連用形に付きます。同じ意味の語「ふうなあ」については次講参照。
◆「なじきゆん」:「の振りをする」という意味もありますが、「口実にする」という意味合いが強い語です。『沖縄語辞典』にはありません。
例文A 「行かんぱあ」の「んぱあ」は「―(を)嫌がる」の意味の接尾語ですが、「すん」(する)や「(どぅ)やる」(なのだ)を付けてスン・シ動詞の語幹や名詞のように用います。「行かんぱあ」は「*行ちんぱあ」とも言います。
例:「さんぱあ、*しいんぱあ」(何れも、「することを嫌がる事」。関係語に名詞にもなりえる感嘆詞「んぱ」(厭、嫌)があります。なお、*の句は、地方では殆ど用いられず主には首里で使われているようです。
例文D〜E 「なじきゆん」は多くは例文のように慣用的に接続態で用いられ、終止形その他の活用形で用いられる事は稀です。その変形である「なじきやあに」「なじきやあま」、「なじきやあい」も勿論用いられます。

  
【応用問題】
 次の文を「なじき」、「なじきい」、「なじきてぃ」、「-んぱあ」を使う文に直しなさい。

@孫(んまが)あ歯屋(はあやあ)んかい行(い)ちぶ欲(ぶ)しゃあしえ居(をぅ)らん。
A家(やあ)んかい帰(けえ)ゆんでぃしや、口回(くちまあい)、横走(ゆくば)いそおん。
B木薪燃(きだむんめ)えすん振(ふ)うなあし、芋(んむ)どぅ炙(あぶ)どおる。
C頭痛(ちぶるや)ぬんかい言寄(くとぅゆ)しさあに、仕事(しくち)憩(ゆく)たん。

答え:
@孫あ歯屋んかい行かんぱあそおん。
A家んかい帰ゆしえなじき、横走いそおん。
B木薪燃えしなじきいし、芋どぅ炙どおる。
C頭痛んなじきてぃ(なじきやあに、他)、仕事憩たん。

日本語意訳:
@孫は歯科に行くのを嫌がっている。
A家に帰る振りして道草をくっている。
B薪を燃やす振りして芋を焼いている。
C頭痛の振りをして仕事を休んだ。

註:口回い=口実。振うなあ=素振り、振り。言寄し=かこつけ。

2013年08月30日

第96講 「―するのだけど」、「―のに」を表わす「―がどぅ」、「―がる」

日本語

@ 私は東京には、行かなかったけど。
A 妹は食事を作った事がないのだけどね。
B 未だに、親の脛を齧った事等なかったのに。
C 君さえよければ、私も良いのだけど。
D 家で良い塩梅で、休んでいるのだけど。

うちなあぐち

@ 我(わん)ねえ、東京(とうちょう)んかいや、行(い)かんたしがる
A 妹(うっと)お物(むぬ)お、すがてえんだんしがるや。
B 未(なあ)だ如(ぐとぅ)、親(をぅや)ぬ物(むぬ)お、かかじてえんだんたしがどぅ
C 汝(やあ)がんちょおん、済(し)むれえ、我(わん)にん、済(し)むしがる
D 家(やあ)んじ、良(い)塩梅(いあんべえ、やんべえ)し、憩(ゆく)てぃる居(をぅ)しがる

【解説】
 「―しが」(第16講参考)の「が」は逆接を表わす助詞で、それに強調を表わす助詞「どぅ(またはその清音である「る」)が付いた形の文です。後続すべき逆接文は付かずに言い切る形で用いられます。したがって、「どぅ、る」を用いているにも係わらず、係り結び文としては不完全ですが、慣用的に「―だのに、―だけど」という意味の文として用いられています。

例文A 「妹」も「弟」も「うっとぅ」と言います。「女弟(ゐなぐうっとぅ)」とも言います。なお、「弟うない(うっとぅうない)」。「思弟(うみっとぅ、うみうっとぅう)」、「弟うない=弟姉妹」、「うない(姉妹)」等は士族等が使った語で現代語口語ではもう耳にしません。(参考話題「妹と豚」71頁)
例文D 「居ん」は古くは「居ゆん」(「組踊」等)と、きれいなラ行ユン・ティ活動でしたが、現在は変形して「居(をぅ)ん」になっています。
  
【応用問題】
 次の沖縄語を文末に強調助詞を使う表現に直しなさい。
@ 我(わん)ねえ、大阪(ううざか)んかいや、行(ん)じぇえんだんたるむぬ。
A なあだ如(ぐとぅ)、負(ま)かちゃえ、んだんたん。
B いちゃんだん、喧嘩(おおええ)(註)すぬむぬおあらんしが。
C ないれえ、薬(くすい)や、飲(ぬ)まんしえましやしが。
D いごうさてぃん、掻(か)かんしえましやる筈(はじ)。
答え:
@ 我ねえ、大阪んかいや行じぇえんだんたしがる(がどぅ)
A なあだ如、負かちぇえ、んだんたしがる(がどぅ)
B いちゃんだん、喧嘩するむぬおあらんしがる(がどぅ)
C ないれえ、薬や、飲まんしえましやしがる(がどぅ)
D いい痒さてぃん、掻かんしえましやしがる(がどぅ)
  
日本語意訳:
@私は東京には行った事がないのだけど。
Aいまだに、勝った事はなかったのに。
Bやたらと、喧嘩するものではないのだが。
Cできれば、薬は飲まない方がよいのだけど。
D痒くても、掻かない方がよいのだが。
  
註:「喧嘩」を意味する「おおええ」の動詞は「おおゆん」(又「おおいん」)です。
 開音としての「あお(青)」は轟音「おお」に、同じく「あふれ(オモロ語)」は「おおり(八重山語の『お出で』)」に、同じく「たうたう」が「とうとう(感嘆詞)」になるように、古くはア段音はオ段音の開音でした。
 またオ段音がウ段音の開音である事や語尾を「る」とする日本語動詞は殆どがラ行ユン・ティ動詞になる事を考え合わせると、「あおる」は「おうゆん(けんかする)」となります。また、「おおええ」の「ええ」の開音は概ね「あい」ですので、「おおええ」は「煽合え」又は「煽合」と当てる事ができます。つまり「おおええ喧嘩」は「おおええ煽合」からの転用だと思われます。




先頭頁 71